同行者、求む。
ミズガル国の治安については、年々悪化の一途を辿っている。ミズガル国の王は自然を愛し、自然と共に生きて行くことを信条としてここまでやってきたが、それがもう終わりに近いことを感じていた。
ミズガルの地の最大の収入源は観光に来る旅行客の宿泊費だ。自分たちが住んでいる家のように石を組み立てて屋根に木の板をあてがった宿を作り、新鮮な魚介や果物を食事に出してもてなした。しかし、宿が稼働するのは海水浴の楽しめる夏場がピークで、秋が深まり冬になると客はほとんどやってこない。
次いで季節ごとに収穫する果物や、養殖した魚介類、魚を干物にした加工品なども各国に比べるとわずかだが輸出している。これらのみが財源となるとかなりつつましい生活を民に強いらねば生きてはいけないのだが、根っからの楽観主義でその日暮らしに慣れてきた歴代の王とその民は、それでも構わないと、必要以上に金銭を欲しがり、欲にかられると碌なことにならないと強く思っていた。
ミズガル国には、初代の王が遺産争いに巻き込まれ命からがら逃げてきたときの教訓と、美しい海に心を打たれ永住を決めたときの”この海を穢してはならない”という想いが今も受け継がれている為だ。
故に清貧は美徳であり、王族と民の格差はほとんどなく”決定権を持っているおじさん”くらいの権限に留まっている。ミズガルの民はそれで満足していたし、日々美しい海と共に生きることが誇りだった。
だが、西のニダヴェル国の農作が回復し流通が盛んになるにつれて各国に変化が生じ出した。
そのうちの一つがドラゴン航空便だ。以前はニヴル国とムスペル国でしか飛翔していなかったドラゴンをニダヴェルにも停留地を置くようにしたことで、馬では時間がかかりすぎて運べなかった荷物でも半日から一日かければ届けることができる。ミズガルにも停留所を設置しないかと各国の行商人が交渉に来たが、王は首を縦には降らなかった。確かに停留所ができ、人の行き来が今よりも盛んになれば、国はもっと豊かにはなるだろう。だが、停留所を作るには広範囲の砂地を固めてしまわなければならない。それをしてしまうとせっかくの海の外観を損ねてしまうことになりかねない。それに、大食漢のドラゴンを養うにはかなりの食費がかかる。とてもではないが、と王は申し出を断った。民もそれに賛同した。
それから、時折ドラゴンに乗ってミズガルを訪れ、一週間後に再びドラゴンに乗って帰っていくタイプの観光客が来るようになった。馬車で来る家族連れなどは各宿を通り過ぎてすぐに去ってしまうが、ドラゴンでやってくる観光客は一週間滞在してお金を落として帰ってくれる。国は、ほんの少し裕福になった。
国が豊かになることを王は嬉しく思ったが、自分が裕福になることはやはり望まなかった。そこで、子供たちの学びについて力を入れようと、学校を作る準備に取り掛かることにした。その日暮らしで精いっぱいのこの国に、子供を学ばせる施設がないことが国王最大の懸念であった。
学業とは、いわば子供たちに託すことのできる未来への投資である。国を知り、対人におけるマナーを覚え、文字の読み書きや数字の計算などの訓練を経て、優秀になればなるほど周りに求められる人材となる。そして求められる力を大きく、もしくは多く持つ者ほどどこへでも行けるし生活が出来る。
ミズガルでは、学校がない代わりに、親や親代わりの子供たちが生まれてくる子たちに作物や養殖の仕方や必要最低限のルールやマナーなどを教えている。ただそれでは知識に偏りが出来てしまうし、この国で生きて行くにはそれで良くても、他の国で生きることを視野に入れた際、一般的な知識や教養がないとまず雇ってもらえない。ミズガルから他国を夢見て旅立つ若者は年々増えてはいたが、数年数か月のうちに再び戻ってくることがほとんどだった。
子供達を通して未来を見据えたとき、今よりも良い暮らしをしているとは到底思えない。その日暮らしでも良いと享楽的にこの国を営んできた国王は、ここ最近で初めて自分の信念をうっすら縁取る陰りに気づき始めていた。それは子供たちが巣立てないことに対する懸念であり、他の国の発展による焦りからも来ていた。
そして最も王を悩ませる事象が、嵐による災害である。自然と共に生きるという事は、豊かな恵みを受けるだけではなく、そういった人に害成す災害をも受け入れなければならない。昔から滅多にないが、大雨や嵐による水の増加や津波によって何度か町が破壊されることはあった。その都度人々は壊れて散った木材を拾い集め、海を綺麗にし、養殖や畑を作り直して宿を再開した。嵐が起こりやすい季節はだいたい決まっていて、シーズンオフとなる秋口に発生することが多かった。そのことがよくわかっている旅行客は秋口に訪れることを避けた。なので、問題ではあったが経済に壊滅的な打撃をもたらすほどではなかった。少しずつ修正と工夫を凝らして、今よりもよい場所を作ろうと頑張っていた。
それなのにいつからだろうか。嵐の起こる時期は徐々にずれだし、とうとういつ天候が崩れるかが予測できなくなっていった。ある時は春先の夏に向けて増えていく観光客の為の準備の最中に強い雷雨に晒され、用意した食べ物などがすべて流された。またある時は、夏の夜に起こった嵐と高波で海の中で養殖していた貝や海藻がすべて沖に流された。嵐が来ると海に漁に行くことができず、魚が手に入らないと売ることも腹を満たすことも出来ない。人が流されるほどの被害はまだ起きていないが、シーズン中に嵐が起こると海は濁り砂浜も宿の木材の破片や石などで汚くなってしまい、客の不満へと繋がる。ドラゴン航空便によって訪れる客以上に足を運ばなくなった人たちも多く、閑古鳥のなく宿が一つ二つと出てくるようになった。今まで細々とでも続いてきた素朴な生活が嘘のように駄目になり、やがて周囲は荒廃していった。
国が貧しくなり何も得られなくなってくると、国の民にも不満が募る。14,5歳の若者が徒党を組んで観光客を襲うようになるのにも時間はかからなかった。心が荒み暴れることでしか自分を表せない若者の姿を見て、なすすべのない王は心を痛めるのだった。
ミズガル国の内情などつゆほども知らず、ミハネはかの国に同行してくれる人を探していた。旅行代理店を営むシグマは、誰か同行する人を連れてきてくれたら格安で案内出来るよと言ってくれたのだ。
「同行する人ですね。わかりました」
「彼氏でもいいよ」
「彼氏はいませんが・・・モンスターじゃダメですか?」
「うーん、原則人間でお願いできるかな。ミズガル国の民は結構保守的だから、モンスター同伴だと宿がとれないかも。」
(ルーファスやロメロは駄目か・・・)
海は彼女が前世でも見ることの叶わなかった、本の中でしか知ることのない景色の一つだ。外に出られないミハネの為に父が持って来てくれた写真集を見て、彼女は一目で目を奪われた。白い砂浜の先に広がる青く透き通る海。そのさらに奥では海の青と空の青が互いに寄り添いながらも境界線を示していた。あまりの美しさに感動して、その写真集を何度も何度も見返したものだ。できることならこの中に入ってしまいたかった。砂の感触はどうなのか、海水のつめたさは?泳ぐとどんなに気持ちいいんだろう・・・。
尽きることのない想像をしてミハネは楽しんだ。そんな夢の景色に、早く会いたかった。
「私も海を見てみたいし、ミハネちゃんの頼みは聞いてあげたいんだけど、ごめんなさい。教会を一週間も空けられないわ」
本当にすまなそうな顔で、リンデルはミハネの頼みをやんわりと断った。それはミハネも最初から理解はしていた。教会は今も人手が足りないうえに、ドラゴン航空便ができてからは平日でも参拝する旅行者が増えていた。今昼食をとっている教会の食堂も、そこそこの人で賑わっている。キノコとブロッコリーのシチューとツナとトマトのオムレツ、黒糖のパンを食べながら、ミハネはリンデル達にも頼み込んでいるのだ。
「すまんが俺も休みはとれん。ほかの者を当たってくれないか。サペインとか」
バリーもすまなそうに続いた。流通が活発になると、その流れに紛れて森へ入ろうとするものが後を絶たないため、守衛団の仕事が昔よりも忙しいのだ。密猟者の裏を取るためにムスペル国やニヴル国を行き来して調査をする日も少なくない。もちろんヴェインも同行している。出会った頃よりもやや精悍な顔つきで食事をとるバリーを見て、ミハネは諦めた。
サペインやマリスにも既に頼んで断られている。サペインに至ってはドラゴンの航空便の件で何度も足を運んでは断られて心が折れているので、もうしばらくは遠慮したいと言っていた。
ミハネの数少ない人脈は全滅してしまった。こうなっては何とか森を攻略して向かうよりほか手がない。そう考えこんだ矢先の話だった。
「俺で良かったらいいよ、行くよ」
ヴェインがポツリと言った。
「え、いいんですか?お仕事は大丈夫ですか?」
「お前が行ってやりたいんならこっちは構わんぞ。断りを入れておく」
「ヴェインさん、ありがとうございます!」
「ん、ドラゴンにも乗りたいしな」
そういうとヴェインは淡々とシチューを口に運ぶのだった。
女の子はとても面倒くさい。ニコニコしてすり寄ってきて自分の事しか話さないし、自分の作ったお菓子を押し付けては、それを口にするまでじっと見ている。遠巻きに集団でこっちを見ていたかと思うと、話しかけるとしり込みしてどこかに行ってしまう。そんな彼女たちの習性が、ヴェインにはよくわからなかった。それを父には言いたくなかったし、リンデルに言ってもあらあらうふふとまともに取り合ってくれなかった。けれども、そんな可愛いものではないということはわかっている。
ヴォルヴの街のバリーという存在は今は騎士団長を退いたとはいえ、あの魔王軍とも戦った英雄であることには間違いなかった。大剣を振り回し敵を薙ぎ払っては道を切り開き勇者一行を魔王の膝元へと導いた彼は、今でも街からの信頼が厚い。その彼の息子だから注目しているのだろう。そう考え、ヴェインは鼻白んでいた。
ヴェインは今年で19歳になる。若造であることには違いないが昔に比べると落ち着きが出てきたし、ちょっとしたことで苛々することもなくなった。相変わらず大剣を扱うのは苦手だったが、剣技はそれなりに扱えるようにはなった。だが、彼が剣より得意としたのは弓で、コツを掴んでからの成長は目覚ましかった。今や街の大会などに出場しては賞の一つや二つ軽く獲れるほどの腕前になっている。
人には先天的に備わっている【特技】と、性格や環境に伴って後から使えるようになっていく【スキル】がある。それを的確に見ることのできる人間は限られていて、自分で知ることは難しいが、ヴェインは大剣に関するスキルや特技がないことに気が付き、無理に使いこなそうとするのをやめた。そして弓の才能がめきめきと頭角を現してからは父親もそれを認めざるを得なかった。
それでも周りからは”あの”大剣のバリーの息子呼ばわりされ、大剣を振り回してほしいと女の子からせがまれるときもある。俺が得意なのは弓だから、というと集団で冷たいという。
多分、恋に恋をしているのだろうということはわかっている。けれども彼には彼女たちが理解できず、自分自身を理解されているわけでもないのにどうして好きになれようかとつれない態度をとるのだった。
うんざりしていた矢先にミハネとの旅行の話が出て、少しは気分転換になるだろうとヴェインは考えた。ミハネは顔を合わせればちょくちょく話すし、他の女の子よりは面倒くさくない。何より妹をみているような気楽さがあった。
森で倒れていたかと思ったら教会の世話になり、いきなり畑を耕して薬草を作り出したかと思うとそれを隣国まで売りに行く。最近魔術の修行まで始めたらしい。行動力がちょっとおかしいし、たまに頓珍漢なことを言うときがある。黙っていれば可愛らしいんだけれども5つも年が離れている。
うん、ない。
海のことで頭がいっぱいなミハネを横目で見て、ヴェインはひっそりと呟くのだった。




