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石屋と旅行代理店

 早朝、養鶏場から聞こえてくる鶏の鳴き声にミハネは起こされた。部屋はまだ薄暗く静寂が漂っているが、窓の外には店を出すために動き出す人々が忙しなく動いているのが見えた。昨日のお茶の残りを飲む。茶葉が淹れっぱなしだったためか、昨日よりも幾分か濃く、まろやかに感じた。市場の開店時間にはまだまだ早すぎる。しばらく考えたが、朝食を食べるためのレストランを探しがてらぶらぶらと散歩をすることにした。


 早朝から市場に繰り出すようになったのには理由がある。マリスに薬草を納品するためにラズダーザを訪れる際、人の出入りが激しい日が重なり、出発する日にも夜行便しか空いていなかったのだ。マリスはひどく寝起きが悪く、午前中は大体眠って過ごしている。夜中に発ち、早朝に到着したミハネは、時間を潰すために食堂でゆっくりと食事をした後、市場を端から端まで見学して行った。その時に、鉱物を扱うお店でラヴィの体についていたのと同じ青色に光る乳白色の石を見つけてしまったのだ。爪の先ほどの大きさしかない石だったが、すっかり魅入られ眺めているところを店のおやじさんに話しかけられた。


「それはムーンストーンて石だ。中でもブルーの光彩が石に入っているものはなかなか貴重だよ。気に入ったかい?」


「月の石?」


「はは。違うよ、月長石という種類の石さ。月で採れるものじゃない」


 この国特有の堀の深い濃い顔立ちで人好きのするタイプに見える。日に焼けた肌と年相応に出ているお腹、全体的に程よい肉付きの彼は見る者に安心感を抱かせた。おやじさんから手渡されたそれを光に当てたり透かしたりして眺めてみる。見れば見るほど青く冷たく光るところがラヴィの石にそっくりだ。


「この石はどこで手に入れたんですか?」


「ムスペル国周辺が砂漠地帯なのは知っているかい?その広大な砂漠を山に向かって歩いていくと、いくつかのピラミッドや洞窟がある。魔物が済んでいて危険だが、その洞窟のいくつかは鉱山となっていてね、こんな綺麗な石が沢山眠っているんだ」


「そうなんですか・・・」


 今もどこかに存在するかも知らないヴィジュ・ヘアーが犠牲になったわけではない安堵と、ラヴィの手掛かりにはならなかった失意がないまぜになり、ミハネは曖昧に返事をした。


「良かったら取り置きしておこうか?」


 おやじさんは決して押しつけがましくない態度で提案してくれた。言おうかどうか迷ったが、ミハネは親父さんに探している石があると打ち明けた。ニコニコと話を聞いていたおやじさんは話の最後には深刻そうに頷いていた。


「なるほど、ヴィジュ・ヘアーのね。私はここで生まれてからずいぶんと長くこの商売をしているから、石関連の事なら少しは詳しいんだが。確かに、乱獲されたあのウサギたちの毛皮や石が店頭に並べられ、金持ちが品定めするような時代もあった。大体毛皮と石がセットになっていて、富裕層のご婦人方が襟巻にするのが流行したんだ」


「襟巻に?」


 ラヴィがそんな小さな襟巻になってしまうのが想像できなくて、それを伝えるとおやじさんは言った。


「通常のヴィジュ・ヘアーというのは大人でも小脇に抱えられるくらいの大きさでね、体についている石だって親指ほどもあれば大きい方さ。君が森であったというラヴィというヴィジュ・ヘアーはかなり長い気だったんだろう?ふつうはなかなかそんな大きさにはならないし、大体4,5年で寿命が来る。卵大の、しかもブルームーンストーンとなると鉱山の方でだって中々手に入らないよ」


 ラヴィが身に着けていた石はそんなにも貴重な石だったのかと、改めて無理やり奪われてしまったことに悲しみが込み上げる。もしもラヴィに石が付いていなければ、襲われる必要だってなかったかもしれないからだ。うつむくミハネにおやじさんは優しく話しかけた。


「けれども、鉱物市場では色んな石が日々流通しているから、どこかツテをたどれば、そんな目立つ石なら何かわかるかもしれないね。たまにここに見にくるといい。僕はずっとここで店を拡げて石を置いて待ってるからさ」


 そういうとミハネが見ていたムーンストーンを手渡してくれた。


「あげるよ。石を持っていると仲間の石が集まってくると云われているんだ。君の探している石が早く見つかるように、似ていると言われるこの石を持っておくといい」


 またおいで。ラパヌイという名前をミハネに伝えて、彼はニコニコと笑って手を振った。ミハネはマリスに作ってもらった名刺を渡すと、お礼を言って店を後にした。市場はお昼には閉まってしまうため、ミハネはマリスに薬草を納品に行く際には、一泊して朝にここに来るようになったのだ。


 白い壁で統一されているラズダーザの建物は、早朝の薄暗がりの中では深く淡いペールブルーに染まっている。一日中、下手すると年がら年中賑やかなこの都市で、唯一ひそやかな祈りのような時間があるとしたら今だろう。準備が終わったところから見な一様に太陽の昇る方向を見て日の出を待つ。人種も宗教も性別も職業もバラバラなこの都市の民が、唯一心を合わせる時なのかもしれない。

 露店街からは早くも活気のある呼び声と肉や魚の焼ける良い匂いが漂ってきた。ミハネはアルミでできたカップに柄杓でホットチャイを入れてもらい、飲み終わる頃に注文しておいたホットサンドを受け取った。ナンのような生地にたっぷりのチーズと白身魚、カニ、野菜が入っていて、絶妙な加減で圧をかけて焼かれている。一口齧るとトロッと大量のチーズと魚介の旨味が溢れ、シャキシャキした歯ごたえの野菜がアクセントとなっていくらでも食べられる、ミハネのお気に入りだ。

 果汁が溢れそうなグレープフルーツを口にしていると、陽の光が一気に辺りを照らし、途端に街は活気づく。ラズダーザの朝が来たのだ。満腹になったミハネはゆっくりと歩いて石屋のおやじさんのところへと向かった。

 食料品や衣装とは違って、石のお店というのはよほどではない限り、込み合うことはない。その代わり、長い時間熱心に石を選んだり、店の主人と蘊蓄を言いたいお客さんが一定数店に定着している。ラパヌイがお客さんと話し終わるまで、ミハネもお店の石を眺めたり、時折触れてみたりしながら待つことにしている。


「やぁ、ミハネ、おはよう」


「おはようございます。何か新しい石は入荷しましたか?」


「こないだ来たのは数週間前だったね。最近では母岩の付いたオパールやラブラドライトが人気があってね。少しうちに流通してもらったんだ」


 光を受けて七色に輝くズシリと重たい原石を受け取ると、ミハネは太陽光に透かすようにして眺めた。何の変哲もない岩の中に、虹のように変化するゼリーの様な透明な部分がのぞいている。オパールは角度を変えるたびにキラキラと光を反射させながら色を変えていく。その透明感のあるカラフルな美しさに彼女は釘付けになった。


「この石は初めて見ます。なんて綺麗なんだろう・・・」


「それがオパールだよ。柔らかくて乾燥に弱いからそれなりに管理が必要だけど、面倒も気にならないくらいに美しいだろう?」


 気になって値段を聞くと、ラズダーザ随一の高級ホテルに一年は住み込めそうなほどの値段だったので、ミハネはそっとラパヌイに返した。彼は快活に笑うと、今度は手のひらサイズに丸く磨かれた灰色の石を手のひらに乗せてくれた。角度を変えると濃紺へと色を変えていき、鮮やかなピーコックグリーンを基調としたオーロラの色彩が浮かび上がった。


「凄い!角度を変えたらどんどん色が変わっていく・・・!」


「それがラブラドライトという石さ。ここいらで採れる石ではないんだけど、なんせ魔女達に人気のある石でね。杖の先に付けたり、ペンダントにしているのをよく見るよ」


「この石はいくらですか?」


 ラブラドライトは手ごろな値段だったので、ミハネは安心して手に入れることができた。おまけにとラパヌイは小瓶をミハネに渡す。中にはオパールの欠片が水に浸かってキラキラと輝いている。


「あの大きいのはあげられないけどこれくらいなら大丈夫だからさ。いつも贔屓にしてくれているから、お礼だよ」


 ラパヌイはニコニコしている。ミハネはここに通うたびに何かを買ってしまうので、教会の医務室の机の一角はミハネの石の展示で少しばかり賑やかになっていた。


「ありがとうございます・・・。そうでした!あの、ラパヌイさん」


「なんだい?」


「ミズガルってどう行ったらいいんでしょう」


 ドラゴン航空便に、東のミズガル国へ行く便というのは出ていない。北のニヴル国へ行くついでにミズガルへ物資を運ぶドラゴンは稀にいるが、すぐに飛び立って行ってしまう。

 それは、ミズガル国がドラゴン航空便の停留所を作るのを許可しておらず、柔らかい砂の上での長時間の停留がドラゴンの負担となるからだ。ミハネはミズガルの海が見たいと、まずドラゴン航空便に掛け合ったのだが、けんもほろろに断られた。あんなところへ何故行きたいの?そんな不思議そうな態度をされ、ミハネは何故そんなことを言われなくてはならないのかがわからなかった。


「ミズガル国だろう?東の。ミハネは何故そんなところに行きたいの?あそこには海以外何もないよ?」


「ええっと・・・。その海を見に行きたいんです」


「海なんか見てどうするんだい?たまに貝殻を拾ってきてアクセサリーを作る人はいるけど、そんなに大したお金にならないし、交通費を無駄にするだけだから結局はマイナスじゃない」


 ラパヌイもマリスやドラゴン航空便の人も似たような態度をとる。げんなりしながらもミハネは薄々わかってきた。ムスペルの民は根っからの商売人で、お金が大好きな民族なのだ。だから、美しい景色を堪能するよりは、危険を冒してでも価値の高いアイテムの眠るダンジョンへと冒険に出かける。そちらのほうが価値が高く、お金が手に入るからだ。価値観の違いを目の当たりにして、ミハネはがっくりと来てしまっていた。

 ラパヌイの店には、また新しく石を選ぶお客さんが少しずつ増え始めた。通りすがりにラパヌイに挨拶をする者もいる。収穫は石だけで情報を得ることはできなかったが、これ以上の長居は商売の邪魔になるので、ミハネはとりあえず出直そうとした。


「ラパヌイさん、ありがとうございます。今日はこれで・・・」


「待って、ミハネ」


おいとましようとするミハネをラパヌイが引き留める。その隣には彼に親しげに話しかけていた男の人がいた。


「この男は僕の古い友達でね、旅行代理店をやっている。すごい偶然だよ。ミズガルについて聞きたいことがあるなら彼に聞くといいよ」


 肉付きの良いラパヌイとは対照的に、友人の彼はほっそりと痩せていて眼光の鋭い男だった。


「君、ミズガル国に行きたいんだって?」


「は、はい・・・行けますか?」


「景色はいいし飯は美味いし、業者はともかく旅行客には人気があるよ。俺もけっこう好きなんだ、海でボーっとするの」


 そういうと目を細めて口角を上げた。精一杯の微笑みのようだ。悪い男ではなさそうなので、ミハネは少し警戒心を解くことにした。男は名をシグマと言った。旅行代理店をしているというのはダテではなく、細かい地理や風土なども詳しく教えてくれた。


「確かにミズガル国は行きと帰りが難しいんだよな。ドラゴンの停留する場所がないから一方通行になるし、馬で行くと数日かかるし、だからといって森を抜けようとするやつも時々いるんだが、森からミズガルへ行こうとすると木々が入り組みすぎていて何故かたどり着けないんだよ。景色は良いのに交通の不便さが仇になってるのは否めないんだよな」


 彼は説明しながら顎鬚を引っ張る。


「まぁ、それでも仕事だから何とかするんだけどさ。一番人気があるのは馬車で出発して宿から宿を転々としながら目的地の海へ行くファミリーパック、次に人気があるのが、ドラゴンで運んでもらって一週間くらいしてまた迎えに来てもらうカップルパックかな。まぁ・・・君くらいだと彼氏と二人で初めてのお泊りとかするのもいい思い出になると思うけど」


 ”彼氏”という言葉に反応し、ミハネは思わず赤くなる。


「いや、彼氏とかそういうのはいないんですけど、一人でのんびり気ままな旅がしたくて・・・」


「それが難しいんだよね・・・」


 シグマは残念そうにミハネを見た。


「ここ数年でのミズガル国の犯罪率は過去最高を記録しているからさ、一人で丸腰で行くとあっという間に巻き込まれるよ」


 シグマの言葉にラパヌイも難しい顔をして頷くのだった。



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