大陸の歴史
お待たせいたしました。東の国ミズガル編に突入しました。この地でミハネはまた新たな出会いを経験し、成長していきます。のんびりとお付き合いいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。
ケイオスの森より東側に位置するミズガル国周辺は、そのほとんどが遠浅の海に面した白い砂浜で構成されている。大陸を構成しているのは、大部分が海底火山のマグマが冷えて固まることによりできたもの、つまり、岩の塊であることから、他の三つの大陸では海水の侵入を許さぬように玄武岩質の地殻に加えて水際での施工が成されているが、東の国ではもともと大陸の端がすでに海水によってなだらかに侵食されつつあり、そこへ海中の砂が打ち上げられている状態だった。
白い砂地に青い海の良く映える美しい光景はどの国でも評判で観光に来る者で賑わっていた。その地でしか食べられない新鮮な魚介や果物も人気で、宿泊宿は連日どこもいっぱいだった。現代とは違って娯楽と言えるものが極端に限られているこの大陸で、景色を見るだけで癒される場所があるというのは貴重だった。その活気ある美しい光景は、今やかつて存在した遺物となっているのだが。
今より数千年以上も昔、新大陸開拓の時代には多くの者が他の大陸よりこの地を訪れた。ある者達は農作物や穀物が比較的豊かに育つ西のニダヴェル国や北のニヴル国に安住の地を求めた。野心ある者は南のムスペル国へ自国より持ち込んだ嗜好品を元手に商売することを考え、黄金の国とすべく人々に宣伝し、呼び込んだ。それぞれの大地を選んだ者たちは、そこで徐々に集落を形成し、やがて国となるまでに発展した。
美しい景色以外取り立てて特徴のないミズガルの地では、他の地に比べると人の定住は遅かった。
多種多様な人々がミズガルの地で魚や果物を食し、やがて通り過ぎた。
転機が訪れたのはある嵐の夜。難波した船がミズガルの砂浜に流れ着いてからだ。
彼らは没落した貴族の末裔であり、妻と娘と息子がいた。国内で起きた紛争の混乱により謂れのない罪で命を狙われていた。暴力を受ける仲間を救う力もなく逃げまどっているうちに、ついに誉れ高かった先祖の残した遺産を巡る争いに巻き込まれてしまった。命の灯にひたひたと迫る死の予感に恐れ、夜中のうちにありったけの食料を懐に詰め込み、家族を連れて屋敷を抜け出し、波止場に止められていた船を一隻盗んで海へと旅立った。男に船についての十分な知識はなく、ただひたすら自国から逃げるために西へ西へと船を進めた。恐ろしい大陸が見えなくなり、やがて海のほかに何も見えなくなった頃、空が暗がり嵐がやってきた。雷雨と荒れ狂う海の所為で前後不覚になった後、船は高波にのまれて真っ二つに割れた。割れた船の木の破片にしがみつき、ミズガルの地に流れ着いたことで一家は何とか難を逃れた。
その船に乗っていた男とその家族は奇跡的に生きていた。各々が起き上がり生存を確認すると、手を取り合い抱き合って泣いた。
ちょうど夜が明けようとしているところだった。藍色の空に薄桜の靄がかかるようにゆっくりとそれは昇ってきた。自分たちを翻弄し底深くに引きずり込もうとしていた闇はしずしずとしおらしく海の底へと還っていく。どこまでも透き通るエメラルドグリーンの海が小さな波しぶきを立てて寄せては返すのを眺め、ここは天国かもしれないと男は思ったという。
人の気配のないこの地で、一家は長い時間をかけて歩き、ついに森を発見した。目についた草花や果実を少しずつ口に入れ、少しずつ口に合うものを探した。腹が満たされると懐に備えていたナイフで槍らしきものを作り、魚が取れやしないかと試行錯誤した。コツを掴み、飢える心配が皆の心から消えた頃、一家は森を探索し、あまりにも複雑に入り組んでいる上に、得体のしれない生き物の鳴き声が恐ろしく、すぐさま引き返した。彼らは太陽の明りが照らすあたりから先には行かないように決めた。それでも、やがて男はこの地がどこまで続いているか知りたくなった。暖かくて穏やかな季節がいつまでも続くわけじゃない。ここにもいつかは冬がやってくる。それまでに、寒さをしのげるものを探さなくてはならない。家族を置いて旅立ち、果物で飢えをしのぎながら歩きに歩いて数週間後、たまたま北のニヴルに向かう予定だった南のムスペルの行商人達に出会えたのは幸運だった。彼らは馬で旅をしていたのだ。ムスペルの人々は気のいい明るい奴らで、気弱な男もすぐに打ち解けられた。
北のニヴル、西のニダヴェル、南のムスペル。この三つの領土はまだ、国の体を成してはいなかった。国を成すには人も、知識も、物資も何もかもがまだまだ足りなさ過ぎた。そこでそれぞれの国を行き来して互いに協力し合い、互いに得た情報を交換したり知識を与えあって国を肥やす手助けをし、嫁入りをさせて子供を増やした。森への開拓も進んでおり、時折、なかなか人の住む気配のない東のミズガルの地に寄っては、変化がないかと偵察に来ていたそうだ。
男は事情を説明し、仲間に加わりたいと申し出た。気弱そうな男の勇気を振り絞った発言に、彼らは気前よく快諾し家族を連れてくるように行った。
家族と再会した男はまず、ニヴルで一年を過ごした。村落で始まった酪農と、肉や乳製品への加工を手伝い、ニダヴェルとムスペルの行商人の持ってくるものと交換した。ニヴルの地を離れる際には、保存のきく干し肉や表面の固いチーズ、よく慣れた馬を一頭餞別にもらった。
次の一年はニダヴェルで過ごした。田畑で作る農作物を作る準備から細やかな管理、収穫までを手伝った。手先の器用な者は農作業の合間に細工物を色々と作った。男の妻と娘はアクセサリーを習い、息子は弓矢やナイフなどの実用品を作ることを教わった。ここではいくつかの野菜の保存食と、森の動物を射止める弓矢と、森への探索が得意な仲間が付いた。
少しにぎやかになった一行は最後にムスペルの地を訪れた。そこではかつての行商人達が出迎えてくれた。貴族だったころに慣れ親しんでいたあらゆる嗜好品を懐かしみながら、出会った頃よりも一回り裕福になった行商人達に付いて回りながら、商売のノウハウを教わり、そこでも気忙しく働いた。ニダヴェルから一緒になった仲間と共に森に訪れ狩りをすることもあった。男はもう、気弱で臆病ではなくなっていた。ムスペルでの生活も一年ほどたった頃、男は最初に漂着したミズガルの地を懐かしむようになった。数年間休むことなく働き続けた男の体は休息を必要としていたし、誘うかのように毎夜あの海の夢を見た。
男は悩んだ末、家族会議を開き、海に帰りたい旨を伝えた。妻と娘は男に付いて行くと言い、息子はこの土地での生活が性に合っているからと残ることを決めた。
こうして男がミズガルの地に帰ってきたとき、海は以前とは違う見え方がすると感じた。あの頃とは違い、今は知識も仲間も増えている。彼は自分が何すべきかを決断したのだった。
男はミズガルの美しい海が何よりも好きだった。だから、彼は海に極力手を加えることなく、人と自然が共存する形でここに定住しようと定めることとした。彼は海と森のちょうど中間あたりに、石で家を建てることを思いついた。魚や森の果物などは一日に必要な分だけを捕ることと決めた。
それからミズガルの地に村落ができたのは数か月後のことで、それが大きく成長し国になるには数年の年月が必要だった。
その数年の間に娘はニヴルに嫁いでいき、ムスペルに残った息子が嫁と子を連れて戻ってきた。
ミズガルの地で、男が初代の王を名乗る頃、何もなかったミズガルの地には沢山の人が生活するようになっていた。森からそう離れていない場所の土を耕して果樹園を作り、海の岩場の多い場所に大きな石を足して生け簀を作り、海藻や貝、甲殻類などを育てる養殖所とした。
それから数十年が経ち、四つの地が国として安定しだした頃、初代王は亡くなり、彼の孫の一人が跡を継いだ。自然と共存しながら生きることを何よりも大切にしていたことを、二代目の王もまた大切にした。他の三国が発展を遂げ、成長を続ける中、良くも悪くもミズガルの地だけはそのままだった。人々は自然を愛し、その日一日を大切にしながら生きた。
かつて西の国ニダヴェルの先祖たちが森に親しみ多くの妖精の物語を残したように、東の国ミズガルもまた、いくつかの民話ともいえる話をいくつか残している。一つは、東の在る国では精霊たちによって選ばれた王が太陽に祝福される、という話が一つ。これは遭難してミズガルに行きついた男一家がモデルになっているのだろう。それともう一つは、この国の子供たちが遊んでいると、いつの間にか知らない子供が紛れ込んでいるという話だ。
ミズガル国の女たちは皆沢山子供を産んだ。男は漁に女は作物を育てるのに忙しい為、年上の子供達が親代わりとなって赤ん坊や小さな子供の世話をしていた。子供たちが遊んでいるとき、こっそりと海から来た子が紛れ込んで一緒に遊ぶのだという。子供たちも、話を聞いた大人も皆不思議がりはしたが、海の中に一人でいるのはさみしかろうと、皆気が付いていないふりをして仲間に入れてあげるのだ。その子供が喜んだ年には大漁の日が続くと言い、悲しんだ年には龍神様の罰が当たってなかなか魚が捕れなくなる。そんな言い伝えが、いつの間にか出来ていた。
あの子は一体誰だったのだろうねと、子供を知る者達は思い出したように子供に語る。
その頃子供は、道に迷って泣いていた。慣れ親しんだ海を離れて吸い寄せられるように森に魅せられ新月の晩に入っていった。
あの海は母の胎内のようだったのに。そしてすべては私のものであったのに。今はもう誰もわからず、誰とも繋がることはできない。
私を、みつけて。
【いつの間にか】。その言葉は人々の意識を扱う言葉としては、なかなか適切なのかもしれない。いつだって人間は自分が正しいと思った事象を真実だと思い込み、見えもしない他人の思惑であるとか、水面下でひっそりと動き仕掛ける者達がいるという可能性にすら気づきもしないのだ。
だから、この大陸に住む者は知らない。平和そのものだったこの地に、いつ頃魔王が誕生したのか。いつから魔物が蔓延る様になったのか。いつの間に、国を覆うほどの要塞を各国で必要としつつあるのか、いついかなる時もどこかで何らかの問題が起きているのか。これからも知らないままなのだろう。自分たちが何によって運命を結論付けられ、その末路を辿ろうとしているのかさえ・・・。




