それぞれが学ぶこと
ドラゴンについては、これまで大陸の学者たちが額を寄せ合い長らく議論を進めてきたが、未だ的を射た答えは出てきていない。かつて大型の竜が何種か集いこの大陸を牛耳っており、そこに人間がやってきて攻防戦を繰り返した挙句にドラゴンを葬ったという説や、もともと伝説上の生き物であり、そもそも存在しないのだという説、違う次元の生き物であるという説もある。どれも立証が難しく、乏しい資料だけでは結論が出せなくても致し方のないことだった。彼らはいつの間にか発生し、気が付いたら消えている。唯一この世界で存在が確認されている竜が、かつてオークションで取引され高額で売買されていた翼竜の仲間で、ドラゴンライダーが乗るために人工養成に成功した種なのだ。
ミハネが魔法の講座を受けている頃サペイン一行は商談に訪れていた。ラズダーザの岬の先端には、ドラゴンライダー率いるドラゴン航空便の飛空待機場がある。サペイン達とドラゴンライダーを束ねるオーナーによるドラゴンを使役しての航空便の話は好意的に進んでいき、いずれは実現させたいという方向で話が進んでいた。ドラゴンは自分が気に入ったところにしか定着しないことと、必要な餌の量が尋常でないところが実現に向けて一番難航している点で、乗り手の育成やドラゴンの待機地については徐々に資金を投入して着手できそうなところまで話ができた。
ヴェインは大人の話に付き合わされ退屈していた。先ほど見た魔術に対しての未練がまだ残っていたせいもある。あんな間近でゴーレムの生成を見てしまい、自分の中の才能が何なのかわかっていないヴェインの脳裏にそれは強烈に焼き付いた。何もないという事は、なんにでもなれる可能性を秘めているという事だ。自分にそう言い聞かせて父と共に真面目に練習を重ねてはいるが次々に自分に出来ることを形にしていくミハネを視て、彼の中に焦りが生じていた。
商談はまだまだ続きそうだ。ヴェインは欠伸を噛み殺して待機しているドラゴンの表情を眺めていた。ずっと餌を咀嚼していたり、風を受けて気持ちよさそうにしていたり、まだ飛び足りないとうろうろして落ち着かなかったり・・・。一口にドラゴンと言ってもその性格は様々なのか。そこは人間と同じだと、ヴェインはため息をついた。その時、一頭のドラゴンがヴェインにすり寄っていく。
「なんだ?餌とか持ってないぞ俺・・・」
飛び足りなくて物足りなさそうにしていた奴だ。飛竜はドラゴンの中ではどちらかというと小柄な竜種だ。それでも馬を軽く越してしまう図体の持ち主なので、正面きって近づいてこられると怯んでしまう。身長が伸びて170センチを超すようになったヴェインをさらに高いところから見下ろし、ギョルル、と小さく喉を鳴らす。
「この子は君となんだか波長が合うようだ。どうだ?一度乗ってみるというのは」
オーナーが提案した。
「え・・・俺が?」
「もちろんライダーの後ろに乗って軽くここら辺一帯をぐるっと廻ってくる程度だが、やるかね?」
「はぁ・・・」
何とも気の抜けた返事をしながらライダーに手を引っ張ってもらい、鞍の後ろに乗せてもらう。竜の皮膚は思った以上に固くて滑らかだ。注意深く触れてみるとそこにびっしりと鱗が並んでいるのがわかる。腰を落とすと馬よりも視界が高い位置にあるので、ヴェインは落ち着かなくなった。
「俺はこのドラゴンのライダーをやっているジーニアスだ。よろしくな。このドラゴンはニグマっていうんだ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ジーニアスはゴーグルを外して握手をする。カッパーゴールドの短く整えられた髪に穏やかなピーコックグリーンの目が映える。服装は思いのほか軽装で、ピタリと肌に沿うようなシャツとパンツ。関節部分や首、胸元に皮でできた当てものを装着している。鎧じゃないんだ?と驚くと、彼は、
「昔は鎖帷子を着込んで戦ったこともあったらしいが、もっぱら今は運び屋だからな。あまり重装備で乗るとこいつも大変だろうし」
と言った。同じ革の当てものをヴェインも装着させてもらう。
足は鞍に革ひもでがっしりとホールドされ、鞍から伸びている手綱をしっかりと握る。
「しっかり鞍で固定されているから心配はないけれども、風に煽られないように体を前に倒すような姿勢でいてくれ。いいかい?」
「わかりました」
ヴェインの声を聴くが早いかジーニアスは手綱をパチンとニグマの体で弾いた。その合図を待っていたかのように両翼を大きく広げ、ニグマは力強く羽ばたく。体がブォンと上昇していき、全体的に不安定になっていく。ヴェインは思わず手綱を引いた。
「びっくりしたかい?大丈夫、落ち着いて。今のうちに鼻でゆっくり呼吸してご覧。そう、その調子だ。じゃあ、もう少し上昇させるからね」
ニグマは忙しなく羽ばたいて体を上昇させていく。商談をしているサペインとバリーの姿がどんどん小さくなっていった。それぞれの顔の判別が付かなくなってきた頃、ジーニアスはニグマに次の指示をだし、ニグマは羽ばたくのを止めると、風を受けて一気に滑空した。遠ざかっていたはずの地面が再び近づくのを見て、ひゅっと肚が冷えるのがわかった。うろたえている彼の気配を察知すると、ジーニアスはヴェインに声を掛ける。
「ヴェイン君、下じゃなくて前を見てごらん。どんな景色が広がっている?」
そういわれて初めて顔をまっすぐに上げると、そこには見たことのない景色が広がっていた。白くて四角いラズダーザの住居の屋根が少し不規則に並んでいる。市場があった広場は綺麗に片付けられてだだっ広い空間が出来ていた。少し奥側に魔術通りの歪な建物の街並みが見えてきた。右側にはムスペル国の城がそびえ立つ。みな西日で蜜色に染められていた。街並みの奥には砂漠が広がっていてピラミッドらしき建物が幾つかぽつぽつと見えた。さらに奥には山岳が連なり、幾つか開いている穴があるのがわかる。あれがダンジョンなのだろう。さらに視線を奥へと持っていく。
「空と地面が分かれている・・・」
「水平線だね」
ざわざわっと全身が総毛だったように震えがきて、汗が噴き出した。地と空の境目など、今までも見てきたはずではなかったか。違う。ヴェインはその景色を上から見下ろしたことはこれまでなかった。
「すげーぇ・・・」
思わず感嘆の声が漏れた。街並みを越え、ピラミッドを通り過ぎ、ニグマは慣れたようすで大きく旋回する。今度は東のミズガル国の端海岸沿いとそこから広がる海が見え、空の青と海の青が解けず混ざらず平行に並び、間にある雲が赤く燃える様だった。、旋回を続けるとケイオスの森が見えてくる。ずっと奥に霞に紛れて見えるのは山脈だろうか。その隣に見えてきているのは、自分たちが慣れ親しんだニダヴェル国の草原だ。
ニグマがゆっくりと旋回しながら高度を落としていく。もうすぐドラゴンの停留所についてしまう。ニグマから降りるのが惜しいくらいに空に心地が付いてしまった。
「・・・・楽しかったかい」
「・・・はい。もっと乗っていたいくらいで」
「はっはっは、いいねぇ。じゃあもう少し付き合ってくれるかい?ニグマはちょっと暴れさせないと満足しないんだ。」
そういうとジーニアスはぐっと手綱を引き寄せた。ギュールルルゥルルル・・・・甘えたような声を出し、ニグマは宙を舞った。視界が切り替わり空が一面に広がったかと思うと、いきなり天と地が逆さになり、胃がひっくり返りそうになった。
「では、今日はこんなところでお開きという事で」
サペインが商談を締める頃、空からヴェインの情けない声が聞こえてきた。ブンブンに振り回されている彼を大人たちは不思議そうに見守るのだった。
あれからミハネはマリスに教わった通りに満月の夜に見た光る玉や地龍のことを思い浮かべて魔法を使おうと練習を重ねていた。
「いい?1、魔法を発生させたい場所に焦点を当てて、2、そこに手をかざす、3、手のひらにエネルギーが集中するのを意識して、4イメージしたものを言葉に出して発生させる」
「はい!」
「じゃ、やってみて」
「・・・風の精霊よ、あの岩を倒して!」
ミハネがそう叫んだ途端、凄まじい向かい風が彼女に向かって吹き荒れた。
「ひゃぁあっ」
巻き上げられた砂がミハネを直撃する。
「・・・・」
「だっ大地の精霊よ!あの岩を潰して!!」
今度は風すらもぱったりと止んでしまう。
「・・・ミハネ、魔法向いてないのかもね」
マリスにバッサリと言われてミハネは涙目になった。
ミハネが魔術に一生懸命になっている間、こっそりゴーグルを外して彼女を見る。精霊たちは彼女をからかってけらけら嗤っているし、地龍もいることは居るのだがぐっすりと眠っている。真面目にするつもりがないのだろうか。それとも、今回ここに来たのは時期尚早だったということか。
「うう・・・なんで嫌なんだろう・・・ちゃんとお願いしてるつもりなんですけど」
「ミハネ、なんで嫌だって思われてると思うの?」
「え、だって聞こえましたよ。イヤダヨーって」
「声は聴こえるのね」
「あ、はい。なんだかここに来てからやけに空耳が増えたようで・・・。勘違いかなって思ってたんですけど」
「だったらなんで嫌なのか聞いてみるといいわ。きっとその子達にも言い分はあるだろうから」
ミハネはすっくとたってぼぉっと遠くを見据えた。何かを見るわけではなく、声を聞き取るのに集中しているのだ。
「せつ・・・接続・・・が、不十分。だから・・・まだ手を貸したくても・・・無理・・・だ、そうです」
「やっぱり見えないとダメなのね・・・。不毛だわぁ。これ以上やっても練習の無駄ね」
さ、戻るわよ。そう言ってマリスはミハネを店内へと促した。
「まぁ魔法って今日会って一日で習得できる代物ではないしね、もともと。ここに来たときに空いた時間に薬草の効果と一緒に少しずつ勉強していったらいいわ。今は貴方、魔法使いじゃなくて薬草屋なんだから、本業をしっかりやってもらえたらウチとしては満足なんだしさ」
落ち込むミハネにマリスはあたたかいお茶を淹れなおす。真剣だった彼女にマリスは幾分か態度を和らげていた。
「ミハネ、今後の相談なんだけれども、ミシュの葉は手に入れられるかしら?それと、ウハイリでしょ、センナ、バシリ、ククナゴ・・・あと、パロの葉はかなりの量用意してほしいのよ。それって可能?」
「すべて聞いたことのある草だから、これから栽培することはできると思います。けれども、その草たちにはどんな効果があるのですか?私は自分で試して効果のあるものしか栽培してこなかったので・・・」
「なるほどね。持って来てくれたのはなんだか実用一直線なラインナップだもの。そうね、ミシュは惚れ薬、ウハイリは金運強化、センナは美容、バシリは守備力向上、ククナゴは攻撃力をグンと上げる薬になるの。パロの葉は邪気避けに直接食べてもいいんだけど、精油にして体に塗ったり振りかけたほうが効果は高いし持続するのよね」
「なるほど・・・ではパロの葉はできるだけたくさん持って来れるようにしますね。それと、今まで私が知らなかった森の薬草のそのような効果ってどうやって学べばいいでしょうか・・・」
念のために、今まで薬草を研究してきたデータをノートにして持って来ている。ミハネはそれをマリスに差し出した。
「熱心ねぇ。あたしの知らない薬草の細かい効果まで書いてある。効果がわからないものに関しては絵や名前だけ書いてあるのね。あたしは母が森に居たことがあったから、その時に使用したり生まれた村で言い伝えられていた薬草について魔導書に記されていたのを参考にしているわ。あとはこの魔術通りで行われる魔女集会とかで出会う薬草魔女なんかと情報を共有したりしてね。ここは色んな村落から逃げてきた魔女たちの寄せ集めだから、人によって様々な知識を持っているの。今度ワルプルギスにいらっしゃいよ。今年はもう終わっちゃったけど」
ワルプルギスは魔女の祭典だ。満月の夜に魔女の為の夜として盛大なパーティーが開かれる。招待されてミハネの心は弾んだ。
「はい・・・!是非!」
二人の話も終わりに近づいてきた頃、ようやく男衆が迎えに来た。
よほど商談がうまくいったのか、サペインはニコニコしていたが、ヴェインは何故かぐったりとしてバリーに肩を担がれていた。
「お帰りなさい!」
「ああ、ミハネさん。魔法についてはどうでした?」
「色々ダメでしたけど、マリスさんと沢山お話しできました」
「それはそれは」
サペインはにっこりとほほ笑んだ。行商人としての長い付き合いで、マリスが極度の人嫌いであることを知っていた。好きな相手はとことん大事にするが、そうでない相手は潰さないと気が済まない。そういった過激な面が彼女にはあった。ミハネが無事でひそやかにサペインは胸をなでおろすのだった。
「坊主はどうかしたの?」
「ああ、問題ない。ドラゴンに乗って酔ったらしい」
「なるほどね。えーと、これ、口に含ませて」
マリスは薬棚から紫とオレンジのまだらの葉を取り出した。ミハネはそれを見てピンと来た。
「リタリの葉・・・ですよね?」
「そ。整腸作用があるから食べすぎや二日酔いにもいいんだけど、乗り物酔いにも効くんだ。ミハネ」
「はい?」
「・・・また勉強しに来なさいよ」
マリスはうつむいて誤魔化したが、照れているのがわかった。
それぞれ商談を終え、サペイン一行はニダヴェル国へと戻り、帰路へと急いだ。皆疲れてはいたが、充実していた。新しい学びを得たことで、ミハネとヴェインは未来の自分の姿が、昨日よりもほんの少し違った形で想像が出来ることが嬉しかった。
この日以降、ミハネは将来的に自分の家が持てるようになりたいと考え始めた。ずっと教会のお世話になっていくわけにもいかないし、薬草はよいお金になっている。ラヴィの事件の真相は相変わらずわからないままだが、自分なりに調べて行こうと決意を新たに、可能性を高めようと精進するのだった。
薬草を売りながらマリスに魔術を教わり、それが少しずつ形になっていく頃、運命の歯車は音を立てて軋み、動いていくことになるのだが、それは彼女がもう少し成長した頃にやってくるのだった。
今回で南の国ムスペル編が終わりです。今回も読んでくださり、ありがとうございました。
ブクマ、アクセスが励みになっています。
ミハネの成長もゆっくりでじれったいかもしれませんが、気長に待っていてくださるとありがたいです。
引き続きよろしくお願いいたします。




