初めて目の当たりにする魔術
挨拶もそこそこに、サペイン一行は薬草の検品をしに保管している馬車まで戻ることにした。歩きながらサペインとマリスは話し合いを続けている。
「薬草ならここまで持ってきたらよかったのに莫迦じゃないの」
「そうは言っても量が量ですからどうしてもね」
「それでこれだけ雁首揃えて手ぶらでここまでいらっしゃったのね。優雅なご身分ねぇ。それであたしに歩かせようってんだからサペイン、あなたも偉くなったものだわぁ」
「そのつもりのコンバットブーツだって言ったじゃないですか」
「莫迦ねぇ人の上げ足取るんじゃないわよ。第一馬車にそのまま放っておいて盗まれでもしたらどうするの?無一文で帰るの?」
「マリスさんの呪縛の護符のおかげで一度も盗まれたことはありませんよ」
毒々しいやり取りを後ろで聞いて、残りの三人は愛想笑いを顔に張り付け、嫌な汗をかいていた。
(なんだこの鋭いジャブを笑顔でかわす地獄のような会話は・・・)
(なんて性格の悪い女なんだ・・・)
(呪縛の護符って何・・・)
それぞれの想いは交錯しないまま、馬車までの距離を沈黙が貫いた。到着するとサペインは荷台を括り付けていた紐をほどいて中の麻袋に入った薬草をマリスに見せた。
今回積んだ薬草は、瘴気除けのパロの葉、毒消しのリロリ草、麻痺に効くリーマ草と眠気覚ましのカーミ草だ。マリスは少し取り出して匂いをかいだり噛んでみたりして草の品質を調べ出した。
「うん。保存管理がしっかりしていたみたいだから、変な傷とか変色もないし、問題ないわね。ミハネさん、ミハネでいいかしら。この草たちを育てたの、貴方だそうね」
「は、はい」
名前を呼ばれてミハネは思わずドキリとした。
「丁寧に育てたのね。虫食いもないし傷みもない。おまけにこの国では手に入らず、(一応西の国で育てているけど)森でしか手に入らないというプレミアも付いている。よしよし、結構吹っ掛けられるわね。貴方に免じてそのほかのサペインの品も今回は値切らないでおいてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
「誠に光栄でございます」
サペインは深々とお辞儀をした。行商人って大変なんだなぁ・・・。そう、バリーとヴェイン親子は目配せをした。
話を終えるとマリスは荷台のほうへ向き直った。
「この量だと、1、2・・・・3体いるかしら。」
マリスはぶつぶつと呟きながら、その辺に転がっていた石ころで地面に円を描き始めた。円の内側にスペルを書き込み、さらにもう一度内側に円を描く。中央に六芒星を描き、星の先と先の間にもスペルを書いていく。一番外側の円の四隅に星を書くと、続いてそれをもう二つ描いた。
マリスが手をかざすと魔法陣がポウ・・・と光を放つ。それを見届けると彼女は両手をかざし、三つの魔法陣を光らせた。
「大いなる者よ。この世が生まれる以前から天と地をおしなべる真の支配者よ。土の体を持ち主人の命に忠実な我が僕に72柱の天使の加護の元、生命を与えん」
マリスが唱え終わると、ボコ、と魔法陣の中の地面が盛り上がりだした。ボゴ、ゴゴゴゴゴと地響きを立てながら三つの岩の柱がせりあがっていき、余計な部分が削がれて落ちていく。まず頭ができ、簡易的な顔が作られた。首はなく頑丈な胴体が作られ、中央にはひとりでにこの者たちの名前が彫られた。そこから伸びる手足は比較的細く削られた。その光景はまるでひとりでに彫刻が出来上がっていくのを見ているようだった。その三体の彫刻達は滑らかに動き回り、膝をついてマリスの命令を待っていた。
「土でできた兵士・・・?」
「ゴーレムよ。とってもいい子なの。ゴーレム、あたしの荷物を全て店に運びなさい」
それを聞くとゴーレムは荷台から次々と薬草の入った麻袋を抱えて出すと、そのままマリスの店まで運び出した。土でできているとは思えないくらい、その手つきは優しく、ミハネの薬草もサペインが持ってきた商売道具も何一つ傷つけることなく店まで運び込んだ。持ち切れなかった荷物を抱えてミハネ達はゴーレムの後に続く。小さな子供たちがはしゃぎながら真似をしてついてくる。街の人々もそれを見て、いつもの光景だというように素通りしていく。ここでは魔術や魔法も当たり前に存在しているのか、とミハネは理解したのだった。最後の荷物を店に運び入れ、一行は一息ついた。
「よくできたわね。ありがとういい子達。また逢う日までお休み」
マリスが短い呪文を唱えながら指から空弾を放ち、ゴーレムの胸に刻まれたスペルを一字消すと、ゴーレムたちはその場に崩れ砂に戻った。
ミハネとヴェインは初めて見る魔法に目を輝かせた。
「すごい・・・これが魔法なんですね」
「すげぇ。ほかにも攻撃魔法とかあるんすか。なんか色々できるんですか!?」
「・・・まぁね」
マリスはサペインが持ってきたいくつかの書類にサインをすると、サイン済みの小切手を彼に渡した。
「マリスさん、毎度ありがとうございます。その・・・金額なんですが、これ、値切られるどころか今回少し色付けてもらえました?」
「ああ、それ、ちょっとあの子と話がしてみたくてね、ちょっと預からせてくれない?」
「それはですね、ええと、これからドラゴンライダーとの取引がありまして、ミハネさんにもついてきてほしかったのですが・・・」
「そぉんなの野郎三人も居りゃなんとかなるでしょうが。あいつらだって莫迦じゃないわよ。ニダヴェル国とミズガル国にも自分たちの食い扶持が増やせるんだったら喜んで話聞くわよ。ねぇミハネちゃん、むさくるしい野郎共に囲まれてずーーーっとお取引の難しいお話を聞かされるのと、お姉さんの魔法講座を聞くの、どっちがいいかしらぁ?」
魔法が見ることができて目をキラキラさせていたミハネは、途端に涙目になる。もちろん講座は受けてみたい。魔法の仕組みが書かれた本など、ニダヴェルの国立図書館にも存在しないのだ。けれども、ここに連れてきてくれたサペインとの約束も破ることはできない。マリスに魔法で体を二つに分けて欲しいと懇願したが、莫迦なの?と一蹴された。
「うう・・・まほう・・・こうざ・・・聞きたいです・・・けど・・・サペインさん・・・」
ミハネはサペインをちらりと見た。サペインは助け舟を期待してバリーを見る。やれやれ、とバリーは口を開いた。
「マリスさん、私とヴェインはこの子の護衛で来ている。彼女はニダヴェルに復活のきっかけを作ってくれた大切な子だ。どうかくれぐれも危険な目には合わせないでいただきたい。約束していただけるだろうか」
「当然ですわ。ミハネはいずれあたくしにとって大切な取引の相手になりますの。そんな相手を無碍には致しません。約束いたします。あたくし、ちゃんとそのつもりでこの子の時間を買いましたのよ」
ピンクの唇がにこりと微笑む。
「そ、そうか。なら良いのだが・・・」
バリーはそれ以上口を出すことはできなかった。ヴェインは初めて女性に気おされる父親を見た。
「ねぇサペイン。この子は薬草の知識もまだまばらだし、あたしが欲しい薬草を知る必要もあるの。その知識を、あたしならこの子に与えてあげられる。ねぇ考えても見なさいよ。この子が上等な薬草マスターになるという事は、この子を紹介できるニダヴェル唯一の行商人としてのあなたのポテンシャルも飛躍的に伸ばせるってこと。わかるわね?」
「ええ、ええ、それはもう」
「それに、女の子同士でしかできない話だってしたいんだし」
そう呟いてサペインを見る。彼はお手上げだという風にジェスチャーをしてため息をついた。
「・・・わかりましたよ。私の負けです。バリー、ヴェイン、行きましょう」
くれぐれも頼みますよ、とサペインは念を押して去っていった。
”女”を使えるというのは、自分が女だから使える一つの特権よねぇとマリスはひとりごちる。それが一種の狡猾さに見えたり、単なる我儘を言っているだけだと思われることもあるのも、彼女は知っている。バリーとヴェインは最後まで怪訝な顔をして去っていった。面倒くさい奴だと思われたのだろう。それもまた致し方ないことだ。この国での生き方は、誠実さからほど遠いところにある。
マリスはちらりとミハネを見た。魔法のことで頭がいっぱいなのだろう。また目がキラキラと輝いている。
「・・・じゃあ、ミハネ、店に入るわよ。ちょっと書いて欲しいものもあるし」
「はいっ」
マリスの店は良く練られた土壁で造られている。四隅がしっかりと直角の通常の家とは違い、行き当たりばったりな歪さや取ってつけたような幾つもの窓、壁に巻き付いている蔦の蔓などが、魔女らしさの演出に一役買っていた。木枠の中に分厚く薄い青色に染まったガラスをはめたドアを引くと、ドアに引っ掛けられたオーナメントがジャランジャランと音を立てて揺れた。
中は不思議なお香の匂いで満たされている。真ん中に置かれている、樹齢数千年も経た大樹を板にして作られたテーブルの上には大小さまざまなキャンドルや小型のナイフ、聖杯に岩塩や天然石、取っ手の付いた黒い大鍋などが並べられており、それらが避けられるようにして人が一人座れるくらいのスペースが設けられていた。右側の日光が当たらない場所には天井まで高さのある、店の壁に合わせて歪められた薬箪笥が設置されており、幾つも付いている引き出しの中には薬草のほかにも様々なアイテムが入っているらしかった。左側には主に杖や剣、アックスなど、おそらくはダンジョンの中で手に入れたであろう武器の数々がピカピカに手入れされ、窮屈そうにぶら下げられていた。物珍しさにミハネがキョロキョロと辺りを見回していると、マリスはお茶を用意してテーブルに座るよう促した。
「店に出しているのはほんの一部よ。大事なものは倉庫に保管してあるの」
ミハネが腰かけると、机の上に書類とカラスの羽のついたペンを置いた。
「名前と職業と住所を書いてくれる?」
ミハネはおずおずとペンを走らせた。
「あのう、住所はないんですけど・・・」
「どういうこと?」
「今はまだ教会に仮住まいなんです」
ヴォルヴの村でお世話になって数年経つが、ミハネはいまだに教会から独立する機会が掴めていなかった。薬草を育て村や町で使ってもらえるようになり、少しずつお金が手元に入ってくるようになり、教会でお世話になっている分を寄付という形で寄付をした残りを銀行に預けていた。時折その残金を確認しに行くのだが、とても自分ひとり賄える金額ではない。リンデルさんやほかのシスターの厚意もあり、そのままずるずると教会での借りぐらしを続けていた。
「そう。じゃあ、一応住んでいる町の名前と教会の名前を書くといいわ。職業欄や薬草屋で今のところいいわね。それで名刺を作ってあげる。これから必要になるだろうから」
「えっ、いいんですか?」
「いいのよ。それだけあなたが作ってくれた薬草は価値があるものなの」
「嬉しい・・・。ありがとうございます」
ニコニコしながら文字を書いているミハネを、マリスはじっと見つめていた。第一印象はまっさらな少女、という感じ。何物にもとらわれない、何物にも影響されない、それでいて芯が強く何かを持っている印象があった。
この子が作ったという薬草の品質を見ても、ただ土に植えただけではないという事はわかる。森に生えている薬草であれば、手を掛けずとも森に棲む見えざる者たちが力を与え、草や葉の成長を促している。効果がとても高いものが採れるのはその為だ。けれども畑に植えられたものが森に植えられたものと同じように育つかというとそうではない。薬草の求めるものがなんなのか、聞いて与えてやらなければならないからだ。薬草を見る限りミハネにはそれが出来ている。
けれども、ここに来るまでのやり取りも見たうえで、今は、途方もないくらいに過保護に育てられた世間知らずのどうしようもない女に見えてくる。
(14歳だっけ。あたしが14の頃はどうしていたんだったかしら。もう少ししっかりしていたと思うけど)
マリスはゴーグルを外してミハネを視る。その丸く大きな眼は金色で瞳は淡い黄緑色をしていた。眼を縦に二つに割るように虹彩が入っている。ドラゴンの目の特徴だ。
その眼はこの世の者とこの世の者ならざる者の両方が見えてしまう。魔術に携わる者としては貴重な特技が使えるのは有難いことだが、この眼を奪うために襲われることも少なくなかった。いつもゴーグルをつけているのはその時期の名残だ。今はどこから襲われても返り討ちにするくらいには強くなった。
マリスは見学を続ける。ミハネの頭部辺りにふわふわと金色の沢山の光が漂っている。小さなものもあれば、大きなものもいくつかある。あれは風属性の精霊だろう。いくつか土属性も混じっている。そしてミハネの体からは、黒い靄のようなものもうっすら見えた。少し禍々しいが害があるようには見えない。闇属性のようなものだろうか。そしているだけで周囲を明るく照らすような膨大なミハネ自身の魔力。並の魔法使いでもあれだけの力を持つ者はいないだろう。とにかく、持っている潜在的な能力とミハネ自身にかなりのズレがある。
(それにしても、あんなふわふわした思考回路でどうしたらこんなに色々くっついてくるような生き方ができるのかしらね)
昔のことを思い出しているうちにミハネが書類を書き終えたようだ。ゴーグルを戻して書類を受け取る。
(まずはそれを知ることから始めないと駄目ね)
マリスはミハネに生い立ちを話すよう促したのだった。




