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大都市ラズダーザと魔物市場の過去

 ケイオスの森から南に位置するムスペル国は、酒・煙草・衣類に装飾品等、嗜好品を中心に取り扱う商業大国で、娯楽となる舞台やミュージカルなどにも力を入れている。

 特にミハネ達が向かった大都市ラズダーザは国の中で一番大きなマーケットを持っており、連日人でごった返し、様々な商品の売買が盛んにおこなわれていた。

 商品となる嗜好品は規模の大きな工場で生産されていることがほとんどだが、稀にダンジョンの地下へもぐって宝箱からアイテムを持ち帰り、それを販売している者もいる。違法性の高いものが売られていることも多々あるため、国の内外で厳しく取り締まりが行われている。だがそれに素直に従う国民性ではもちろんない。賄賂を贈り成分を偽り数字や文字を誤魔化しながら生き馬の目を抜くように雑多な世界を駆け抜けていく。

 生きる力の強い国には明るい魂が宿る。あちこちから聞こえてくる客寄せや声掛けの喧騒と笑い声。色とりどりの衣類や食べ物や謎の箱。にぎやかで活気づいているこの国を、ミハネは一目で好きになった。

 なんせここには物珍しい物しかないのだ。喧騒に紛れてついふらりと露店を覗こうとするヴェインもそれとなく制してはいたが、いつしか一緒になって夢中になってしまい、二人はバリーに子供のようにがっしりと腕を組まれてしまった。

 行き交う人の中には、肌の色が異なる人種や魔物の角や尖った耳を持つ者もいた。


「サッ、サペインさん、魔物な方がいますが」


「ああ、これは違います。こういった仮装が昔からあるんですよ」


「仮装?何のために?」


「亜人の人種差別に対しての抗議や、“私は貴方を受け入れます”というメッセージを発する役割、もしくは単純にファッションとして流行るのです」


 少し休憩しましょう、とサペインはラズダーザでも人気があるという評判のレストランに連れて行ってくれた。サペインが手慣れた様子でウェイターに注文する。

 しばらくすると、香辛料が効いた魚介のスープや直火で焼いたパン、ロブスターのローストをがテーブルを所狭しと並び始めた。もったりとしたとろみのあるスープは香辛料特有の辛さと複雑な香りが食欲をそそり、魚介から染み出る旨味がたまらない。スープをパンに浸して食べているのを見て、ミハネも真似をしてみる。あっさりした塩味のパンに沁みた濃厚なスープの味がふやけたパンからじゅわっと溢れ、飲み込むと後からスパイスが効いてきた。ロブスターに至っては、身のぷりぷりとした弾力と濃厚な甘みの前に皆無言で貪る。

 昔に比べるとニダヴェル国も随分と肉を食べるようになったが、昔から魚を食べる文化はない。大陸の端なのでもちろん海はあるのだが、西の海は荒れやすくそのうえそこら一帯は断崖絶壁の危険地帯なので人が滅多に近寄らず、漁が定着していないのだ。滅多に食べない魚介料理に皆舌鼓を打った。


「いやー美味い。こっちの方面に来るのは何年ぶりだろうな。ムスペル料理なんて久々だな。いいもん食ったよ」


「バリーまさか、この料理が食べたくて来たんじゃないだろうね。まぁいい。亜人の仮装の話がでたことだし、ミハネさん、貴方には少しここの歴史について知っておいてもらいたいことがあります」


 食後のお茶を飲みながら、サペインは穏やかに話し始めた。


「ムスペルには様々な人種が集まってくるのですが、中には亜人と呼ばれる人と人でないものの混血の者も存在するんです。理由は様々なのですが、その昔、ムスペル国では魔物を奴隷やペットとして密輸売買していた過去があるんです。特に北のニヴル国の野生の魔物の中には珍しい牙や毛皮を持つ者が少なくなかったし、中には人語を話せたり、人間と同じように器用に何でもこなす者もいたため、生け捕りにして連れてくる者もいました。そういった者達をオークションにかけて高額な売買取引の元競り落とし、従者として雇ったり、ペットとして買ったりと、今の価値観ではずいぶんと非人道的な扱いを受けていました。もちろん、中には純粋に恋に落ちて子供をもうけるケースもあったそうです」


「俺が現役の頃もいたな。そういう輩が」


「父さん、それってどういう奴だったの」


「ニヴル国の周りにはいくつか野生の魔物が襲いに来るスポットというのがあってな、依頼を受けてそこへ行くとこそこそと後をつけてくる奴がいたんだよ。そいつは兵士のように重装備ではなく、ナイフやボウガンなどの武器を持っている。群れで襲ってくる人狼族などと戦っていると、その群れからはぐれた奴や攻撃をし損ねて無傷な奴を狙ってさらっていくのさ。あれはムスペル国でオークションにかける為に連れ去って行ったんだな」


 ニヴル国で百戦錬磨を誇るバリーは、経験もあってか平然と語る。サペインも同意した。


「ええ、ひどいのになると魔物の赤子や子供まで狙いますからね。鳥の魔物や竜の卵をかっさらってくる剛の者もいました。ひなは初めて見た者を親と思いますからね。ペットとして人気があった。高値で取引される反面、子をさらわれた親の怒りは凄まじいですから。血眼になって探しますし、見つかったら最後売ったハンターも買った者も一族全員根絶やしです。それでも、いや、それがあるからこそオークションは熱狂する。狂った時代でしたね」


「ひどい・・・。お金のために他人の命を売り買いするんですか?しかも自分も死ぬかもしれないのに」


「リスクを伴う刺激は時に何よりもお金になることがあるのです」


 ミハネは絶句した。ミハネはまだお金の価値をあまりよく知らない。前世でも病院の外がどうなっているかも知らず、自分を取り巻く環境がお金によって整えられてきたのかもいまいちピンと来ていない。ただ、希少価値が高ければ高いほど、人はどんなにお金をかけてでもそれを手に入れたくなるのだということは理解できた。それが人としてやってはいけないことであってもそうせざるを得ない、そんな人間のエゴを知り、また一つ人の闇の部分に触れたのだった。

 ヴェインも顔をしかめていた。彼もまた牧歌的な環境で父から騎士道を教わりながら剣を振るい訓練してきた者だ。平和で少々潔癖なきらいのあるニダヴェル国から普段出ないこの青年にとっても、サペインの話は毒気が強すぎた。

 まぁまぁ、もう昔の話です。と、水に流すようにさらりとサペインは話を続けた。

 

「今はもう自然や人気のないところで襲ってくる野生の魔物なんてほとんどいなくなったし、非人道的だという事でオークション会場を人権団体や弁護団が束になって抗議した。世界情勢が変化していく過程で、ついにムスペル国はオークション会場に厳しい規制を設け、人身及び魔物の取引を全面的に禁止にしたんです。闇業者は一網打尽に摘発されました。そうして魔物オークションは事実上解体され、廃れてしまいました」


「じゃあ、もうそんなオークションはないんだな」


 ヴェインが追加で注文したデザートの砂糖菓子を口に放り込みながら聞く。話が長すぎるため、だんだん疲れてきてたためだ。ミハネも砂糖菓子をつまませてもらう。ほろっとくちどけの良い小さな焼き菓子の優しい甘みは、疲れた脳みそに優しくしみ込んだ。


「はい、ありません。ですが、新たな問題が生じました。闇市場を期待して、まだ一部のハンターが魔物を捕獲してはこの国に連れてきていたのです。けれども国と世論の目はとても厳しく、魔物を見るなり摘発しました。連れてきたはいいが、どのルートを頼っても売れないとわかった瞬間にその辺に魔物を捨てて逃げる不届き者のせいで、野良となった魔物が民家を襲う事件が多発しました。それは一時社会現象にまでなり、国は混乱しました。捨てられて野良化した魔物は魔物駆除の為のハンター達に追われ、訳も分からず昔からあるこの国の遺産である洞窟やピラミッドに逃げ込みました。今もその時に逃げた魔物の子や孫が洞窟やピラミッドの中で増え続け、今でも内部を徘徊し冒険者を襲うのです。それがこの国のダンジョンが数多くある理由です。野生化した魔物に襲われ怪我をしたり、殺された者もいましたので、人は魔物を強く憎むようになった。この時代の亜人や人に雇われている人型の魔物はかなり肩身の狭い思いをしたことでしょう。はっきり言って差別的な扱いもひどかった。しかし近年、昔は何でも売買することが是とされていたこの国でも意識の変革が起こっていて、誰もが心地よく過ごせる国を作ることに人々は協力的になりました。過去にどのような歴史があったとしても、この国の人たちそれを受け入れ、国を愛している。だから、ミハネさん。貴方が来ることに私は賛成したんです」


 昔のギラギラギスギスしていてお札が空を舞っていたころのこの国も好きでしたけどね。そう彼は付け加えた。

 この国の壮大な歴史に、ミハネは頭がくらくらする思いだった。何もわからずに連れ去られ、ペットにされた子供たちや、この地で憎まれ追われる事になった魔物を可哀そうに思った。

 この世界の理は、魔物が悪で人間が善というゲーム上当たり前の設定をいとも簡単に覆してくる。世界は複雑で明るくて、時々底の見えない闇を提供してくる。自分の中の確固たる核を持たないミハネは、人と魔物、光と闇の間で大きく揺れていた。新しいことに触れるたびに自分の中の正しいことが壊れていく。問題を深く考えれば考えるほど、ミハネは何もわからなくなるのだった。


「さて、そろそろ行かなくては。ミハネさん、まずは薬草の大口取引先へと向かいましょう」


 レストランを後にして大通りを通過し、生鮮市場に入る。午前中には色とりどりの新鮮な野菜や甘みの強い果物、肉や魚などの食材が所狭しと売られているのだが、午後になるとどの店も食材を売り切ってしまいぱったりと店じまいする。そのため、混雑を避けるには空いている午後に歩くのが良いのだ。

 サペインはどんどん進んでいき、右手にあった見落としてしまいそうな細い路地へと曲がった。大通りの喧騒が徐々に小さくなっていく。複雑に曲がりくねったうえに細かい段差が幾つもあり、左右に分かれる道を何度か通ったところでミハネはもうどうやってここまで来たか覚えられないと思った。

 暫く歩いていくと先ほどとはまた異なるざわめきが耳に入ってきた。その声はだんだん大きくなっていき、その言葉遣いが大通りのそれとは異なることに気が付く。

 細く長い路地の道がぱっと開け、人の行きかう通りに出ると、にぎやかな大通りとは異なる雰囲気を醸していた。行き交う人たちは皆、足首まで届く長いローブを身に纏い、人によってはフードを目深に被っていて、分厚い書物や杖を持ち歩いている。時折人型の魔物も歩いていて、同じように本を持っているか、大きな袋を斜め掛けにして引っ提げていた。ここにいる者達からは娯楽や商売とは程遠い、生活の匂いがしていた為、大通りで見たようなファッション的なものではないこともわかる。


「ここはラズダーザの魔法の街、通称”魔術通り”と言います。先ほど語った魔物オークション解体後の混沌で、差別は人と人ではない者を分断しました。それから地域ごとの棲み分けが始まり、今はこうして商売人や流行を追ってこの町に来る人たちと、古き良き魔法を愛する者と異形の者達とで分かれているのです」


「あれだけ”誰もが心地よく過ごせる国を作ることに人々は協力的”になって、アピールしていても、住むところは別々なのか・・・」


 ヴェインがポツリと呟く。


「思うのですが、”赦す”というのは世の中で最も尊い行いのうちの一つです。ですが、すべての人がそのように簡単にできることではないでしょう。子をさらわれた親は売り払った犯人を前に許すことができますか?復讐を受けた一族の生き残りはやはり復讐した者を憎むでしょう。それもまた、道理であり、憎しみの連鎖は沁みついてまた新たな問題の火種になる。こういった複雑かつ死を包括した問題は、時間をかけて協議していくしかないのですよ」


「・・・サペインさん、たまに教会みたいなこと言うんだな」


「はっはっは、生まれは君と同じヴォルヴですからね。これでも日曜日には神様のありがたいお言葉を聞いて育ったのですよ」


 環境が変わると中身まで変わっていくものなのか。サペインは穏やかで物腰は柔らかだが、したたかで抜け目なく、流れるように話を進めていき、いつの間にか誰もが彼のペースにはまっている。自分とも自分の父親とも違う”らしさ”を持つサペインを見て、ヴェインは自分が変わりたいという気持ちを強く持っていることを再確認するのだった。


「あ、いたいた。あそこです」


 サペインはそういうとにこやかに遠方に手を振って見せた。赤いフードを被っているらしき人が手を大きく振り返す。二人はお互いに近寄っていき、握手をすると、皆のほうへ向き直った。

 その人はミハネよりも少し背が高いくらいの少女のように見えた。フードを脱ぐとフードと同じくらい赤い髪が見えた。肩に届くくらいの後ろ髪と眉よりも上にある前髪もばっつりと切りそろえられていて、風を受けると白いレースを沢山あしらったリボンのヘッドドレスと一緒にさらりとそよぐ。肘までの長さのマントの下にはレースたっぷりの襟元と姫袖をあしらった白のブラウス、ウエストを引き締めるこげ茶色の革のビスチェを身に着け、パニエの入った赤とこげ茶のチェックのスカートはふんわりと膨らんで少女らしいシルエットを醸している。履いている靴はコンバットブーツでビスチェとのバランスをとっていた。

 その服装からあえて外すように、彼女はスチームパンクのゴーグルを身に着けていた。ゴーグルのレンズが黒いので、どのような表情をしているのかわかりづらい。


「マリスさんこんにちは。ちょっと遅くに来すぎましたか」


「ううん大丈夫、さっきまで寝てたから」


「それはちょうど良かった。今日はロッキンホースではないのですね」


「商品を見せてくれるんでしょ?歩くかもしれないから今日はブーツにしたわ」


「ヘッドドレスも良くお似合いで」


 そう?と少女はピンクのグロスを塗った唇の端を上げて微笑んだ。


「ミハネ、あの女の子のロッキン・・・なんとかとかって、わかるか?」


「ロリィタは知ってますけど、そんなに詳しくは・・・・」


「すげぇなサペインさん、洋服であれだけ話合わせられるのって・・・」


「紹介します。魔女でよろず屋のマリスさんです」


「初めまして。よろしくお願いします」


 ロリィタの少女はスカートの両端をつまんでミハネ達にぺこりと頭を下げた。 

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