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追い風と南の国

 グノーと最後に会ってから季節がいくつか巡り、風の強い初夏の昼下がり、ミハネは畑の前でうんと伸びをした。

 薬草畑では夏に収穫できる薬草や果物の花が少しずつ咲き始めたところだ。畑の横の、かつてミハネが棲んでいた家のところに簡易的な小屋を作ってもらい、ミハネはできた薬草を保管することにしている。薬草の効果は町の人に評判が良かった。腹痛に効く葉や二日酔いに聞く葉や怪我をしたときに貼ると血止めになる葉。時には麻酔に使用したり、薬を嫌がる人のために欲しいと、病院に勤務する医者や看護師などからも相談を受け、いくらか渡すこともあった。そうして減った分もあるが、倉庫の中は随分といっぱいになってきた。いくら保管できるとはいえ、長期間置いておくと効果はどうしても薄くなっていってしまうし、生の葉が一番効果は高い。どうにかして利用できないものか、ミハネは考えていた。


 それにしてもミルの村は昔と比べるとずいぶんと賑やかになった。沢山の若者が農業を引退した老人に農業のイロハをレクチャーしてもらうためにミルの村の土地を借りて学んでいるのだ。

 ヴォルヴの町の農作物づくりは順調で、他国への輸出にも力を入れ出すようになってきた。今では町中の畑が何らかの作物を作っていて、かつてのような何も植えられていない畑はなくなった。しかし、力を取り戻すようになっていった農業の現場を見ている若者の中には、兵士や岸にはならずに農業で生計を立てていきたいと希望する者も出てきた。若い者が皆北のニヴル国を目指していた時期もあって、代々騎士として仕えてきた家系には畑がない。農業のノウハウは周りの農家を手伝うことで得ることができるが、やはり自分で育ててみたい。そのような希望もあり、ミハネのように国にミルの村の土地の使用許可を申請するものが増えてきたのだ。同時に、農業を営むほどの体力は残っていないが、自分が培ったノウハウを誰かに次いで欲しいという者も出てきた。マッチングが成立すれば、畑を譲ろうという申し出もある。少しずつだが国が繁栄してきているという兆しがあった。


「穀物が豊作だから、今度は家畜も飼い始めようかっていう話が出ているんですって」


 いつものように食堂で食事をしながら、リンデルはミハネに言った。この日彼女らが食べていたのは、ポトフとパンとサラダだが、今までと違うのは、ポトフにベーコンが入っていること、パンに使われている小麦がきめ細やかな上等なものだという事、サラダにはミハネの作った薬草と、新鮮な青菜やトマトと共に缶詰のチキンが添えられていたことだ。食事の質が上がったことにより、禁忌に近かった食肉が、加工されたものまでなら許可が下りたそうだ。肉に関してはまだまだ輸入に頼っている状態だが、地産地消となるまではさほど時間はかからないだろう。


「いきなり大型の家畜は難しいから、はじめは鶏を何羽か買うところから始めるそうよ。卵が手に入るならありがたいわね」


 国が富んでくると、製造・もの作りも息を吹き返すようになる。廃業して動かなくなっていた機械を動かし、作業を再開したところもある。もともとニダヴェル国の工芸品は繊細ながら造りがしっかりしているので他国でも人気のある商品だ。復刻したことでさらに注目が高まるだろう。


「贅沢を言うならば、もっと流通手段があればいいんだがな」


 背後から声がして振り向くと、仕事を終え帰ってきたバリーとヴェインが居た。見覚えのない男性と一緒だ。リンデルとミハネが座っている隣に男性陣は腰かけると、入れ替わりに食事を始めるところだった。


「そうねぇ・・・確かに、ここからじゃ北と南には行けても、森を挟んでるから東の国までは行きづらいのよね」


「えっと、森を通過したらダメなんですか?」


 素朴なミハネの問いにバリーが答える。


「森の生き物を脅かさないよう、四つの国には互いに交通制限が設けられていてね。北の国と南の国、西の国と東の国は互いに森を通過してきては駄目で、必ず西か東のどちらかの国を通過するように言われている」


「あ、そうか。そういえばそうですよね」


 ミハネは自分で言っておいて、そういえばあれだけ静かな森での生活は、森に来る人がほぼいなかったから成立していたのだと気づく。馬が荷台を引きながら日々行き来していたら、生活どころではなくなっていたし、もしかしたらそっちに助けを求めていたかもしれない。


「もっとも、南のムスペル国には翼竜がいるから、ドラゴンライダーによる流通が盛んだけどね」


「竜!翼が生えた竜がいるんですか?」


 竜と聞いてミハネは真っ先にグノーを思い出した。グノーは翼を持たない地龍だが、山のように大きく力強い。ほかにも仲間がいると知り、ミハネは会ってみたくなった。


「よかった。ミハネが竜に興味があるようで。今日は君に是非話がしたいと言うやつがいてな」


 バリーはニコニコしていった。横にいる男性がミハネを見て会釈をした。


「ミハネさん、初めまして。私は行商人を営んでおりますサペインと言います。バリーとはヴォルヴの町で幼馴染でして、こうして話を繋いでもらったんです。お会いできて光栄です」


「初めまして。こちらこそよろしくお願いします。あのう、お話というのは・・・」


「それなのですが、南の国のムスペルでは、商業が盛んにおこなわれておりまして、西・北・東の産国の珍しい特産品が所狭しと並んでいます。中でも大都市ラズダーザでは西の国の特産品のフェアーをやっていましてね。ほら、農業を再開してからもの作りも復活してきていますよね。ニダヴェル国の工芸品は一流のものとして扱われていますから、私はそこへ行き、取引をするのです。そこでですね、森で採れる薬草について話を聞かれるわけですよ」


「薬草・・・?森へ行けばいくらでも採れるでしょう?」


「ところがダメなんです。ムスペルでは昔から魔女の文化が盛んでして、魔術や薬草で薬を作るのが常なのですが、森に行っても森の主から直接貰わなければならないという事になっている。魔女ですからね。見えざる者とも話ができなければならないんです。守衛団が森を見回るようになり、怪しい奴を取り締まるようになってからはさらに敷居が高くなってしまった。中途半端な者はそこで挫折してしまう。力のある者などは、ムスペル国のあちこちに自然発生したダンジョンに入っていろんなものを手に入れて商売したり売ったりするんですが、時々薬草が宝箱の中に入っているそうです。それも市場に出れば高額で取引されます。まるで金と胡椒が同じ価値だった頃のようでしょう?森の薬草にはそれだけの価値が眠っているんです」


「ダンジョン・・・」


 そうだった、ここは時々ゲームの世界のような出来事が唐突に入ってくるのだ。久しぶりのその設定にミハネは気を引き締めた。多分これはきっとフラグに違いないと直感したのだ。


「北はこの四つの国の中で一番医療の進んでいる国ですから、薬草などに頼らなくても問題はない。東の国はまた違った文化があり、そこまで薬草は必要とされていない。もしかしたら薬草があるという事を知らない可能性だってある。この国だってあなたが使っているのを知らなければ、薬効があるなんて知らなかったくらいに無頓着だ。けれどもね、南の国の人たちは皆、喉から手が出るほど欲しいんです。なのでどうかミハネさん、薬草を譲っていただけませんか。もちろんお代金は支払います。どの草だってすぐに売り切れてしまうでしょう」


 薬草をすべてサペインにゆだねてしまえば、ミハネにはお金は手に入るが、その国での経験は入らない。魔法や魔術に盛んな国なら、もしかしたら魔法が習得できるようになるかもしれない。ミハネにとって、それは翼竜と同じくらい魅力的な案件に感じられた。


「わかりました。薬草をすべてはお譲りはできません。自分で売りに行きたいので、どうか一緒に連れて行ってくれませんか?」


翼竜が見たいので、というと、サペインはニコニコと笑った。


「ええ、もちろん構いませんよ。ご自身で育てられたものですから、どのような場所が必要としているか、知ることはとても大事なことです。それに、実はドラゴンライダーとも話をつけに行こうとしていたんです。東と西で翼竜を飛ばすことが可能かどうか。上手くいけば断絶しがちな西と東の流通がスムーズになる。私の狙いはそこなのです。しかしミハネさん、薬草も私に少し売ってください。相手に渡せばきっと交渉に非常に有利になる」


「あっ、そうか、そうですよね。わかりました。薬草をお分けします」


「ミハネ、君がムスペル国に行くというなら私とヴェインも付いて行く。迷子にならないように気を付けるんだよ」


「バリー、ひどいな。私を信用していないのかい?」


「君は昔から一癖も二癖もある男だったろう。薬草の取引がしたいと聞いたから彼女を紹介したんだ。国外に連れて行くとなると話が違ってくる。ミハネとは初対面だし交渉もあるんだろう?俺たちを連れて行くほうが色々有利なんじゃないのか?」


「仕方ないなあ・・・。じゃあ君たちは実費で来てよ」


「おいおいサペイン君、ミハネ嬢という薬草の持ち主を紹介したのは誰であろうかな?」


「もぉーわかった、わかったよ」


 君が一番食えないんだから、と文句を垂れるサペインと意地悪く笑うバリーを見て、リンデルはニコニコ笑っているのだった。ヴェインは会話に交じらずに黙々と食事を続けている。ミハネは気になって彼に話しかけた。


「ヴェインも来てくれるんですか?」


「もちろん。というか、実は俺もドラゴンに乗って見たくてさ。森とこの国しか知らないから、どんな奴か知らないんだけど」


「私も翼の生えたのは見たことがなくて」


「ミハネ、それじゃあ翼のない竜なら知っているみたいな言い方になるぞ」


「いやっ、違っ、トカゲに似てるって本で読んだんですよ」


「ふーん、そっか」


 対して気にも留めずに、ヴェインは食事をつづけた。若い二人の初々しいやり取りを見て、周りの大人は思わずほっこりするのだった。


「私は薬草のほかに準備をするものってありますか?」


「そうですね・・・。日差しが強いのでなにか頭からかぶったり羽織れるものがあれば良いと思います。それと、あの国は税関が厳しいので通行証が必要です。それは私が発行してもらい、当日お渡ししますから」


「なにやら違法な取引も横行していると聞くが、それは治安と関連したりはしていないのだろうな」


「基本的にはお金さえあれば何でも揃いますからね。あらゆる種類の欲望が渦巻いていますよ。それがあの国の活気となっている。それに比べると少々この国はのんびりとしすぎていると思いますよ」


サペインはカップに残っているお茶を一息に飲み干した。喋りすぎて喉が渇いたのだ。だが、それだけ契約にこぎつけたい意欲は伝わった。


「バリー、君の言いたいことはわかりますよ。面倒を見ている子を、それも女の子を危険な目にさらしたくない。それは私も承知の上です。ちゃんと安全なルートがありますから。それに、こんなに好奇心の強い子をこの国一つの景色だけ見せて満足させるなんて、不可能だと思いますけどね」


 そういうとサペインはミハネに目配せをした。ああ、フラグが立った。ミハネはそう理解した。

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