表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/46

満月の日にグノーと

 三か月が経ち、ジンサンマメの成長は順調そのものだった。格子に巻き付いた蔓に小さなつぼみが付きはじめ、その花がマメ科特有の蝶々のような花びらを拡げて楽しませてくれた後は、萎んだ花を先に付けた鞘が大きく重たそうにぶら下がっている。まだ緑の濃いこの鞘が薄黄緑色に変化する頃に、沢山実る豆を皆で収穫するはずだった。


「これは・・・」


 ミハネ達は言葉を失った。畑がめちゃくちゃに荒らされていたのだ。格子は破壊され、ジンサンマメの全ての蔓は根っこから引っこ抜かれぐったりと力を失って横たわっていた。豆は食べられたのか盗まれたのかすべて引きちぎられて無くなっていた。畑の土もあちこちが掘り起こされていてぐちゃぐちゃだ。


「なんてひどい・・!」


 ミハネは怒りに震えていた。今までの苦労を台無しにされたことはもちろん、餞別に豆をくれたルーファスにもロメロにも、せっかく村を綺麗にして畑を作る手伝いをしてくれた町の皆にも申し訳ないと思った。


「いったい誰が・・・」


 グノーは横たわっている豆の蔓を回収しながら、一本一本点検した。


「ミハネ、これを見るんじゃ」


 彼が手渡したのは、ジンサンマメの鞘だ。大方取りこぼしたものだろう。薄黄緑色の鞘を剝くと、中から真っ黒になった豆がこぼれてきた。通常採れるジンサンマメより数倍大きく、パツパツに膨れている。


「前食べたものとはずいぶんと様相が変わっておるのぅ」


 グノーはひょいと豆をつまみ、口に入れて咀嚼する。つられてミハネも一粒口に入れてみた。かみ砕いてみて顔をしかめる。まずい。何でも好き嫌いせずに食べるミハネですら思わず口を押えてえずいた。


「うぅっ。こんなに不味い豆は初めて・・・いや」


 そう言いかけて、どことなくこの風味に覚えがあることに気が付いた。


「なんの味なんだろう・・・」


「瘴気じゃな」


 グノーは平然と黒くてまずい豆を飲み込んだ。そのまま続けて残りも口に入れる。言われてミハネは思い出した。魔王城の城下町スヴァルで飲まされたジョッキ一杯のセメント。えずくような風味は確かにあのセメントに似ている。あれには瘴気も入っていたのか。


「この豆もようこれだけ瘴気の毒を吸うた。こりゃ並の人間じゃ無事ではいられんな」


 それを聞いてミハネは真っ青になった。グノーにつられて既に口にしてしまっているし、えずくのを無理して飲み込んだところだ・・・。


「グ、グノーさん・・・あたし死んじゃうんですか」


「あんたは死なんよ。ラヴィの奴から聞いておる」


 ぱっとミハネの顔色が変わる。ほんの少しだけ気が緩むのを感じた。


「・・・グノーさんも食べましたよね」


「わしゃ【悪食】っちゅう特技があるもんでの。この世界の大抵のもんは喰えるんじゃよ」


「ラヴィの知り合いで色々聞いているという事は、あなたはもしかして人間じゃないんですか?」


 あまりに直接的な質問にグノーはポリポリと頭を掻いて誤魔化す。


「ミハネはどう思う」


「・・・この国の神様だと思います。・・いや、神様って世界に一人しかいないんだっけ・・・精霊・・・妖精・・・・」


「ふぅーむ」


 彼は思わずニヤリとした。ラヴィが薬草以外のことを何も教えずにここまで育てたというのが本当なら、こいつは結構筋がいい。おそらく彼女は自分の持っている特技の事や使命なんてものがどれほどのものか知らないだろう。それどころか、それを持っているなんて夢にも思っちゃいない。まぁ、ラヴィにとっちゃそれが良かったんだろうが。グノーはあのイノシシのような図体のモフモフした友人のことを回想する。


「儂はラヴィやそのほかの者達とこの大陸で生きてきた。人よりも長く、人よりも深く、人のたどり着けない所でな」


 グノーはわしづかみにした豆の蔓をぐしゃぐしゃと丸め、口を大きく開けて放り込んだ。


「儂らが人間に求めるのは”共存”じゃ。時と場合が重なるときはともに協力し、調和を乱さず、それ以外には干渉せず、互いの道を歩む。それが人と人に非ず存在とが同じ世界線で生きるための掟のようなもの。じゃが、我々の姿が人には時に見えぬ。見えぬものに畏怖を感じるか、見えぬからとなかったことにするのか、似て非なる選択を各々がするとき、それが人間の行く末を決めることとなるじゃろう」


 ごくり、と彼は大きく飲み込む。


「儂の姿が見たいかのぅ?」


「はい」


「よかろう。それはじきに見せてやろう。その前にこの畑を何とか立て直さねばな」


 そういうと彼はゴソゴソとポケットの中を探り始めた。出てきたのは小さな布の袋だ。


「かの国の野菜の種じゃよ。瘴気も去った、養分も十分含まれている、この畑なら十分肥えた野菜ができるじゃろうて」


 ニカニカと笑うグノーに、ミハネは思わず抱き着いた。



 それからミハネはさらに畑に入りびたり、野菜作りに精を出した。トマトやキュウリ、トウモロコシやサツマイモなど、すこし時期はずれてしまったが、グノーと一緒に丁寧に世話をした。こまめに水や肥料をやり雑草を抜き、期待にこたえるかのようにぐんぐん大きく伸びていく木や蔓を見て、収穫の日を楽しみにしていた。

 たった二人で手作業のみで耕した畑の範囲で採れるものの量なんてたかが知れている。けれどもこの夏、長年不作に苦しんでいたこの国の人たちが興味を持って話を聞いてくれるくらいには、ピカピカに綺麗で瑞々しく美味しい野菜が実った。

 町の人々に野菜を食べてもらいながら、畑仕事をしていたら起こった出来事を伝え、ジンサンマメの説明をした。ミハネの説明は拙い部分も多かったが、畑が瘴気に侵されており、その毒をを吸着させ必要な栄養を行き渡らせるために必要らしいことはちゃんと皆に伝わった。

 ヴォルヴの町の農家たちがこぞって畑にジンサンマメを植え出し、三か月が経った頃、グノーは珍しくヴォルヴの村を訪れ、教会で清掃中のミハネに夜中にミルの村に来るよう命じた。


「約束じゃったからのぅ。今宵は満月ゆえ問題なかろう」


 秋特有の肌寒い、乾燥した風の強い日だった。ミハネは教会を抜け出してミルの村に向かう。よく晴れた空だ。濃紺の闇夜が黄色い月によく似合う。グノーはいつも通りの格好で畑の横で待っていた。


「・・・よう来たの。」


「約束でしたからね」


 では、と彼は咳払い一つしたかと思うと、四肢を大地に付けて体を伸ばし始めた。すると背中が裂け、中からごつごつした岩のような外皮が姿を現し膨張し始めた。背中が膨らんだと同時に固い外皮に覆われた手足もズンと伸び、体と比例するように強大化していく。振り回すだけでその辺の木など軽くなぎ倒しそうな力強い尻尾も出てきた。大きな二本の角を携え、岩肌の間に幾つもの棘が生えている頭部も目立ち始める。月光下でギラギラと輝く眼がミハネを捉え、その下から裂けた大きな口が咆哮を放つ。人間の姿をしていたころの面影はなく、その光景は小さなネズミの前に一つの大きな山が立ちはだかっているように見えた。


「グノーはドラゴンだったんですか・・・」


「ミハネよ、儂が怖いか?」


「ううん。いい。すごくいい。かっこいいです」


「そ、そうかの・・・?」


「飛べたりしますか?」


「儂は翼を持たぬ地龍じゃからの。大地を司り地脈を支配し、豊穣たる土を造り出す。そういう生き物よ」


 もっとも、空腹が過ぎて豊穣たる土など作る余裕もなかったのだが。それはミハネには黙っておいた。グノーはミハネを背中に乗せると、地響きを立てながら動き出した。ミハネはその様子を見て慌てだした。


「グ、グノー、すごい音がしてますけど、大丈夫ですか?みんな起きてきたりしませんか?さっき吠えていましたし・・・」


 町が大騒ぎになってもおかしくないくらいの轟音だ。特にリンデルやバリーやに見られたらどう弁明していいかわからない。多分、ヴェインは理解してくれそうな気がするのだけれども。


「ミハネはここがまだ所謂”この世の世界”だと思っておろう」


「そう・・・じゃないんですか?」


「世界は様々なものが棲む。見える者、見えざる者、生者、死者。それぞれ違う次元にて存在し、そのそれぞれの次元が幾重にもなって重なり、世界はできておる。いうなれば、ここはあの世とこの世の中間地点と言ったところか。どの次元が良いとか悪いとかではなく、それぞれに長所と短所がある。波長が合えば引かれあい、そうでなければお互いに存在すら知ることも叶わぬ。世界の仕組みはそうできておる」


 聞きなれない言葉の羅列に、ミハネは混乱した。


「えーっと、つまり、今ここで大声を出しても大丈夫という事ですね?」


「めちゃくちゃ平たく言うとそうなるのぅ」


 轟音を轟かせながらグノーはヴォルヴの町へやってきた。どの畑にもジンサンマメが大量に植えられている。几帳面に並べられた格子に絡まり、豆は成熟して重たそうにぶらさがっている。グノーは一つの畑に近づいた。


「ミハネ、この畑を目を凝らしてよく見ておくがよい」


 そういうとグノーは大口を開けてジンサンマメの蔓の付いた格子の何枚かに食らいつき、力強く引っこ抜いた。ボゴゴゴゴっと土の深い部分まで根を張っていたものが次々と抜けた勢いで、畑の土までが引っ張られ掘り返された。根に誘発されて出てきたのは、どす黒い色をした液体が球状化した物体だった。禍々しい気を放つそれは、ちゃぽ、と水面を波打ちふよふよと宙を漂っている。説明されなくても、ミハネには純粋な瘴気の塊だとわかった。グノーは爛々と目をぎらつかせ威嚇とも怒りともつかない声を上げた。


「これよ。これを儂は喰らわねばならんのよ。ちょろっと豆を撒くくらいで、積年積もりに積もった瘴気がすべて吸われるわけがない。この国を病ませ苦しませた諸悪の根源との対面じゃな!」


 そういうが早いか、グノーは大口を開け、ごくりと一息に飲み干した。ついでに豆も蔓ごと格子から引きちぎって丸呑みにする。勢いあまって格子は真っ二つに折れてしまう。なるほど、こうして畑がめちゃくちゃになったわけだ。ミハネは一人で納得し、グノーの活躍を眺めていた。夜が明け空が白み始めるまで、この調子でグノーは畑という畑を荒らしては瘴気を喰って周った。

 気が付くとミハネはグノーの背中の中で眠ってしまっていた。起きたときには鳥の鳴き声がし、自分たちがミルの町へ戻ってきていたことに気が付いた。彼は動きを止めて休憩しているようだった。体はすすけたように黒くなり、黒煙がいたるところから立ち上っていた。


「あぁ・・・。久しぶりに満腹じゃあ。・・・ちと喰わないうちに胃が縮んでしもうたのかもしれぬ。やれ、まだ今後国周辺の町のほうにも赴くことになろうが・・・」


「グノー、体から煙が出てますけど・・・大丈夫ですか」


「うむ。問題ない。消化吸収を経て瘴気を無害化して体外に排出しとるのよ。放っておけばじき治まる」


 食べ過ぎなのか瘴気が胃にもたれたのか、とにかく具合があまりよくなさそうなので、ミハネは森に入り瘴気除けのパロの葉と胃もたれや消化を助けるリリノ草を持ってくると、グノーに食べさせた。


「お腹いっぱいのところごめんなさい。でも、即効性があってすぐに良くなりますから」


 グノーが草を咀嚼して飲み込むと、黒煙と体の黒い煤けたものが消えた。


「ありがたい。楽になったぞ・・・。そうじゃ、今のうちにお前にこれを渡しておかねば」


グノーは体を細かく震わせて地響きを起こした。大地が大きく揺らぎだし、ミハネは立つのも困難になりしゃがみこんで手を付いた。やがて地響きが収まると、グノーの体からポロリと何かが落ちてきた。拾ってみると、それは彼の岩肌から生えていた小さな角だった。


「それを持っていけ。それはいずれお前を護り手助けをするじゃろう。儂はしばし寝る。ミハネももう帰るがよい」


 それだけ言うと彼は本格的に眠ってしまったらしかった。ミハネも一つ伸びをすると、教会へと向かうことにした。しばらく走ったあと、ミルの村を振り返った。あの大きな体をした龍は姿を消していた。

 その後ミハネは教会へ帰りこっそりと窓から入りベッドに潜り込むと、夢も見ないくらいに深い眠りについた。

 目を覚まし窓を見ると外がやけに明るく、ガヤガヤと人の話し声がする。ぼんやりとしていた頭が徐々に冴えてくると、ミハネは自分が大寝坊したことに気が付いたのだった。

 急いで着替えて食堂に行くと、リンデルが心配そうにミハネをみた。


「ごめんなさい!わた、私、寝坊してしまって・・・」


「ううん、いいのよ。いつも頑張ってくれてるの、知ってるから。それにしても大変なことが起こったみたいでみんな混乱していてね。今日はお手伝いはいいから、ゆっくりしていてちょうだい」


 この日、皆の話題はは町中の畑が荒らされてしまっていることで持ち切りだった。土は掘り返され、ジンサンマメは根っこごと抜き取られ、豆はすべて盗まれているし、おまけに格子はバキバキに折られている。ミハネは豆の説明はしたが、畑がこのようになることを町の人たちに伝えられていなかったことを思い出した。皆は一体誰の仕業かと周りは首をかしげたが、散乱した畑のなかから落ちていた黒い豆を発見した者がいたが、ミハネが以前説明した通り良くないものだと理解したので、今回植えたジンサンマメの蔓や落ちていた豆はすべて焼却するという事で片が付き、泥棒の件はうやむやになった。

 この一軒があってから、町中の畑で作物が徐々に採れるようになっていき、それが評判を呼びニダヴェル国にも伝わった。バリーが、畑にジンサンマメを植えたことによって起こる一部始終を国王に報告したことで、王はジンサンマメの栽培を国策とし、かつての農作物輸出国へと国を復活させるべく取り組んだ。

 そうした国を挙げての努力が少しずつ実を結び始める頃、ミハネはミルの村の畑で野菜ではなく薬草を育ててみようと思い立った。ジンサンマメはもちろん、四季折々の薬になる草を育てておけば、何か困ったことが起きたときに役に立つかもしれない。ミハネは森を行き来しながら、小さな薬草の苗を少しずつ畑に植えて薬草畑を作り始め、薬草の特徴について細かくノートを付け始めた。

 あの日以来、グノーは一度も姿を現してはくれない。けれども、こっそりとどこかで自分を見ているような気がしている。


 後日、畑から妙なものが発見されたと町の人からミハネに相談が寄せられた。ふくふくと太った小人のような格好のおじいさんとおばあさんの像が出てきたのだという。


 その像はグノーにとても良く似ていた。

ここ2,3年の間、ミハネは時間を作ってはリンデルが教えてくれた国立図書館へと赴き、この世界について書かれた本を読み漁っていた。この国は一つの独立した巨大な大陸であり、中央地点にある森から東西南北に分かれて四つの国が存在している。この大陸のほかにも海を渡った向こうにはまた違う文化をもつ大陸や島国があることを知り、四つの国々はそれぞれ親交を持つ国が海の外にあることや、それぞれの国に異なる伝説や物語があるという事も知った。

 このニダヴェル国では、主にモノづくりや農業に関する物語がとても多い。中でもよく出てくるのが、ノームという妖精だ。それは大地を司る妖精で、とても小さく髭を生やした老人の風貌で姿を現し、とても手先が器用だと言われている。かつてこの国で物づくりが盛んだった頃、妖精の力にあやかろうと幾つもの像が作られたそうだ。大きいものや小さいマスコットの様な人形まで、国のいたるところで見たそうだが、今はもう見る影もなく忘れ去られてしまったようだ。持ってきた待ち人もさほど年齢の高い人ではない。


 見えぬものに畏怖を感じるか、見えぬからとなかったことにするのか・・・。

あの時のグノーの言葉がやけに生々しく脳裏に響く。

 見えざる者にとって、信仰は力になりうるのだろうか。忘れ去られてしまったからこそあのように弱々しい姿で出てくるしかなかったのだろうか。そのことについてミハネはしばし思案する。


「俺は妖精とかそういうのに詳しくないからこれが何なのかわからねぇんだけどよ、ミハネちゃん、こういう不思議なやつ得意だろう?何か知らないかなと思ってさ」


 不思議そうな顔をして聞きに来る町人に、ミハネはええ、と答えた。


「それは、とてもよく知っている人ですよ」

ここで二章のニダヴェル編が終わります。お読みいただきありがとうございました。

三章に続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ