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勉強と畑仕事と空腹の爺さん

 冬の間、ミハネは文字や数字の勉強に教会の手伝いにと忙しく動き回っていた。

朝の清掃を終え食事を済ませると、リンデルは本棚から『この国に伝わる妖精の伝承』を取り出すと、文章が読めるようになるまでスペルを一つ一つ広い、意味と書き方をミハネに伝えた。


「ミハネちゃん、吸収が早いわね。この本は古い言い回しをして複雑に書かれているところがあるから、それに慣れると読み終わる頃にはだいぶ力が付くと思う。そうなったら沢山の本を読んだほうがいいわね。ニダヴェル国まで行けば、規模の大きい図書館があるから、十分読めるようになった時に、連れて行ってあげるわね」


「はい、是非」


 ミハネは静かに熱中していた。本の中の内容を正しく理解できるほどの知識はまだないが、それでも次々に新しい単語と言い回しを吸収し、理解しようと集中した。そこには彼女のある一つの願望があった。ケイオスの森で見つけた膨大な量の薬草・毒草を記し、一冊のノートにまとめて置いておきたかったのだ。前世での記憶があるので日本語で文字を書くことは可能だ。けれども、もうそこへ戻ることはないとわかった以上、この世界の言葉を学ぶほうがよほど建設的だと考えたのだ。また、草の中には食べても何に効果があるかわからないものもいくつもあった。それも調べられるかどうか、図書館があればそこへ行き調べたいと思っていたので、リンデルの申し出はまさに渡りに船だった。

 日曜日の礼拝には、多くの人々が訪れる。信心深い人に交じり、オルガンの音色に交じって聴こえてくる讃美歌を耳にしながら、お昼に配る食事の準備に追われた。


 ヴェインには数学について教わることが多く、またそれらのほとんどは実践的だった。基本的な足し算・引き算・掛け算・割り算は理解していたのでそれを述べたのもよかったのだろう。定規とメジャーを使って身長や両手を伸ばした時の手から手までの長さ、歩いた時の歩幅を測り、大きなものを測るときに大まかな目安にするやり方や、重さ、力の入り方を算出するやり方等、生活に根差したものばかりを教えてくれた。

 今まで彼女はこの世界で、まともに学問に触れる機会すらない生活を送っていた。森での生活は、今日を生き抜き明日に備えることの繰り返しで、学問をしなくても学ばなければならないことは沢山あった。ほとんど自然しかない場所で野生動物と共存して生きるという事は、何が起こるかわからない森の微細な変化を感じ取り、危機を回避して生きなければならないという事だ。何か一つでも見落としたり、知らないことがあったとして、それが死に直結することも珍しいことではない。ルーファスとロメロに護られながら、人の脆弱さや自然の危険も、ミハネは理解していた。

 安全な場所で生き死にに直結しない、けれども生活に必要なことを学んでいる時間は、ミハネにとって新鮮でやりがいのあることだった。



 春が訪れ、ミハネはバリーからミルの村の畑の使用許可が下りたことを報告された。廃村になったとはいえ、無断で畑を使うのは後々問題になりそうだなと考えた。どうにかならないだろうかとバリーに相談したところ、国の役所へ行き、掛け合ってくれた。その時の許可がようやく下りたのだ。


「生まれ育った村とはいえ、だいぶ荒れていて危険だ。もしも損壊した家などの撤去が必要なら手を貸すから言ってくれ」


「ありがとうございます」


「ヴェインも連れて行くからな、いつでも声を掛けてくれたらいい」


「えぇっ!?」


「・・・なんだその態度は」


 バリーの眉間に深いしわが刻まれるのを見て、ヴェインはしぶしぶ承諾した。


 村に行く当日、バリーは手の空いている者を何人か呼び、大所帯で馬に荷台を引かせてミルの村へと向かった。仲間はバリーのかつての騎士団の時の仲間だったり、守衛団からの知り合いだったりと様々だが、筋骨隆々な壮年の男たち数名だけで幌の中はぎゅうぎゅう詰めとなり、その真ん中で肩を並べるミハネとヴェインは何とも言えない気持ちで村に着くのを待った。

 村は以前に見たときと同じく、ほぼ壊れてしまった家の残骸がふきさらしになって転がっていた。そんな家を解体し、釘や家の中の調理器具などの金属と、木材や寝具、紙や布のゴミとに分け、可燃物はその場で燃やしてしまわなければならない。畑で鍬で土を軽く掘り起こしながら、邪魔な石を取り除く。水が必要なので井戸の具合も点検したが、井戸の中の地下水源はまだ何とか生きていて、木でできた朽ちた部分を交換すれば何とか使えそうだ。その手の作業が得意そうな面々が張り切ってくれたおかげで、作業は着々と進んだ。

  昼食をはさんで作業を続け、夕日が沈んだ薄暗がりにくすぶった残り火が映える頃、村の残骸だったものはすっかり片付いて綺麗な更地になった。気持ちの良い風が吹き土ぼこりをはらっていくのを、ミハネはじっと見つめていた。朽ちた過去をすっかり取り除いてしまうと逆に、今はもうない昔の残像がそこに浮かび上がりそうに思えるのだった。


「不要なものはすべて焼いたし、後は畑を作っていくだけだな。もしも休むところが欲しければ簡易的に作ることも可能だから、その時はまた声を掛けてくれたらいい。いけそうかい?」


「はい・・・!十分です。ありがとうございます」


 バリーもそれを聞いて満足そうに頷いた。

 帰りの幌の中では、馬車に揺られてミハネもヴェインも 互いに肩を寄せ合って眠ってしまった。二人を起こさないように、幌の中の男たちは互いに目配せをし合って静かに微笑むのだった。


 次の日には早速畑を作ろうとミハネは張り切っていた。朝から元気よく掃除と朝食を済ませると、バリーから使っていない鍬を借りジンサンマメを携えてミルの村に向かった。

 井戸から水を汲み、ジンサンマメの入ったバケツに入れてマメに水を吸わせている間に、せっかくだからともともと自分の家の在ったところの近くの畑を耕し始める。それはとても懐かしい感触だった。なんせ小さなころから母親と一緒に土いじりを手伝っていたのだ。その感覚を思い出し、ミハネは夢中になっていった。正午にはリンデルから貰った乾燥トマトのパンとチーズの欠片を食べ、暖かいお茶を飲んで少しばかり昼寝をした。

 数分して目を覚まし、作業を開始しようと辺りを見回すと、ちょうどミハネの耕した畑の端の溝で誰かが倒れていた。ミハネが駆け寄って声を掛けると絞るようにして声を上げた。


「・・・す、すまんが体を起こすのをてつだってくれんかの」


 ミハネは肩を貸して老人が起きるのを助けると、気付けにとお茶を渡した。よろめきながらお茶を受け取ると、老人は用心深く啜り、落ち着きを取り戻した。


「危ないところを助けてもろうてすまなんだのう・・・」


 少しポチャッとした、小柄な老人だ。頭頂部には髪がなく、後頭部に少しばかり白髪が残っている。白髪になった太い眉と小さな目、鼻から下を全部覆うほどのもさっとした鬚を生やしている。

クリーム色のシャツに毛玉の付いた茶色いベストを羽織り、ゴワゴワでだぶついた濃いグリーンのパンツを履いていた。


「ここんところ、なぁんも食っとりゃせんで、ついくらくらっと眩暈がしてもうての」


 自分の分のお弁当を食べてしまっていたので、ミハネはまだ余っていた乾いたジンサンマメを3粒ほどこの老人に渡した。森で食べていたころの体感から、3粒も在れば満腹になってしまうことを知っていたためだ。三粒の豆を受け取ると、老人はそれを口に入れ、ゆっくりと時間をかけて咀嚼し、飲み込んだ。


「あぁ、うまい。なんてうまい豆じゃ」


 老人はうっとりと呟いた。


「すまんがもう少しもらっても良いかのう?もう腹が減って腹が減って」


「え?あ、は、はい」


 よほど空腹だったのかと、今度は5粒渡すことにした。老人は同じように口に入れると、またゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。小さくため息をつき、物足りなさそうな顔をしている。ミハネはもう5粒だけ、と豆をこの老人に渡すことにした。結局そのやり取りをもう3度ほど繰り返し、老人が最後の豆を飲み下したとき、ようやく満足したらしかった。


「あぁ、よう食った。これは、どこの豆かね?」


 ケイオスの森で、とミハネが答えると、ふむふむと頷いた。


「どおりで。良い気と滋味に満ちておる。最近ではこのような農作物にはめったにあわんようになってしもうた。いや、良いものを食わせてもろうたの。そっちの水に着けておるのは畑に撒くようか?」


「はい。一日水に漬けて置いて、明日に撒きます」


「そうか、どうれ、儂も手伝ってやろう。名はグノーという。おぬしは?」


「ミハネです」


「ミハネ。良い名じゃ」


 午後からは勉強があるのでこの日はもう教会に帰ることにして、明日会う約束をして二人は別れた。

 次の日もグノーは村にいて、何かとミハネを手伝った。古くなった鍬を手入れしてピカピカにし、土に肥料を混ぜ込み、畑を耕すのも手伝ったので、畑の広さは当初の倍近くになった。興味が湧いてどの辺に住んでいるのか聞いてみたが、のらりくらりとはぐらかされて教えてもらうことはできなかった。

 それからもミハネはせっせと畑に通い、グノーと一緒に畑仕事に精を出した。自分もお世話になっている身分なので、リンデルにお弁当の量を増やしてほしいとは頼めなかったが、ミルの村に来る前に森に寄り、美味しい食べられる花や肉厚な葉を多めに持って来てジルに渡した。

 ジンサンマメに限らず、マメ科の植物は成長が早い。二週間ほどで芽が出たかと思うと、あれよあれよと蔓が伸びていき、蔓が巻き付くための格子をあてがっておくと勝手に絡みついていく。あっという間に畑は緑のジャングルへと変貌を遂げた。


「あぁ、いいのう。この光景は久々じゃ。ばぁさんと一緒に、見たかったのう・・・」


 グノーは小さな目をさらに細めて、物思いに耽っているようだった。


「・・・仲良しだったんですか?」


「いや、二人とも気まぐれでのぅ。好きな時に好きなことをして、たまーに顔を合わせては喧嘩ばっかりじゃよ。互いに頑固だったもんじゃから、一度こうだと決めたら曲げれやせん。あの時もくだらん言い合いで喧嘩して、そっぽ向いて帰ってやったわ。・・・それきり、姿が見えん」


「・・・居なくなっちゃったんですか」


「あぁ・・・。それからは腹にぽっかりと大きな穴でも開いたかのように、何を喰っても埋められん。ずとずっと何処かが飢えているように欲しがって、”それ”が見つけられない。そのようにして老いさらばえながら生きていかねばならんのは、とんだ業じゃのぉ」


 この人も大切な人を失ったんだ。ミハネは胸がキリキリと痛んだ。


「・・・大切な人だったんですね」


「おそらくのぉ」


 グノーは自嘲気味に嗤った。

 風が生き物のようなうねりを描きながらミハネ達をさらう。それをくらって豆の蔓は一斉にざわめきたった。


「つまらん話をしてもうたのう」


「つまらなくなんてないですよ」


 ミハネは心の中で付け足した。それでも、時間が癒してくれるのを信じて、進むしかないんです、と。

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