居場所
リンデルにせっかくもらった服が台無しになってしまい、ミハネは彼女に泣きながら謝った。
「いいのよミハネちゃん。まだまだたくさんあるんだから。そうだ、ちょっと待っててちょうだい」
リンデルはそういうといそいそと倉庫へ向かっていった。バザーの在庫品として整理されている箱の中から、子供服が入ったものを取り出した。ふっと息を吹きかけて埃を払うと、光に照らされた金粉がキラキラと舞った。
正直なところ、まともな食事をしたこともなく、草を食べたり、魔王の城へ行くなどと淡々と話すミハネはなんだか子供の中に大人が入ったような印象を受けて、少し違和感を伴う怖さがあった。今までも、そしてこれからも過酷なことはやってくるだろうけれども、それを気にしていられないのだという強い信念めいたものを10歳の女の子が持っていること自体、本来おかしなことだ。だから余計に、先ほど見せた年相応なミハネの反応にほっとしているのだった。
こんもりと目の前に山盛りになった衣類を見て、ミハネは目を丸くしたまま固まった。
「リンデルさん、お気持ちはありがたいのですが、こんなにも沢山いっぺんには着込めませんよ・・・」
「あははっ。そりゃそうよ。いいのよ、好きな服を好きなだけ選んで。ヴェインがびっくりしていたわ。一瞬で見えなくなったっていうのだもの。すごい特技を持っているのね。悪かったわ、あんな動きにくいスカートなんて選んじゃって・・・。あの子言ってたわ。自分の中にも親父を越えられるような何かが眠っているような気がする、それが何か知りたくなったって」
ヴェインとバリーは親子だが、生まれ持った能力は必ずしも遺伝するとは限らない。バリーもヴェインももちろんそのことは知っていた。とはいえ、自分の一生をかけて培ったものを自分の代で終わらせてしまうのはあまりに惜しく、親子としての情もあった。お互いに応えたい気持ちがあるにもかかわらず、自体は良い方向には向かっていなかった。ミハネはそんな状況に自分でも知らないうちに風穴をあけ、新たな可能性を示して見せたのだった。
ミハネはいつも苛ついていたヴェインを思い返した。彼女は、彼ら親子の家庭事情をあまり詳しくは知らない。けれども、お互いに愛情を感じるのに、反発し合っているように感じて不思議だと思っていた。
「バリーさんもヴェインさんももっと素直に仲良くなれたらいいですよね」
「本当にねぇ~!」
服を選ぶのをリンデルにも手伝ってもらい、膝丈まであるズロースと、膝幅が広く裾で絞ったバルーンのようになったパンツをはかせてもらった。
「重ね履き出来るからあったかいし、パンツ姿のほうが走りやすいでしょう。もともと個々の子達って畑仕事を手伝ったりするから、案外多いのよ。よかったら使ってちょうだい。それと、さっきまで履いていたスカートはお直ししておくから気にしないで」
「ありがとうございます!!」
ミハネの無邪気な笑顔を見て、このまま幸せに成長していってほしいと願うのだった。
ヴォルヴの町を抜けて森に出かける前に、リンデルは小さなリンゴと丸いパン、魔法瓶に入ったお茶を持ってきてお弁当だと言って鞄に入れてくれた。彼女にお礼を言うと、ミハネはケイオスの森に向かって”疾走”するのだった。
教会から階段を下り、なだらかな平野を一気に駆け抜けると、窓の外から見た景色の中に遭った、同じような屋根の家が連なっている街並みが横目に見えた。途中で見えてきた川に沿って走り、風車の下をくぐり、目と鼻の先にミルの村が見えてきた。ミハネは少し考えて進路を変え、別ルートで森に入ることにした。ミルの村を見てしまうと、余計な感傷に浸ってしまいそうだったからだ。今はルーファスとロメロに再開することだけに集中したかった。
森の中は相変わらずしんと静まり返っている。満月の夜に見た光の光景が嘘みたいに、真っ白な雪か突き出た大樹が天に向かってそびえ立ち、そこには何者の気配も残さないのだった。たった数日いなかっただけで、森はすっかり他人行儀になってしまったかのようだった。それでもミハネが四年間も居た森の地形を忘れるわけがなかった。ラヴィが好んで行っていた原っぱを訪れ、そこから遡るようにしてみんなの家にたどり着いた。
遠慮がちにノックをすると、バン!と勢いよくドアが開いてロメロが飛び出してきた。
「お帰り!!」
ぴょんと勢いよく飛び跳ねてくるロメロをキャッチして、そのままミハネはかれをギュッと抱きしめた。どんなにか待ちわびたぷるぷるだっただろう。その様子を後ろからルーファスがにやにやと笑っていた。
「みんな、ただいまー!!」
あの日の朝、ミハネがいないことに不安を感じて探しに行くと、原っぱでラヴィだけが横たわっているのが見つかった。馬のひづめの痕が沢山あったことで、おそらく人に保護されたんだろうと思っていたとルーファスは言う。
「まぁでも、今まで見つからなかったほうが不思議なくらいだったからな。定期的に森に入ってきている奴がいることは知っていたし」
「ルーファスは知っていたのね」
「当たり前だろう。あいつらはガサツだし気配も消そうとはしねぇ。馬に乗ってくるとか言語道断だぜ。かと言って狩りをするわけでもなく、したとしても興味本位で鹿やら鳥を気まぐれに捕まえては持っていくくらいで、密猟者独特の雰囲気もねぇ。そこいらをぐるっと周って気がすんだら帰るから、特に気にしちゃいなかったんだよ」
もっとも、ラヴィはミハネを森から出したくなかったみたいだが。ラヴィは人の来る気配を敏感に察知すると、部屋から出るのを嫌がったり、出たら出たでそれとなく人が来るルートを避けていた。けれどもルーファスはそれをミハネに黙っていることにした。。
みんなで林檎やパンを食べお茶を飲んで温まると、誰も何も言わずともラヴィの元へ向かう準備を始めた。
早朝に見たラヴィの様子は、安らかに眠っているようだったという。今にもヒゲを動かし鼻をひくひくさせて目を覚ますんじゃないかと、二人は思わず起きるのを期待して見守った。
「けれども、ダメだった。ラヴィは死んじゃってた」
ロメロがぽつりと言った。
「・・・でも、月下睡蓮は効いたでしょ?なら、どうして」
老衰だ。雪を踏みしめ歩きながらルーファスは答えた。
「森のヌシだってなんだって、肉体がある以上いつかは死を迎える。朽ちていく肉体の器の中に魂はいられない。だから魂が抜けた時点でその生は完結するんだ。俺らが見つけたラヴィはもうラヴィじゃなかった。あれはもう抜け殻なんだ」
月夜で見た、沢山の光に囲まれてひときわ大きな光が宙を舞ったことをミハネは思い出した。
もうあの時点で、ラヴィは抜け殻になってしまっていたのかと、なんだかとても悲しい気持ちになった。
「ついたぞ」
ルーファスに促されて墓前に立つ。いつもラヴィが昼寝をしていたお気に入りの場所。そこの雪が綺麗にどかされ、大きな岩がドンと置かれていた。その前に、木の実や乾燥したお茶の葉や、ラヴィの好きだった葉っぱが供えられていた。
「抜け殻の癖にずいぶんと重たかったよな。穴掘るの大変だったんだぞ」
ルーファスが口を閉じると、まるでそれが合図だったみたいに、皆で目を閉じてラヴィのために祈った。
家に戻ると、皆はミハネがどうしているかを聞きたがった。ミハネはヴォルヴの町の事やお世話になっている人について説明した。
「まぁ、なんだ。いい人たちばかりで良かったじゃねぇか。お前は悲惨な状況でも何故か運がいいからな。上手くやってるだろうなとは思ってたよ」
「うーん、問題も色々あるけどね」
ミハネはルーファスに、ニダヴェル国全体の問題として、穀物が採れずに貧しい暮らしをしていること、若者が北のニヴル国に出稼ぎに行ってしまうため、子供が少なくなってしまい、モノづくりの技術も廃れつつあること。問題を抱えながら、自分に出来ることはないか悩んでいることを打ち明けた。
「普通のガキが体験しないようなことばっかやってるが、お前はまだ10歳だからな。あまり焦らなくていいんじゃないか。ご厚意に甘えとけよ」
「そうなんだけど・・・。ミルの村がなくなっちゃったのも不作や作物の病気が流行ってからだったし、なんで作物が育たなくなっちゃったのかな・・・」
「ミハネも何か育ててみたらどう?」
ロメロがプルンと身を乗り出して提案してきた。
「西の国の土の質がどんなもんかわからないけど、森と距離が近いんだからそう変わらないと思うんだよ。作物を育ててダメなら、ここの薬草を育ててみたらいいんじゃない?育ったら、その作物の種と土の相性が悪いんだろうし、ここの種でもダメなら他の原因を調べていくといいじゃない」
「そっか!ありがとうロメロ。どこか畑の隅っこかどこかで試せるかお願いしてみるね」
「春になったら生える薬草とかを根っこから持っていくといいよ。また摘みに遊びにおいで」
ロメロにそう言われ、ミハネは急に突き放されたような気持ちになった。
「・・・ロメロ、私は」
「だってもう、ミハネは今お世話になってる人たちの役に立とうとしてるんだもん。じゃあ、ここじゃなくてその人たちのところへ行ったほうがいい。僕もルーファスもそう思ってるよ」
「・・・うん。わかった」
「今日、ミハネが来てくれて本当に嬉しかった。ルーファスは心配してないって言ってたけど、何があったんだってすっごくそわそわしてたんだよ。だから、ちゃんとここもミハネの居場所だから。また帰ってきてもいいからね」
「・・・ありがとう。ロメロ」
「何、全部言ってんだよお前はよ」
ものすごく照れ臭そうにしてロメロは袋を抱えてきた。
「餞別だよ。ジンサンマメ。春になったら撒くといい。豆をまいて収穫した後の土を使うと、野菜とか育ちやすいっていうしな」
ジンサンマメは栄養価の高い豆だ。薄黄色の鞘に入っていて、実が熟すと鞘から取り出して乾燥させる。土に撒いて水をまけば芽が出るし、乾燥させると保存も出来るし、豆をそのまま食べることも出来る。大体2,3粒食べるだけで一食分持つので、三人でほぼ毎日食べていた豆だ。
「ありがとう。お豆が沢山実ったら、皆もお腹いっぱい食べられるしね」
「それとな、もう一つあるんだ」
ルーファスはきちんと折りたたまれた布をミハネに差し出した。包まれているものを開いてみると、月下睡蓮の花びらが綺麗に伸ばされて並んでいた。
「花びらがまだ余ってたからな。乾燥していてもちゃんと傷を治す効果はあるはずだ。持ってれば何かの役に立つだろう」
「ルーファス・・・ありがとう!また、遊びに来るからね!」
彼にもお礼のハグをして、ミハネは二人の家を後にした。
帰り際、ミハネはミルの村に寄ることにした。森を出てヴォルヴの町とは反対の方向へと向かった。しばらく走っていると、見覚えのあるゲートが見えてきた。ミルの村の入り口に掲げられていた木造のゲートは、長年雨風にさらされたからか、朽ち果てて今にも倒れそうに見えた。
ゲートをくぐると、見覚えのある顔見知りの人たちの家という家が半壊か全壊の状態で潰れていた。自分と母親が居なくなった後、この村に何があったかは知らない。けれども、かつて人のいた一つの村が死に、滅びゆくところを目の当たりにするのはあまり気持ちの良いものではなかった。
ミルの村をみてみたいと思ったのは、もう誰も居ない村の跡地であれば、もしかしたら畑を使えるかもしれない、とも考えたからだ。けれども、ここを使うならまずはボロボロになった建物などを一度片付けてしまわないと危ない。
(早く春がくればいいのになぁ・・・)
ミハネは足早にその場を後にした。
帰ってくると、リンデルから伸びてしまったスカートのお直しが完成したと告げられた。伸びたところは水をかけてからアイロンで水分を飛ばし、縮めてあった。そして、両サイドにはさみを入れ、形や色の違うボタンをいくつも縫い付けて、スリットを作ってくれたのだった。
「これだったら、走る前にボタンをはずしてスリットを作れば裂けたり伸びたりしないわよ」
「可愛い!!」
自分の粗相でめちゃくちゃにしてしまったスカートが綺麗に、さらに可愛くなって帰ってきたことにミハネはとても喜んだ。
この時、まだ彼女は知らなかった。シスターたちによるミハネの洋服の着せ替え大会が始まろうとしていることを・・・。




