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遺された想い(2)

 ゼグに鍵を返し忘れたのをいいことに、シュエは再びシュエルバ姫の研究室に入った。


 改めて室内にあるものを一つ一つ見て回ったが、専門ではない上に旧いものなので、半分も道具の使い方や意図を推察することができなかった。


 研究結果をまとめるために使っていたらしい机の椅子に腰かけ、綺麗に積み上げられた書類の山を見つめる。


 実験道具があった机の上は散らかっていたが、それ以外の場所は綺麗に整頓されており、シュエルバ姫の几帳面さが窺えた。


「治癒──というか、浄化薬の前は、灯りのほうを実用化させようとしてたのね」


 シュエルバ姫のメモを見る限り、シュエルバ姫本人が最初にランプの魔導式に魔力を流し込まなければ、魔石から魔力が供給されず、発動しなかったらしい。


「誰が魔石を填め込んでも魔導式が発動するって、本当はすごい技術だったのね」


 後の何十年を費やし、魔具の材料や魔導式が工夫されていったのだろう。


 シュエの時代では魔法薬を携帯できる小瓶も、当然のようにある。


 魔導式は任意の場所、もしくは空間に己の魔力を使って構築するのが理想とされるが、物に書き付けたり刻むことでも成立する。


 最終的にそれに魔力を流し込めば、結果は同じなのだ。


 ゆえに、魔導具というものが存在する。魔力が供給される限り永続的に発動する魔法は、非常に便利なものだった。


 だからこそ、扱えない者の妬みを買ったが、魔導を扱えなくても発動させられる魔導具が発明されたことで、時代がかわる。


 魔導師にしか与えられていなかった特権が、それ以外の者にも供され始めたことで互いの溝が埋まり、共に発展を始めたのだ。


(レイセルディア大陸にある大国アクヴェリアでは、史上初めての魔導学園の設立が噂されているし。これからもどんどん成長していく分野だわ)


 その始まりのような部屋にいることにシュエは少し興奮したが、同時にとても遠くに来たのだと実感してしまい、肩が落ちた。


「──はぁ」


 なんとなしにメモ用紙を一枚手元に引き寄せ、綺麗に並べられていた万年筆を一本借りる。


 魔導の才能があるかないかを見極めるために、幼子が一番最初に書かされる単純な魔導式。


 その中で水属性のものをくるりと描いて閉じ、シュエはペン先から魔力を流し込んだ。


 青白い光がすっと馴染んで、小さな水の玉が出現する。それはそのまま紙におちて、インクを滲ませた。


「……これを毎日やれば、魔力の変化がわかるわね」


 水の玉が出なくなったら筋力強化の魔法に切り替え、継続時間を確認した方が効率がいいだろうと判断し、シュエは万年筆を元の場所に置いた。


 その近くに綺麗な革張りの本があり、妙にシュエの目を惹く。


 その衝動に逆らわず、手に取って表面を撫でた。綺麗に鞣されたそれは、大切にされた年月の分だけ深い色合いと光沢を帯びており、美しい。


 そっと開いた瞬間、シュエは思わず「あ」と声を上げていた。


「日記だわ」


 存在するなら読みたいと思っていた。


 読んで、シュエルバ姫の心の内を少しでも理解したかったのだ。


 それを思いがけず手にできたことに感謝しつつ、ページをめくる。


 日記はシュエルバ姫が十三歳の誕生日を迎えた日から始まっていた。


 陛下からこの日記帳を贈られたことを切っ掛けに、書き始めたようだ。


「ということは、シュエルバ姫は今年で二十三歳だったのね」


 記憶の混迷度を確認する意図でスィルカと問答したときに知った年号から、逆算する。


 同世代ほどだと思っていたのでシュエは驚いたが、魔力量を思えば当然とも言える。


 老いにくいという現実を目の当たりにして、関心してしまった。


 日記は毎日つけられているわけではなく、序盤は魔術研究に進展があったときか、体調を崩した翌日が主のようだった。体の弱さに対する悔しさが、失意と共に綴らていた。


 二年ほど経過したところで、ゼグが登場する。






 フォレの月 三十三日


屋敷の門番を務める兵士がやっと配属された。


背が高く無愛想な男だったが、そのほうが威圧感があっていいと思う。


これでパナが、謁見を望む馬鹿な貴族に脅されなくてすむと思うとありがたい。


どうして十七まで生きてしまったのだろう。


王族というだけで、明日死ぬかも知れない小娘と結婚する意味ができてしまう。


わずらわしい。




 ラヴィの月 三日


真っ赤な顔をした陛下が、私を訪ねてこられた。


とても驚いたが、陛下が私の存在を忘れていないとわかって嬉しい。


陛下の傍に、ゼグがついてきていた。陛下はゼグを私の前に跪かせ、忠誠の誓いを述べさせた。


意味がわからなくて説明を求めたら、ゼグを騎士として叙任したという。


どうやら私の知らないところで、公爵の子息が身分を理由にゼグを殴ったらしい。


ゼグ自身は、門を通ろうとした子息を止めようとしただけのようだ。


お怒りになりながら、饒舌に話される陛下は珍かった。


陛下はもとよりゼグを騎士にされるおつもりだったようだ。けれどゼグは平民だったので、まずは城の兵士として雇い入れ、王女である私の屋敷の警護をさせることで実績を積ませるおつもりだったらしい。


よほどゼグのことを気に入っておられるのだとわかり、少し彼に興味がわいた。




 ラヴィの月 十日


護衛騎士になったことで、ゼグが近くにいるようになった。


特に話すことはないので会話はなかったけれど、ふと陛下に気に入られた切っ掛けが知りたくなって問いかけたら、とても驚いた顔をしていた。


陛下とは、彼の地元でお会いになったらしい。


陛下が商人姿で各地を視察していたことを知って驚いたが、民を思うお心に感服した。


商隊を装っていた一行が魔物の群れに襲われたところに遭遇し、加勢したそうだ。


陛下がそのまま雇い入れたのだから、ゼグはよほど腕が立つのだろう。


そんな人物を私の護衛につけてくださったことを、光栄に思う。




 ラヴィの月 二十一日


雨が続いたせいか、三日も起き上がれなかった。


薬を飲んでも息苦しさが収まらず、スィルカに当たってしまった。


どうせよくならないのなら、はやく死んでしまいたい。


でもあの研究だけは終わらせないと。これが実用化できたら、きっと民の生活が豊かになるはず。


私がここで生きている意味は、きっとある。




 ラヴィの月 二十三日


気がついたら寝台に寝かされていた。


生きてる意味なんてないわ。


なにもない なにもない なにもない!


王女のくせに、私はなんの役にも立てずにこの屋敷で死ぬの!






 沈んで、沈んで、たまに少し浮上する。


 そんな内容が、淡々と綴られていた。


 シュエルバ姫の心は不安定だったが、自暴自棄になりきれない葛藤が、文面に滲んでいる。


 誰かの為になる何かを残したい。その優しさが、彼女を見守る者達に愛された理由だろう。


「それにたぶん、陛下のお役に立ちたかったんだわ」


 親の役に立ちたい。誇りに思って欲しい。


 尊敬する親を持つ子どもなら、当たり前の感情だ。


 父親のことを思い出し、シュエの瞳が少し潤む。意識して瞬きながら、ぱらぱらとページを進めた。


 斜め読みしても、ゼグの名が増えていくのがわかる。


 シュエルバ姫がゼグを少しずつ信頼していくのが、日記から伝わってくるようだった。


「あら?」


 不自然に何枚か破られている場所があり、手が止まる。


 斜め読みをやめて視線を据えたことで、シュエはその意味を理解した。






 リーファの月 五日


陛下に対して、裏切られたと思うことがあるなんて。


どう気持ちを整理したらいいかわからなくて日記を書こうとしたけれど、自分のどこにこれほどの怒りがあったのかと思うほど、手が震えて文字がかけなかった。


動揺のあまり、ゼグにあの手紙を見せてしまったことが悔やまれる。


けれど彼が同行してくれていなかったら、私は陛下にあれほど強く詰問することはできなかっただろう。


騎士の前で、その忠誠に恥じぬ王女でいられたことを誇りに思う。


おかげで、すべてを知ることができた。覚悟ができた。


明日再び、陛下にお会いしなければ。




 リーファの月 六日


陛下に私の意思をお伝えした。


そして、二度と陛下とお会いする意思がないこともお伝えした。


それが陛下への、最大の罰となることが悲しくてたまらない。




 リーファの月 十三日


ゼグの視線が痛い。


彼がどれほど私を大事に思ってくれているのかを、こんな形で知ることになるなんて。


私を犠牲にすることなく魔獣を倒してみせると真剣に言うものだから、なんだか嬉しくて笑ってしまった。


彼は酷く傷ついた顔をしていたけれど、だからこそ笑った理由を訂正しないことにした。


彼を無駄死にさせるわけにはいかない。




 リーファの月 二十日


薬を飲むのをやめてから、驚くほど体調がいい。


いつも悲壮な気持ちを隠すように笑顔をつくっていたスィルカの顔も、心から明るいのがわかる。


何も知らなかったときは、治らない私を哀れんでいるのだと思って嫌な気持ちになっていたけれど、本当は彼もとても苦しんでいたのね。


陛下の指示に逆らえないからこそ、毒が回りすぎないよう真剣に診察してくれていた。


彼がどこまで知っているのか、あえて訊かないと決めた。


彼の今までを思い返すと、何も知らずに指示を強要されていただけの気がする。


それが彼にとって、救いとなると信じて。




 フォレの月 四日


無辜の民を犠牲にしてしまったから、自分も絶対に犠牲にならなければならないと思い込んでいるのだと、ゼグに言われた。


間違いではないと思う。けれど、あと一人の犠牲なくして魔獣を討伐することは叶わない。


そしてそれは、私でなければ。


ディコールからの侵攻軍を、退けたほどの魔獣。絶望的な戦況だったとパナが言っていたけれど、魔獣の甘言に頷いてしまった陛下が恨めしい。


その結果、多くの民が救われた事実が苦しい。


何十万という民が救われたけれど、代償として二年に一度、一人が喰われる。


何が正しいのかしら。何が間違いなのかしら。


この選択に私は答えを出せないけれど、陛下が私を隠したことだけは過ちだったとわかる。


国王として、絶対にしてはいけないことだった。


最初の生贄が母様だったことで、道を踏み外してしまわれたのだとしても。




「えっ」


 綴られていた真実に驚きつつも日記を読み進めていたが、その一文で、シュエは声をあげてしまった。


 妙に体がそわついてしまい、思わず周囲を見渡す。


 そこは相変わらず静かな研究室だったが、外はもう日が落ちたのか、少しだけ肌寒かった。


 窓のない空間を息苦しく感じるのは、史実に残らなかった真実を知ってしまったことも影響しているのだろう。


「ディコールとの戦争って、鍍金戦争のことよね。カゼナ・レザレス三世陛下の名を、勇王として大陸中に轟かせることになった……」


 その勇王こそが、シュエルバ姫の父──この時代の国王だ。


 様々な鉱山を有するディコール軍の資金は潤沢で、雇いの傭兵にまで装備が支給されており、レザレス軍は最初からかなりの苦戦を強いられた。


 あれよあれよと国境を破られ、混乱している隙に城下に潜入していたディコール自慢の「黄金の騎士団」に、城門を破られてしまう。


 王の首を落とされて終わるはずだった戦争は、黄金の騎士団がレザレス三世率いる近衛騎士団に壊滅させられたことで一転する。


 国王と近衛騎士団の勇姿に湧いたレザレス軍は、士気の下がったディコール軍を押し戻し、ついには停戦に持ち込んだ。


 宣戦布告なしの開戦だったため、周辺国の非難を浴びたディコールは、結果として貴重な魔導銀鉱山の権利の一部をレザレスに献上するはめになる。


「のちに鍍金戦争と皮肉られたそれは、レザレスの大勝利で終わった──。んじゃないのね」


 大筋はその通りなのだろうが、実際に黄金の騎士団を壊滅させたのは、シュエルバ姫の日記から推測するに、魔獣なのだろう。


 魔物の中には美しい姿と高い知能を持ち、人間を玩具にして愉しむ残酷な者がいる。


 おそらくレザレスを脅かしている魔獣も、その類いなのだろう。


「自国の民を差し出させ、その魔力で力を増しつつ、陛下が苦しむ様を愉しんでるんだわ」


 胸に湧いた嫌悪を吐き出すように、シュエは鋭く嘆息した。


 なぜ最初の生贄が王妃だったのかも、シュエルバ姫ほど魔導に秀でた人物を産んでいる時点で想像がつく。


 おそらく、自ら進んで生贄となったのだろう。


 そしてそれを、国王がどれほど嘆き、苦しみ、悔いて──狂ったか。


 鍍金戦争での活躍により、三百年を経ても屈指の人気を誇っていた勇王の真実に、シュエですらどういう感情を抱いたらいいかわからない。


 そんな状態で、娘であるシュエルバ姫の心中など、シュエに推し量れるはずもなかった。


 勇王の人気が高いからこそ、その娘であるシュエルバ姫の物語も書かれ、愛されていたのだ。


「ああ、待って、待って。この場合、どこまで信じていいの? 魔獣の存在を隠蔽して国史を紡げたのだから、討伐はできたはず。でもいつ? どうやって?」


 史実を元にした物語のとおりに、シュエルバ姫を助けに来たゼグが、その命と引き替えに討伐したのだろうか。


 けれど黄金の騎士団を壊滅させるほどの魔獣を、一人で倒したと考えるのは非現実的だ。


(何か、作戦はあったはず)


 ヒントがほしくて、シュエは震える手で日記のページをめくったが、無情にもその後は白紙が続くばかりだった。


「嘘でしょ。なにか、何か──」


 シュエルバ姫が生贄になる際に、何かしようとしていたのは確かなのだ。


 でなければ、「あと一人の犠牲なくして魔獣を討伐することは叶わない。そしてそれは、私でなければ」などとは記さないだろう。


 それがきちんと行われなければ、魔獣が討伐できない可能性が高い。


 ゼグを助けるどころか、魔獣討伐の史実すら怪しくなってきた事態に、シュエは蒼白になった。


 脳内をぐるぐると史実と物語と事実が駆け巡り、錯覚ではなく目が回る。そのままぐらりと上体が傾ぎ、シュエは椅子から落ちるまま床に倒れ込んだ。


「……いたい」


 打ち付けた肘がじんじんと痛み、目尻に涙が滲む。床を掻くように指を丸めて、強く握り込んだ。


「わかるわけないじゃない。だって私はシュエルバ姫じゃないもの。彼女がやろうとしていたこと。彼女にならできること──なんて、知らないわよ!」


 じゃあどうするのよ、と誰かがシュエを責める。


「決まってるわ。私は、私にできることで魔獣の討伐を成功させる。それだけよ」


 史実に偽りがある時点で、それを元に製作された物語の結末は未確定要素になったのだ。


 そのことだけはシュエにとって、希望と言える。


(ならば全力で、私が望む未来を目指さなければ)


 がばりと体を起こし、シュエは再び椅子に座った。万年筆をとり、日記の後半、白紙のページを適当に開く。


「目標を決めましょう。今の私にとって、それは大事だわ。ええと、その一、魔獣を討伐する。その二、ゼグを無傷で生還させる。その三、どうせなら私も無傷で──」


 言葉にしながら書き付けていた手が、言葉に詰まったことで止まる。


「私が生き残るのは変──な気がするわね」


 そもそもが、生贄となって死ぬからこそ与えられたシュエルバ姫の体だ。


(そうか、未確定要素なんかじゃない。実際はシュエルバ姫もゼグも、魔獣討伐で死んでるんだわ)


 物語でシュエルバ姫だけ生き残ったのは、創作上の演出だろう。より、ドラマティックにするために。


「……前向きな目標はいいけれど、現実離れしすぎてはだめね。絶望的な戦力差を埋める為に、この体があることを忘れてはだめ。有効に使う手段を考えなくちゃ」


 そうすることで、ゼグが生き残る可能性が生まれるのだ。シュエルバ姫の中にシュエがいることで、生まれる希望。


(シュエルバ姫にはできなくて、私にはできること──。一緒に魔獣と戦う、とか?)


 それができたらどれほど嬉しいだろうと、シュエは頬を紅潮させた。


 実力が不足していることは、承知している。


 だけど、それでも。


(魔獣と差し違えるのは、私よ)


 シュエは「その三」をペン先で塗り潰し、日記を閉じた。


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