怪盗黒猫~あなたの『天使』、頂きます~
「旦那様、郵便受けにこんなものが……」
青ざめた表情のメイドが、一通の封筒を持ってきた。
クリストファー・ボルケンは、メイドからそれを受け取る。
それは、宛名も差出人の名前さえもない真っ白な封筒だった。 赤い封ろうで丁寧に閉じられている。
クリストファーがぞんざいに封を開けると、中には一枚のカードが入っていた。
『今宵、貴方の天使を頂きにまいります。怪盗黒猫』
カードに書かれているのは、その文章だけだった。
「ふん、くだらない」
クリストファーは仏頂面に不機嫌をにじませると、カードを封筒ごと破り捨てた。
「どうせいたずらだ。忘れなさい」
不安そうな眼差しを向けるメイドにそう言って、クリストファーは寝室へと向かう。
ふと、幼い頃に聞いた言い伝えを思い出した。
――人の心には天使が宿っている。
「そんなこと、あるはずがない」
クリストファーは、吐き捨てるようにつぶやいた。
彼は、天使の存在をまったく信じていないのである。
さっさと寝てしまおうと寝室の扉を開けると、人の気配を感じた。
「誰だ!」
鋭く告げ、灯りを点ける。
上下黒の服で身を固め、目もとを仮面で隠した女性がそこにはいた。
「お前は誰だ?」
もう一度同じ質問をする。
「こんばんは。予告状は読んでいただけたかしら?」
「……怪盗、か。――盗めるものなら、盗んでみろ!」
煽るように言うと、クリストファーは部屋の壁にかけられている細身の剣を取って構える。
「まったく、物騒だな~」
黒猫は肩をすくめてつぶやくと、右手を前に突き出し、不思議な力でクリストファーの動きを封じた。
「――っ!?」
「悪く思わないでね」
黒猫はそう言って、空中に小さな円を描く。その中央を指で軽く叩くような仕草をすると、クリストファーの胸もとが輝きだした。その直後、光の中からかわいらしい天使が姿を現した。
黒猫がそれを回収すると、クリストファーは崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。
「じゃあね、成金のご当主様」
そう言って、彼女はその場を後にした。放心状態のクリストファーを放置したまま……。
怪盗黒猫――それは、人の心に宿る天使を盗む怪盗。ただし、狙うは悪人のみ。そのため、義賊とも呼ばれている……。