ゲームの世界にinした
世界的なMMORPGビルクエスト。俺、武藤彰も勿論プレイしていた。それもβ版の頃からの付き合いだ。自慢話になり恐縮だが、我が分身であるアキラのステータスを公開する。
アキラ クラス ソルジャー
レベル99
クラススキル 剣術LV99 自動回復LV99 神速LV99
心眼LV99 必殺LV99
固有スキル 二刀流 先制攻撃 金運 竜殺し
ステータス 体力A 魔力E 攻撃力A 守備力A 天運A 魅力C
装備 グランドセイバー E
バリアシールド E
バリアヘルム E
バリアメイル E
対魔の腕輪 E
「さて、こんなものか」
俺は自作のブログを更新し終えて、ノートパソコンを閉じた。俺がこの部屋に引き篭もってから、もう8年になる。ビルクエストはそんな孤独な俺の友である。このゲームにいかに救われたことか、それを形として残したくて、こうやってブログを始めた。
近々、自作SSでもアップするか。主人公は勿論アキラでな。それとギルドにでも入るか。いや、寧ろ俺が作るか。
アキラはレベルもゴールドも装備も全てが完成している。今更、ギルドなんか作る必要はない。何せ、ギルドってのは、一人じゃ何もできない弱者が集まり、目的を遂行しようという集まりだ。単体で複数のギルドと同じ戦闘力を有するアキラには必要がない。
最高難度と言われる夢幻の大迷宮にも数え切れないほど潜った。お陰で、攻略特典のグンニグルは99本所持している。
認めたくないが、俺はこのゲームに飽きている。それはそうだ。全てをやり切ってしまったのだから。だが、ここで新しい楽しみを見つけた。それは正義の味方ってやつだ。
困っている初心者の元に颯爽と現れ助ける。そして、そのまま名も告げずに立ち去る。謎のプレイヤーとしてアキラは、ネットで話題になるだろう。そのカタルシスを楽しみたい。
俺は今日もビルクエストの世界に潜り込む。
目覚めると、そこはいつもの草原だった。周りをゴブリン共が彷徨いているが、少し近付いてやると、皆、尻尾を巻いて逃げて行った。小賢しいNPCだ。格の違いが獣にも分かるのか。
草原を抜け、このゲーム最大の都市である、レーベンヒルに到着した。早速、酒場へ行き、今日のクエストを確認する。
大したものはないな。しばらくすると、カウンターに座っていた、格好から予想するにレンジャーのクラスの女が、興味深いセリフを吐いた。
「そう言えば、もうすぐ大型アップデートよね」
大型アップデート。迂闊だった。ビルクエストを極めた俺からすれば、今更、公式サイトなんて確認する習慣はとうに消え失せていた。
「参ったな」
俺は一言呟くと、女の隣の席に座った。現実世界ではコミュ障の俺も、この世界では堂々と振る舞える。
「あんた、随分と貧弱な装備ね」
「ああ」
変な意味で目立ちたくないので、俺の標準装備は全て、Bクラスの武具で固めている。まあ、その女も大した装備ではないのだがな。
「何でも、ゲームが根本的に変わるらしいわよ」
「何だそれ、今更か」
「私はね、レンジャーが強過ぎるから、弱体化させられるんじゃないかって、ヒヤヒヤだわ」
「ふん、それはないだろう。初期バージョンでのアサシンの壊れぶりは凄かったが、あれでさえ、弱体化せず、一年は留まっていた。あのクソ運営は腰が重いからな。レンジャーが強いと言っても、ゲームバランスを損なうほどじゃない。調整はないだろう」
その点、ソルジャーは救われている。所謂平均的な性能ゆえ、一切の調整は今までに受けていない。
「じゃあな」
酒場を抜け、俺はログアウトした。
弱った。アップデートということは、その前後でメンテナンスが入る。その間、俺はどうすれば良いんだ。現実から逃れたくてビルクエストを始めたのに、ただのアップデートなら、すぐ終わる。しかしその規模だと最悪一週間は入れなくなる。
「ちっ、動画でも見るか」
しばらく放置していたゲーム実況者の動画を見ることにする。てっきり活動停止しているかと思っていたが、相変わらずレトロゲーム実況を中心に活躍していた。
そして、地獄のような一週間を迎えた。親父が帰って来るのが怖い。母親のノックが怖い。俺は布団に包まり、ビルクエストのコミカライズを読んで時間を潰した。そして、ようやくメンテナンスが終わった。
最初に違和感を覚えたのはログインの時だった。赤い文字でつらつらと、今まではなかった妙なメッセージがある。全部無視すると、突然画面がピカっと光った。
「うぐ」
思わず目を閉じる。そして次の瞬間、あのいつもの草原が目の前に現れた。
「嘘だろ」
おかしい。俺はモニターの外でマウスを握っているはずではなかったか。それなのに、ああ、この感触、俺は、武藤彰はアキラになっていた。
「な、ヴァーチャルリアリティとでも言うのか」
俺は走った。いつものような速度は出ない。すぐに息が切れる。やはり現実だ。
幸い、レベルやスキル、手に入れたアイテムはそのまま所持しているため恐れることはない。アイテムが欲しければ、倉庫に眠っているアイテムを瞬時に呼び出せる便利アイテム、神々の蔵を発動すれば、いつでもどこでも最強クラスの装備もアイテムも取り出せる。
レーベンヒルには、色んなプレイヤーがごった返ししていた。皆、困惑している。中にはパニックを起こしている奴もいた。だが、不思議なことに、俺は驚くほど冷静だった。何せ、俺からすればこここそが現実なのだ。何を恐れる必要があるのか。
「どうなってんだよ。現実の俺はどうしてるんだ」
「運営に連絡しろ。おかしいだろ。こんなの」
「うう、ここから出たいよぉぉぉぉ」
小うるさい連中を押し退けて、酒場に入る。酒場の主人であるニキータは、所謂NPCだ。運営側と見て、皆彼女に話し掛けるが、一向に同じ台詞を吐くだけだ。当たり前だ。彼女はそういうシステムなのだ。プレイヤーにクエストを提供するのとしかできない。攻撃してもすり抜けるし、当てにするだけ無駄だ。
「あ、あの」
「ん?」
突然、話し掛けられ下を向くと、俺の半分ほどの身長の銀髪に修道服姿の少女が、頼りなさげに杖を両手で握り締めていた。
「私はエレナと申します。ええと、まだ初心者で、始めたのが一ヶ月前です。いきなりで恐縮ですが、その、もしよろしければ、私とギルドを作りませんか?」
「おいおい、あんた、この状況理解してるのかい。皆を見ろ。どうやら、俺達はゲームの世界に閉じ込められたようだぜ」
「ええ、そうみたいですね」
その銀髪ロングの娘は至極冷静だった。種族はエルフらしく、三角の耳をピクピクさせている。
「私は、ゲームの世界でこんなこと言うのもアレですけど、現実では病気でもう長くないんです。死ぬ前に今まで、偏見で手を出さなかった色んなことをしたいと思って、テレビで見た、ビルクエストを楽しみに来ました。私からすれば、こんな元気な身体で、自分がこの世界で過ごせるなんて、夢のようで、不謹慎ですけど、今、とても楽しいんです」
「そうだな。俺も同じだ。現実ではクソのような毎日を送っていた。だが、ここでは少なくとも、世界を救う英雄の一人だ」
そう、今、ここで苦しんでいる奴らは皆、現実があるのだ。かけがえのない今があるのだ。しかし俺達には何もない。
「街の中心にある電光掲示板に行こう。あそこなら現実で今、何が起こっている分かるはずだ」
俺はエレナを連れて、公式からの何らかのアクションを求めて、電光掲示板に向かった。
案の定、ここも人集りができていた。何とか、それを押し退けて、前の方に出ると、掲示板には大きなニュース画面が映っていた。
ビルクエストユーザー集団昏倒事件。若い女性のキャスターが慌てて、文章を読み上げている。
何でも、ビルクエストを遊んでいるユーザー達が一斉に意識を失い、戻らないという。その中に俺が含まれているのだと思うとゾッとするな。
「集団昏倒って、俺達の意識だけ、ここに飛ばされたということか」
ユーザー達の魂は本来の肉体を離れ、それぞれが創り出したマイキャラの中に収められている。俺は今、アキラとなっている。鏡で確認した俺の姿は、赤いツンツンした炎のような髪をしていた。顔もイケメンだし、背も180センチあった。現実の俺とは違う。
ニュース画面が切り替わり、今度はメガネをかけたスーツ姿の若い男が現れた。どこかで見たことがある。
「やあ、諸君。私は君島尊。父からこのビルクエストの管理を受け継いだ者だ」
な、そうだ。思い出した。アイツは君島尊。ビルクエスト創始者にして制作会社ドルチェの元社長君島一郎の息子だ。確か、父親が心筋梗塞か何かで急死して、後を継いだのだ。
「君達をこの世界に閉じ込めたのは私だ。その節は済まないと思っている。しかしこれは必要なことなのだ。まあ、色々と文句もあるだろうが聞いて欲しい」
皆の罵声が飛び交う中、冷静に話を続ける。
「父が生前ブラックボックスにしてあるとあるプログラムがあるんだ。それを君達に探して欲しい。それはこのビルクエストの世界、アーバンガルドの外にある。暗黒大陸と呼ばれている場所さ。アップデートで追加する予定だったのだが、父がそのプログラムを墓場まで持って行ってしまってね。今ではお蔵入りさ。しかし、こちらでアンロックしたので、暗黒大陸に入ることはできる。無論、中はどうなっているかなんて知らない。もしかしたら、何もないかも知れない。だが、父は完成してあるかのように言っていたからね、ひょっとしたらあるかも」
何とも歯切れの悪い奴だ。しかし暗黒大陸には俺も興味があった。雑誌で見た社長のインタビューには、暗黒大陸実装という文字が大きく書かれていた。あそこには未知なるモンスター、未知なるアイテムを用意してある。それこそ、そのうちの一つでも手にすれば、ビルクエストの世界をひっくり返すことができると。
「暗黒大陸奥地にある、あるプログラムを君達に回収して欲しい。まあ、デバッグ作業だと思ってくれ。報酬は出す。現実に戻った時、一生贅沢して暮らせるだけの金を用意しよう。プログラムを回収できなくても、暗黒大陸にいるモンスターの死骸、そこで拾ったアイテム、素材を見せてくれたら、そちらの方にも、それなりの報酬は用意するよ」