曖昧になる妄執(ゆめ)と現実(いま)の境界線⑤
そうして、それから数時間後。
「つ、疲れたぁ~・・・」
やっとの思いで長時間に渡る事情聴取・・・という名の取り調べから解放され、警察署を一歩出た瞬間、「やっぱり娑婆の空気は格別だぜ!」とばかりに大きく伸びをする光流達。
少し下がった気温を感じ、彼らがふと空を見上げると、此処に入る前はあれだけ眩しく輝いていた太陽がすっかり消え、代わりに煌々と輝く三日月が辺りを照らしていた。
「うっそ?!もう夜?!見たいテレビややりたい事沢山あったのにーっ!!」
警察署の入り口に立つ立番の警官達が思わず苦笑を漏らすのもお構いなしで、警察署の入り口で大きな声で聞こえよがしにそう告げるや、光流達を家まで送り届ける為ついてきた刑事を睨み付ける楓。
年の頃は二十代後半位だろうかーーー若く、また精悍な凛々しい顔立ちをした逞しい刑事の青年は、楓の言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべると、光流達に向かい
「・・・本当に、そうだよな。こんなに長く拘束して悪かった。目撃者とは言え、君達も、あんな凄惨な事故を目撃してしまった被害者だ。配慮が足りず済まなかった。同僚達に代わり、謝罪する」
そう告げるや、すっと頭を下げる。
刑事の少し驚く位真面目で真摯な態度に、すっかりと毒気を抜かれた楓は
「え?!謝んないで大丈夫だよ!さっきのは口から出任せというか、ただ言ってみたかっただけだから!深い意味とかは全っ然ないんだし!ね!」
慌ててそう言い繕いながら、泣きそうな瞳で目だけで光流達に助けを求めてきた。
そんな楓に立番の警官達の様に苦笑を浮かべながらも、助け船を出してやる光流。
「まぁ、そうだよな。それに、第一悪いのは刑事さんじゃなく、そもそもの事故を起こしたあの運転手ですよね。だから、気にしないでくださいよ」
(・・・・・・もしも、あれが『普通の』事故だったら、だけどな)
胸中でそう付け加えながら、仲間達と共に刑事が開けてくれたドアからパトカーに乗り込む光流。
時間も時間である為、如何やらこの刑事がパトカーで光流達を送り届けてくれるようだ。
パトカーに乗り込み、窓辺で軽く肘をつき、外を眺めながら「今日は本当に長い一日だったな」と感慨深げに溜め息を吐く光流。
あの事故の後ーーーカフェにあった防犯カメラや店長達の証言から、光流達があの男子生徒を突き飛ばしたという疑惑は直ぐに晴れたのだが、その後が大変だった。
今度は、トラックの運転手が、「あの学生がトラックの前で、まるで轢かれるのを待ってるかの様に止まっていた」と言い出したのである。
最も、未だに光流達の脳裏に焼き付いている、あの白いイヤホンがひとりでに男子生徒のポケットから這う様に滑り落ちるや、蛇の様に車輪に絡み付き、自転車のーーー延いては、男子生徒の自由を奪ったのであろうということも、また、確かな話なのだが。
しかし、所謂『普通の』世界で生きる運転手や刑事達にそんな事が分かる筈がなく、結局、『自転車に乗りながらスマホを操作していた時、何らかのアクシデントが生じてイヤホンが抜け、それが車輪に絡まり起きた不幸な事故』として処理されたのであった。
(・・・でも、あれは絶対に不幸な事故なんかじゃない)
パトカーが発進し、流れる様に移ろう車窓の風景を見つめながら、光流は強くそう思う。
(・・・きっとあれは、白蛇の祟りを馬鹿にしたから起こった、本当の祟りなんだ・・・)
そして、きっと、その祟りは何れ光流自身をもーーー。
其処まで考えると、その余りの恐ろしさにぶるりと小さく身を震わせる光流。
すると、そんな光流の様子に気付いた楓が、彼に声をかけてくる。