山奥の魔女と少年 #魔女集会で会いましょう
「あら、これはまだ生きてるのかしら」
魔物に襲われてふもとの村が一つ滅んだ。つい昨日の出来事である。
山奥に住む魔女は以前から滅びることを予見していたが、一切手を出さなかった。
村の残骸に遺されるものは不老の秘薬のいい素材になるのだ。貴重な素材が簡単に手に入るのに、どうして村を助ける必要があったか。
「⋯⋯ぁ⋯⋯ぅ」
「まあ、どうしましょう」
村の瓦礫を崩し、素材を集めていた魔女が見つけたのは、大きさからして三つぐらいだろう子供だった。
ぼろぼろだけれど、まだ息がある。
あと一日遅く来れば良かったかしら、と魔女はため息をついた。
若い素材は秘薬の質を上げる。けれど、魔女の誓約を立てていて、ここで子供を殺すことはできない。そうすれば自らは力を失い朽ちることになってしまう。本末転倒だ。
もったいないけれど捨てて置きましょうか。そう魔女は考えたが、一つ昔のことを思い出した。
そういえば、魔女になって最初の数十年間は見習いのような小間使いを雇っていた。居なくても生活はできるが、居れば少しぐらいは生活に便利だ。置いておくぐらいならこの子供を働かせてしまおう。
まだ幼いために使えるようになるまでは多少の時間がかかるが、その分長く使える。
魔女は家に連れて帰り、子供の手入れをすることに決めた。
「あなた、親はいないのでしょう? うちに来なさい」
子供の返事を待つこともなく、魔女は子供を抱き、山奥へと消えていった。
それから十数年、子供はシンと魔女に名付けられてすくすくと育った。
「魔女さま、そろそろお時間です」
「分かってるわ」
シンは窯へ向かう魔女をその場で身を屈めながら待つ。そして、魔女の細い手が頭に二度触れるのを感じてから姿勢を起こし、従順に魔女の背中に付いていく。
既に社会にいれば立派な成人を迎えている歳のシンなのだが、人里から離れて魔女と過ごしてきたために、彼の態度は母に対する幼子のそれである。魔女が彼に対する扱いを最初から変えないためというのもあった。
しかし、常識を知らずに子供のように育っていくシンでも、人である限り心と身体は成長する。
愛という言葉を知らずとも、自分に優しく触れてくれる魔女のことを心から深く、愛していた。
魔女も魔女で、まだ気がついていないが、自分だけを見るシンが自分の中の一部になっている。
それからすぐの話だ。魔女とシンの与り知らぬところで社会は変動し、魔女の排斥が始まった。兵士たちが、魔女たちの暮らす山に押し寄せる。
シンは初めて見る人間の武器を持つのに慄いたが、彼らの魔女を見る目に、覚悟を決めた。
「魔女さま、お逃げください」
絶対不変の美しさの魔女に手が加わることは、シンの許せるものではない。少しでもいい。時間を稼げれば、魔女さまは逃げられる。
「それは嫌よ。私もここで終わりでいいわ」
「魔女さま!」
けれど魔女は、シンの願いも虚しく、全てを捨てる決断をした。
魔女はなぜそう思ったのか、自分でも分かっていない。そしてそれをシンが知るはずもない。
我儘な魔女は思いのままに言葉を紡ぐ。
「ねえ、シン、私とずっと一緒がいい?」
「ええ、もちろんです、だけど──」
それが聞ければ満足だ。その後の言葉は魔女の耳には届かない。
そして、人が飲めば命を失う、魔女にしか飲めない不老の秘薬。魔女はその小瓶を口に含み、シンに口付けた。
「これでずっと一緒よ、シン」
好みに突き刺さっていたので思わず筆が動きました。