覆面幼稚園児さくま君(仮称)
実はこちら、「昭君」というキャラに主軸を置いた短編シリーズの番外編に当たります。
途中で昭君も出てきますよ!
意味不明!って方は同シリーズの短編に目を通していただければ幸いです。
ある日のこと、言葉に出したことはないがいつも自慢に思っている貞淑な妻が、彼に進言した。
「さっくんを幼稚園に行かせましょう、旦那様」
夜の仕事から帰って来たばかりの旦那様は、驚いてしまった。
「お瑛、いきなり何を言う。幼稚園とは、一般のか……? 朔ノ烝には一族の掟がある。無理があろう」
「前から考えていたことです。確かに旦那様の御懸念通り、一族の掟に沿って生きることを宿命づけられた朔之烝に一般社会での生活は困難を極めると思います。ですが旦那様、現代は複雑怪奇を極める情報社会です。このように刻一刻と情勢の移り変わりゆく時代では、幼年期より一般常識に慣れ親しんでおくことが肝要だと私は思います。旦那様も、大学で苦労なさっていたではありませんか」
大学。
それは、彼と妻の出会いの場でもあった。それ以外にも多く、様々なことがあった場所だ。
多くの良い思い出があるが、それよりも圧倒的に苦労した思い出が多い。
在学期間の半分は勝手が掴めず、周囲の不審を煽るような言動も多々。右往左往した苦い思い出が、彼の脳裏に過る。
「……そなたの言うことにも、一理あるか。一族の経営に関わる小・中学校を出た後は、一般的な学校に通うことになる。馴染むのに時間を要したのは確かだ。」
「旦那様、それでは……!」
「仔細はそなたに任せる。朔之烝も現代社会に少しずつ慣らしていくべきなのだろう」
「ありがとうございます、旦那様! 実はもう幼稚園の候補も絞ってありますの。お時間のよろしい時にパンフレットをご覧になって?」
「仕事が早いな。……ママ友を作るのは構わないが、交流は一族の情報が流出しない範囲にな」
「はい!」
そんな訳で、とある御夫婦の可愛い一人息子が幼稚園に編入することとなった。
その幼稚園は年少にタンポポ組、年中にモモ・ウメ・シラカバ組、年長にバラ・ユリ・スイカ組を擁する程々の大きさの幼稚園だ。
今まで一般社会とは隔絶した環境で育ってきた可愛い愛息(5歳)は幼稚園に馴染むことが出来るだろうか? そわそわしながら、息子の手を引いて専業主婦の瑛子さんは幼稚園の門扉を潜った。
「良いですか、さっくん。さっくんは今日から『吉岡さくま(仮称)』の名でこの幼稚園に通うのですよ。一族の里を出ては決して真の名を明かさぬのが当家の掟ですからね」
「わかりました。でも、母上はよろしいのですか?」
「母は嫁入りした身で厳密には一族の生まれじゃないので良いんですよ~。あと、さっくん」
「なんですか、母上」
「この幼稚園に通っているのは、さっくんみたいな特殊な訓練を受けてはいない子供たちです」
「はい」
「さっくんとは考え方その他、体力とか体力とか身体能力とか体力とか、教育方法が異なる為、色々と違います」
「たいりょくばっかりですね」
「なのでさっくんは、この幼稚園では病弱設定ということにしてあります」
「えっ」
「まだ一般人のボーダーラインを知らないさっくんでは、合せるにも無理があります。だから、病弱設定。運動のお時間は軒並み見学にするよう幼稚園の先生にもお願いしてあります。運動するのが大好きなさっくんには辛いことだと思うけれど、我慢して見学して下さい」
「でも母上、さく……さくまは元気です! カゼもひきません!」
「さっくん、この病弱設定に不満があるんですね」
「だって、だって母上ぇ……さくn……さくまは元気な子です」
「ですが一族の都合で幼稚園をお休みすることも度々あるでしょう。その時に、この病弱設定も活きてくるのです」
「……っ! そのようなふかい理由が……母上のおかんがえを知らず、さくまは、はずかしいです。わかりました。さくまは今日から『びょーじゃく』になります!」
「その意気ですよ、さっくん! ああ、それから父上のお仕事の件ですが……きっとお友達に聞かれることもあるでしょう」
「父上の……知られてはいけないこと、ですね。がんばってごまかします!」
「ああ、いえ、誤魔化さなくても良いですよ」
「えっ?」
「正直に言ってもどうせ誰も信じないか冗談だと思うか、父親の趣味炸裂な妄想話の一環だと思うでしょうし、幼児期の思い込みということで後々片付けられることでしょう。信じられちゃ駄目ですけど、本気で信じる大人はいません。父上が変人なんだなぁと生温い目で見られるだけです」
「よくわかりません……言っても、良いんですか?」
「むしろ誤魔化そうとしても一般常識をしっかり学んでいない状況で誤魔化すのは難しいと思います。一言、『よく知りません』で構いませんよ」
「はい……父上のおしごとは、よく知りません」
「それで大丈夫です」
「はい!」
意気揚々と教員室を目指す和装の親子。
だが入園後のあれこれに思いを巡らす二人は、まだ気付いていなかった。
体力の差云々以前に、もっと気にすべき異質な点があることに。
そのことを、親子は入室した教員室で指摘されることとなる。
「失礼します!」
「ああ、園に編入予定の方ですね……ってちっさい黒子!?」
「「え?」」
親子を迎え入れて、担当の教員は仰天した。その目線は、主に息子の方へと注がれている。
「あの、先生……? 息子がなにか」
「いや、何かというかなんというか……あの、失礼ですが、お子さんの覆面は一体……?」
「あ」
指摘されて、親御さんは気付いた!
自分の息子の姿が外界では異様な物とされること。主に、その顔面を隠す覆面の異質さを。
「これは……」
どうしよう、上手な言い訳が思いつかない。
焦りを浮かべる母の隣で、きょとんと息子が先生の疑問に答えた。何がおかしいのかも、わからないまま。
「これは一族の掟でござる」
「い、一族のおきて……?」
「はい、先生殿。おおじじ様から、すがおを見せていいのは『家族』か『つかえる主人』か『はんりょ』だけだと」
「ふふ、冗談の好きなおじいちゃんですね……おかあさん? どうされました」
「先生、実は……マジなんです」
「え、マジで?」
「先生、これは一族に代々伝わる信念……いわば、信仰の一種です。私達国民は日本国憲法において信仰の自由を認められているはず。でしたら息子の覆面も問題ない筈です! それとも先生はアレですか、目の前にイスラム教徒の御婦人がいたらあの頭巾的な布を剥ぎ取って「この礼儀知らずが!」と吐き捨てるような情け知らずの方なのですか」
「例えが悪意に満ち満ちてますよ、おかあさん!」
「さくまはまだ、『へんそう』がうまくできません。だから、顔をかくすのです」
「実は私も、主人との馴れ初めは大学の頃……ラッキースケベ的なうっかりハプニング☆で夫の素顔を見てしまったことに端を発します」
「本気の本気でマジなんですか……!?」
「本気の本気でマジなんです。先生が将来的にさくまの嫁に納まりたいと仰るのでしたら、今この場で覆面に隠された素顔をお見せすることも吝かではありませんが……」
「さーて、それじゃあそろそろ教室にご案内いたしましょっか! そのお顔の素敵な覆面も剥ぎ取られることのない様、生徒達に重々言い含めておかないとですね☆」
息子を思う母の熱い言葉によって、息子の幼稚園内での信仰の自由が保障された。それに伴い、覆面も。
「みんな、今日は新しいお友達を紹介します! 『吉岡さくま(仮称)』君です」
「よしおか さくま(仮称)です。よろしくおねがいします」
ぺこり、今時の園児には珍しく礼儀正しいお辞儀を見せるさくま(仮称)君。
だがしかし、教室中の園児達は礼儀正しさよりもさくま(仮称)君の姿に釘付けだった。
「にんじゃだ……」
誰かが、ぽつりと呟いた。
ぴくりと僅かにさくま(仮称)君の肩が揺れる。
「さくま(仮称)君はお家の事情で顔を隠してるけど素直な良い子よ。みんな、仲良くしましょうね!」
「「「「「は、はーい……」」」」」
先生の笑顔は、どこか空々しい。
そして教室内にはぎこちない空気が広がっていた。
さくま(仮称)君は何となく緊張気味な空気を察し、どこかおかしなことをしただろうかと自分の行動を振り返って不安がっていた。
どこか不安な気持ちにさせる、緊張感。
こうして年中ウメ組さんの朝は微妙なスタートを切った。
制服から運動着に着替えた幼稚園児達の中、異彩を放つさくま(仮称)君。
用意された席に座る小柄な男の子は……ひとりだけ真っ黒だ。
最初の学習時間――テキストに沿って行う、簡単な工作――も、みんなが夢中になりながらもお友達とおしゃべりを交わして進める中。
さくま(仮称)君はひとりぽつんと寂しげにクレヨンを動かしている。
「……さみしいでござる」
一人っ子のさくま(仮称)君は一人遊びも得意だし、お留守番だって出来る良い子だ。
だけど他に誰もいない中で一人黙々と作業をするのと、皆が賑やかにやっている中で自分だけぼっちなのと。
どちらがより孤独かは、聞かれるまでもない。
いつもは平気な筈の作業中、さくま(仮称)君の肩がどんどんと下がっていく。
その様子を、他の手のかかる園児に関わりながらも先生はそわそわと気にしていた。
そんな時だ。
誰もがさくま(仮称)君を遠巻きにする中、そんな空気をものともせず彼に声をかける子がいた。
「それ、そのクレヨンもしかして和テイスト文具メーカー『ふうが』の『襲色目』シリーズの新作?」
セリフは一息だった。
だが不自然でも無理をしている様子でもなく、あくまで自然体のまま1ブレスで言い切られた言葉。
最初、何のことかも誰に当てた言葉かもわかっていなくて。
俯いて作業に没頭していたさくま(仮称)君は、だけど台詞の意味を理解すると同時に勢いよく顔を上げていた。
「わかるでござるか!?」
「わかるよ。ぼくも持ってる。そのふたつ前にはっぴょうされたヤツだけど」
「あ、ほんとうだ……お、おそろいですね!」
「うん。あたらしいヤツも良いね。ぼくは今つかってるヤツ気にいってるけど、その氷重とかすきかも」
どうやら持っている個性派アイテムが幸いして、同好の士……じゃない、気の合いそうな男の子が見つかったようです。いや、この場合は見つけてもらったのかな? どちらでも結果は同じです。
さくま(仮称)君のお友達になってくれそうな子が現れたことに変わりはない。
互いに自分の持っている個性的なクレヨンを並べて、相手に見せ合うように広げた。
「かあさんが好きなんだ。この文具メーカー。なつかしいって言ってた」
そう言ってさくま(仮称)君に声をかけてくれた男の子は、そこそこ擦り減ったクレヨンの一つを手に取る。
それは複数の色合いを一つのクレヨンに組み込んだもので、混ざりきれない色と色がマーブル模様のように踊っている。
クレヨンに巻かれた紙には、醤色(蘇芳/濃蘇芳)と書かれている。
「さくま(仮称)もこれ好きです。え、と……あの、」
「あきら」
「え?」
「ぼくの名前だったら、三倉 昭だけど」
「あきら殿ですね! さくま(仮称)です。よろしくおねがいいたします」
「うん。さくま(仮称)、クレヨンいっしょに使お。ぼくのヤツ、暖色系に特化してるから青系統の色味がすくないんだよね」
「ぼくのは青系統のものが多めですし、ちょうどいいですね!」
利害の一致した瞬間だった。
それと同時に、淡い友情の掛橋が急ピッチで建設されていこうとしている。
特に寂しさに肩を震わせていたさくま(仮称)君の方から猛スピードで友情の絆を築こうと大張りきりだ。
「あきら殿、さくま(仮称)となかよくしてください」
「良いよ。だからクレヨンかして」
「はい!!」
ソレで良いのか、友情。
コレで良いのか、友情……。
仲良くなるきっかけは人それぞれだが、彼らのそれはあまりにも即物的だった。
「あきらくん! わたしも、なかまにいーれーて!」
「さよ。さくま(仮称)、さよだよ。さよ、さくま(仮称)となかよくできるなら、いっしょにやろう」
「さよ、殿。ぼくはさくま(仮称)です」
「う、うん……さよ、だよ」
「はい! よろしくでござる!」
幼稚園もさよならの時間。
可愛い我が子をお迎えに、幼稚園にはパパさん達やママさん達がやって来る。
その中に混じって、ちょっと不安そうな色を顔に滲ませて。
和風一直線、堂々とした和装の瑛子さんも幼稚園へとやって来る。
覆面の夫と結婚して以来、瑛子さんの着衣は着物ばかりだ。洋服といえば、独身時代の――若々しい娘時代の物しかない。まだ若かろうが一児の母となった現在は着るにそぐわないものばかりだ。
だが、現代の親御さん達に入り混じっては浮いているかもしれない。
見れば周囲のママさん達はTシャツやジーンズと動きやすそうな洋服の人ばっかりで。着物でお迎えに来る人なんて、自分だけで――
疎外感に息子もこんな思いで一日を過ごしたのかしら、と。
瑛子さんがそう思った時。
彼女の目の前を、『平安貴族(女)』が横切った。
「え?」
正確には平安貴族の印象を抱かせる、今どき珍しい古風(ガチ)な風貌の女性だったのだが。
しかしその姿は、現代のママさん達の隣に立たせると浮いているどころではない。あまりに異質すぎて、猫の群れに山羊を放り込んだかのような存在感があった。
あまりに現実と乖離した光景に、目の錯覚を疑った。
思わず目で追うも、既に人ごみに紛れてその姿を発見することはできない。
一瞬のことだった。鮮やかに視界に、印象に焼き付いた。
あの人は、いったい――?
ぼんやりとしてしまう瑛子さん。
だけど彼女は足に抱きついてくる重みを感じ、すぐに現実を取り戻す。
「ははうえ!」
いつになく幼い口調で、だけど母親の彼女にはわかる楽しそうなはしゃぎぶりで。
顔を覆面に隠した愛息が、和服に隠された彼女の太腿にぐりぐりと頬を擦りつけてくる。
「さっくん、お迎えに来ましたよ。幼稚園は楽しかったですか?」
息子の様子に答えなど聞かずとも予想がついたが、内心で安堵しながら母は問いかける。
膝を屈めて目線を合わせた母の問いに、息子は期待にそぐわず大きく頷いた。
「はい! さくま(仮称)は、おともだちが出来ました」
「まあ、お友達が……!」
なんという快挙だろう! 母はそこまで高望みはしていなかったというのに!
誰か仲良くしてくれる子がいたとしても、『友達』まで辿り着くには後何日かかかると思っていた。
だけど気の合う相手であれば幼子は一日でも友達を見つけるモノなのだと、息子の様な個性派でも時間は要らないのだと。
そのことを知り、母は本心からさくま(仮称)君に巡ってきた出会いを喜んだ。
「母上にも、あってもらいたかったんですが……もうあきら殿も、さよ殿もおむかえがきて、帰ってしまいました」
「あきら君、さよちゃんというの? 良かったわね、さっくん! お家に帰ったらおやつを食べながらたくさんお話しを聞かせてちょうだい」
「はい! さくま(仮称)は父上のおつとめについても言いませんでしたよ! でもあきら殿たちはおしえてくれました。さよ殿のお父上はみんぞくがくの先生で、お母上はやくざいしで――」
「うん、うん」
「あきら殿のお父上は元人魚で、お母上は元貴族のきどう使いだそうです!」
「うん……?」
「妖術師ですか、と聞いたらもっとふるいやつだと。やまたいこく、の、ひみこ?が使ってたそうなのですが、母上、きどうとはなんですか?」
「………………」
伝統と格式に溢れた、夫の一族。
今でも古くから伝えられる掟を大事にする、時代の流れとはちょっと隔絶した家。
そんな家と、同じ一族の里しか知らない息子。このままではいけないと思って、少しは外界とも触れる機会を作る為に幼稚園に入れることにしたのだけれど。
それでも育った環境が他の子供達とは大きく違うから、馴染めないかもしれないと思ってはいたのだけれど――
「さっくん、母はあまりそっちの分野の造詣は深くありません。父上が帰って来たら、幼稚園のお話といっしょに聞いてみましょう」
「はい、母上!」
なんだかこの幼稚園なら、根拠はないけど大丈夫そうな気がした。
最後まで読んでいただき、有難うございました!
以下、登場人物紹介↓ (活動報告のものと同一内容になります)
登場人物
さくま(仮称)君
本名:雪岡朔ノ烝
現代に生き残る忍者一族の幼子。
隠れ里に幼い子供が他にいないので、今までお友達はいなかった。
一般の幼稚園に緊張しつつも、お友達が出来ることは素直に嬉しい。
たぶん素直で純粋。
瑛子さん
さくま(仮称)君のお母さんにして、忍者の嫁。
一般家庭でお育ちになった普通の女の子☆だったが大学で旦那さんと巡り合ったのが運の尽き……いや、恋愛結婚なので運は尽きていないのかもしれないが、特殊な世界に引きずり込まれることになる。
それでも順応してちゃっかり馴染んでいるので、素質はあったのかもしれない。
三日月丸さん
さくま(仮称)君のお父さんにして、現役忍者。
一般常識の学習もかねて高校・大学は一般の公立校に進んだ。
それでもやっぱり周囲からは浮いていたのだが、大学では嫁と巡り合って大分青春色に染まったらしい。
なんだかんだで嫁に弱い。
先生
個性派ぞろいの幼稚園児に振り回されているせいか、空気が読めて順応性が高い。だけどたまに常識を思い出して遠い目をしている。
あきら君
さくま(仮称)君のお友達第一号。
さくま(仮称)君とは話や趣味が合うようだ。
どうやら彼も中々に個性的な幼稚園児のようだが……?
さよちゃん
さくま(仮称)君のお友達第二号。
あきら君の幼馴染で彼のことが大好きな女の子☆
だからといってさくま(仮称)君を蔑ろにせず、普通に仲良くなれそうだ。




