猫や犬や子どもの事情(2)
「ところでユウ、何か用事でしたか?」
「あ、いや……ちょっと面白いものを手に入れたから、もし暇だったら見に来ないかと」
「本当ですか? それはぜひ」
正面に座るシルフィは嬉しそうに相好を崩す。
今は、小さなテーブルに二人で座り、残りの猫かぶり、セクレチア、武官──ヘリエル・ローというらしい──は猫かぶりの持ってきた商品を見て何やら話し合っている。というか、床に普通に商品を並べ、三人でしゃがみこんで、まるですれた主婦たちが炉辺で世間話をしているようだ。ていうか、セクレチアとか完全に不良だ。やくざだ。
猫かぶりは体育座りして淡々と話している。
ヘリエルは礼儀正しく正座をして、何か聞かれれば時折頷いている。
シュールレアリスム……!
「今日は、何か用事があったんですか?」
つっこみたい。三人がこれ以上ないくらい気になるが、あえて気にしていない振りをしてシルフィに笑いかけた。彼女は、オズで一般的なドレスではなく、足元まで覆い隠すゆったりとした長衣を羽織っていた。トレードマークのシルヴァグリーンも鳴りを潜め、漆黒の生地に左右対称となる細かな金色の刺繍が施されている。身体の線を隠し、ゆったりと落ち着いたその格好は、まさにどこか東の国の女王のようだった。
「あ、いえ……外出する予定もなかったので、このような格好で、お目汚しを。テンペスタリの衣装で、着慣れているものですから」
「はー、なるほど、しかしそういうのもにゃっ」
そういうのも、似合いますね。
カラシウスのようにさらっと言って好感度を上げようとか思ったのが間違いだった。慣れないことはするものじゃなかった。わあ、なんという至言。
「噛んではだめです」
「鶏というのは所詮舌が回らない生き物、か」
猫かぶりとセクレチアが示し合わせたようにぼそぼそっと呟いて、また何事もなかったかのように商談を再開する。
つーか聞いてんなよ! そんでいちいち傷口抉るなよ! 突発的に窓割って身投げしたくなったよ!
よっぽど情けない顔をしてしまったのか、すぐ近くから鈴を転がしたような笑い声が零れていた。
「ありがとう。私も気に入っているから、嬉しいな」
両手を組み合わせ、小さなテーブルに肘をついたシルフィが、見通したように優しげに笑っていた。包み込むような落ち着いた声色。ユウゼンは思わず赤面した。
だって、あれだ。
前々から思っていたけれど、シルフィは時々その辺の騎士など遠く及ばず上品で教養ある礼儀正しい──つまり、紳士的なのだ。
カラシウスは腹黒い分その危険な色気が若干混じる「紳士」だが、シルフィードは純粋に理想的模範的な、まさにその通りの。これはちょっと、勝てるのだろうか。男として。自信がなくなってくる。
そうこうしている内に、セクレチアが首飾りを手にとってシルフィに薦めはじめた。黒の深い艶が美しい宝飾品である。ユウゼンは思わず口をはさんだ。
「ジェットですか? 見事な細工ですね」
「はい、いい品のようです」
「オズでは西北の海辺、アプライシアで多く扱っていたかな」
ジェットとは、流木から出来た石炭状の化石のことで、古来より珍重されてきた。葬儀の際によく使用される装飾品である。文化・芸術マニアのユウゼンは一度工房に押しかけたという節操のない過去を持っていた。
「そうですね、ではこれは購入しましょう」
シルフィが鷹揚に頷いてセクレチアの手にそれを返したとき、ノックの音が聞こえた。