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猫や犬や子どもの事情(1)

 ユウゼンは文化・流行に関するものに目が無い。

 その日も政務をぐだぐだ終わらせて、日暮れ前には従者モリスを連れて自室にもどる。死んだ魚のような目をしたユウゼンは、テーブルの上に置かれたものを見て、本日初めて目を輝かせた。


「おお! これがフラクタル・ケースかー」

「ええ。最近ちょっとした話題ですよ」


 しつこく頼まれて取り寄せたモリスが、やれやれこの子どもは、といった様子で答えた。


 それは密閉した小型のガラスケースの中で羊歯植物を栽培して鑑賞するインテリアだった。最近、密閉されたガラス・ケースの中でも最初に適度の水分を与えておけば、十分植物の栽培が可能だと発見した医者がいたのだ。


「どうなってるんだろうな?」

「なんでも、日光を浴びて蒸発した水分は出口がないために結露するものの、夕方にそれがケース内の土に戻っていくことによって、水分が失われることなく循環して植物が枯れることがない、とか」

「ほうほう……面白いな」


 温室や庭を持てない人々に注目されているということらしい。確かにこれなら遥かに手軽で色々と楽しめそうだ。ふっと、荒天の国に住むシルフィに見せてあげようか、と思いつく。


「シルフィは部屋にいるかな」

「さあ……確かめてきましょうか?」

 

 モリスは柔らかい口調で提案してきたが、明らかに「自分で行って来いやボケ」という雰囲気を醸し出していた。

 恐いのでもう今日は下がっていいと言うと、待ちかねたとばかりに機敏に出て行ったので、何だコイツとユウゼンはげんなりした。

 

 結果、一人でシルフィードの客室まで歩く。今日は自国の侍女に引き止められることもない。ほっとして扉が開くのを待っていると、すぐに部屋の扉は開き、


「……………………」


 ユウゼンは自分からドアを閉めた。

 思考をまとめる時間が必要だった。必要不可欠だった。なにかいた。

 あれはなんだったんだろう。


「…………?」

 

 つまり、その、シルフィの部屋の扉を内側から開けてくれたのは、どうも猫のようだった。いや、猫がドアを開けることは不可能だ。だからあの愛玩用の小さな猫、というわけではない。そもそも普通に人間の大きさ、背格好だった。二足歩行で。つまり、顔だ。顔が猫だったのだ。


「って、そんなワケねえ!! 失礼します!!」


 勇気を振り絞って再度扉を開けると────猫の顔をした何かが眼前に立っていた。


「………………………」


 数秒、無言で見つめあう。お互い微動だにしなかった。まあ、それはともかく、なんだろうこれ。いや、なにこれ。なに。これ。人? どうしよう、ちょっともっかいかんがえてきてもいい、ですか。

 ユウゼンはやはり扉を閉め


「ユウ、こんにちは。どうかしましたか?」


 閉めようとして、シルフィの優しい声に引き止められた。


「あの、…………、こちらは?」


 思わず丁寧語で、奥の椅子に腰掛けているシルフィに猫の顔をした何かを示した。


 そういえば今気付いたが、部屋にはシルフィと「眼前にいる何か」の他、シルフィがマゴニアから連れてきた数少ない二人もそろっている。すなわち鬼畜女官セクレチアと、先日目にした日焼けした肌の金髪の武官。 

 セクレチアは主人の手前罵倒はしないが、確実に下等生物を蔑む視線を一瞬向け、マッチで煙草に火を点けて吸い始めた。恐い。恐いよ。

 武官の方は、目が合えば丁寧な目礼をしてくれる。人間扱いされた小さな感動で少し気持ちが落ち着いた。


「ああ、ご存知なかったのですね。彼は、猫かぶりと呼ばれる一族なのです。猫の毛皮をかぶっているので」

「あ、ああ、毛皮、ね……」


 シルフィの説明を聞いて、ようやく納得した。確かに、よく見れば、精巧に作られた猫のかぶりものだとわかった。

 しかし猫かぶりの一族とは、またアレだ。


「お初お目にかかります。猫かぶりです。女王さまの保護の下、商人をしています」

「女王様?」

 

 顔(?)に合った丁寧な挨拶をしてきた猫かぶりに、ユウゼンは疑問符を浮かべる。猫かぶりは、どちらかというと淡々とかわいらしい声で返答した。小柄だし、本当に人形のようだ。最初は本気でこういう魔術があるのかと思った。


「僕ら猫かぶりの一族は、シルフィードさまのことを、女王さまと呼んでいます」

「そりゃまたどうして」


 シルフィは王女ではあっても女王にはならない、はず。

 すると猫かぶりはさらさらと言い伝えを教えてくれた。事情を聞かれ慣れているのだろう。


「僕らの祖先は、大罪を犯した罪人だといわれています。当然のように古のマゴニア国王から死刑宣告を受けました。しかし、どうしてでも死にたくない祖先がしつこく食い下がったところ、勢いに押された王は、『そうやっていつまでも猫をかぶっているのなら許してもよい』といわれました」

「…………。だから、猫をかぶっている、と……」

「はい。見ての通りまちがいなく」


 違う意味で激しくまちがっていると思う。


「そのため、僕らは代々マゴニア王国の王家の方に仕えてきました。今は、シルフィードさまがご主人です。だから、女王さまと呼ばせていただいています」

「な、なるほど……」


 なんかこう、改めて有無を言わさぬ口調なのだ。少年のような背格好だが、一体何歳なのだろう。しっかりした感じはとても大人にも思える。

 しかしそうはいっても猫(の毛皮?)をかぶっているので、愛嬌にほだされるというか思考粉砕されるというか。

 ユウゼンは初めて知った不思議な文化に、うずうずするのを感じた。


「あの、それちょっとかぶらせてくれたりとか、……」

「だめです」

「ほんのちょっとでいいから、」

「だめです」

「新しい顔が焼きあがっ」

「時代錯誤なネタはやめてください」

「さわらせて」

「だめです」

「毛、」

「だめ」


 はたから見ると、サーカスのピエロが目を輝かせた純粋な子どもにひたすら絡まれているような光景である。

 シルフィードは思わず口元に手を当てて笑いをこぼした。

 だってそれはいい大人で、しかも一国の跡継ぎと、淡々と動じない猫の顔なのだ。







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