風の王女とカカシ皇子の日課(3)
荒天の国だ、とマゴニア王国を訪れたものはいう。
元々その荒涼の地にひっそりと住んでいたテンペスタリの民は、様々な場所から集まる流浪民を受け入れ、生活の術を教えた。
やがて国を志すものが増え、テンペスタリ達はその流れに逆らうことなく援助し、小さな王国が出来た。欲のないテンペスタリ達は、王やその臣下になることは拒否した。王となったものは、それでも恩として、特別な地位と土地を与えた。
今、マゴニアには12の地域に別れ、12の月の臣下が治めている。
そして、王家とテンペスタリ家。
シルフィードは、確かにどちらの血も受け継いでいるのだ。
「ユウ?」
身体に馴染んだチェーン・メイルを着込み、ベルトと細身の黒いズボンに茶色のブーツを身に付けた少女は、まだいくらか距離があるところから振り返って、驚いた顔をした。
白い肌を透明な汗が伝い、微かに上下する肩。アカシア宮で目にした柔らかい雰囲気とは異なる、乾いた風のような空気を纏っていた。戸惑いながらも剣を足元に置いてシルフィは足を向ける。相手をしていた、この国の制服ではない衣装の男も同じように従った。確かシルフィが連れてきた貴重な武官か。
周りの兵達は自由に本日最後の訓練をしたり終えたりしていたが、誰もがちらちらとこちらを気にしていた。
「あの、いつからいらっしゃったのですか? 申し訳ありません、挨拶もせず」
「いや、今来たので、気にしないでください」
一つに結んだだけの栗色の髪が一房横顔にかかっていて、どことなく艶かしい。
「えっと、私のことで……?」
「ああえっと、偶然耳にして、少し気になったから、散歩がてらに来てみたんだけど、」
シルフィはどのように振舞っていいのかわからないように微かに俯き、不安そうだった。ユウゼンは思わず、困らせるなら来るんじゃなかったとすら思ってしまう。
本当に、気になったとか会いたかったとしか言いようがない。
自身もどう接していいのか迷ううちに、シルフィが口に出した。
「色々と、心配を掛けましたか……? 本来なら、他国の者がこのような場所を訪れるのはよくないですし、その……やはり、」
「いや、その辺は将軍が請け負っているので心配は」
そう言っても、シルフィードは目線を落としたままだ。黙ったまま続きを促すと、そろそろと視線を合わせてくる。思わず見とれてしまう、シルヴァグリーンの瞳。
「えっと、その……がっかりしました、よね……」
「へ?」
「仮にも王族の女なのに、粗野だと……」
「いやそんなまさか!」
慌てて首をぶんぶん横に振ると、シルフィはぽかんと首を傾げた。そんな素直な仕草もかわいらしい、じゃなくて。確かに驚いたのだ。けれど、少しの間見ていたシルフィの訓練は、まっすぐで、真剣で。すぐに気配に気付いたところからも、才能と努力がうかがいしれた。
「綺麗だと、思いました。純粋っていうのもおかしいですけど……柔軟で、うらやましい。それに俺、武術とか苦手だから、尊敬してしまいます」
気恥ずかしいが少しでも伝わればと勇気を出してまっすぐ告げ、
「そうですよ!」「品があるとか行為でなく内面で!」「気取ってないし!」「最高に素敵です!」「握手してください!」「むしろ殴ってください!」「毎日来てください!」「もう軍に入ってください!」「結婚してください!」
ユウゼンは周りから詰め寄ってたかってきた兵たちに潰された。
シルフィは驚いて何度も瞬きし、「みんな、本当にありがとう」と礼を言いつつ人間ピラミッドの下辺から死体のように伸びる手を助け出す。
兵たちはどことなくいい雰囲気をぶち壊して満足し、さわやかな気持ちで元の位置に戻る。
そして一体の遺体が放置された。
「ユウ? 大丈夫ですかっ?」
何とか動けそうだったが、こんなことならもうシルフィに介抱されることを期待して、死んだ振りを続けるユウゼン。頬を軽く叩く手が冷たくて気持ちいい。しばらくすると深刻そうなシルフィのため息が響いて、
「ど、どうしましょうか……人工呼吸を」
「!!」
「──ヘル、頼んでもいいですか?」
「違う人ーーー!?」
天国から地獄に叩き落とされて、ユウゼンは思わずがばっと跳ね起きる。勢い余って丁度前に居た人を押し倒す格好になった。
「あいたた……」
さっきのピラミッドダメージが響いた。地面に手をついて呻きながら何気なく視線をずらす。
するとなぜか驚くほど近い距離に至高の宝玉のような緑の瞳。自分の身体の下に、少し熱くて柔らかい、身体────シルフィ。あ、あれ?
我に返った瞬間、かあっとシルフィの顔が見事に紅潮した。
これは、もしかして、やって、しまった。
「「「…………」」」
1、笑顔でわらわら集まってきた兵達 → 2、強制連行 → 3、かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?(※ご想像でお楽しみ下さい)
――中略――
<ユウゼンのどうでも日誌より>
……気付いたときすでに外は暗く、いつもの自分のベッドの上だった。
モリスが側に居て、若干いぶかしく思いながら、何かとてつもなく恐ろしい悪夢を見ていた気がするよと呟くと、モリスはぽんと自分の肩を叩き、慈しむような笑みを浮かべた。
世の中には思い出さないほうがいい事もあります。
なぜか激しく納得できたので、深く考えないようにして、改めて寝ようと思った。
身体の節々が痛むのなんて成長期だ。
<本話の要約>
──あれは恐ろしい光景でした。東方部隊の連携・攻撃・判断力。容赦など少しも見当たりませんでした。たとえ何が攻めてきても、彼らならきっと大丈夫だと、確信しましたね。(モリス談)