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風の王女とカカシ皇子の日課(2)

 

 絵画を見に行こうと思っていたのに弟のカラシウスにおかしなことを吹き込まれたユウゼンは、どうも気になって結局シルフィの客室を訪ねていた。殿下は具合が悪いので面会はちょっと、という侍女の定型文をどうにか押し切って部屋の扉を開けると、


「すみません、人間以外は入ってこないで下さい」

 

 ユウゼンは扉を閉めた。


「あれ、ユウゼン様。画廊に行かれたんじゃなかったんですか?」

 そして丁度いいところに声を掛けてきたのは従者のモリスである。真面目で素直で平凡な青年。


「モリス……! いじめはよくないと思うんだ! 簡単に人を傷つけちゃだめだ!」

「第一皇子が何仰ってるんですか?」

 

 ユウゼンは、一も二もなく泣きついた。しかしモリスは真顔で聞き返してきたので、なんだコイツとがっかりした。

「はいはい、どうせカカシなんて誰も人間扱いしませんもんね? いいよいいよ、どうせ俺は鶏とかクソッタレとか唐揚げとか残念野郎とかみんなに生温かい36℃くらいの眼差しで見つめられてまあ存在してても仕方ないかなみたいな──」

「ユウゼン様。画廊に行かれたんじゃなかったんですか?」


 モリスは真顔で聞き返してきた。


「!!」

「いや……すみません、ちょっとセリフ長くてすごく鬱陶しいかなって……。つい出来心で。あ、もうしませんから、いい大人が泣かないで下さい、はい、どーどー」


 バカにされた。


                       ※


「今から外出できるか?」


 気を取り直して、ユウゼンはモリスに確認する。長い付き合いだけあって、彼はすぐに望む答えを用意する。


「ヘテロクロミヤ内ならすぐにでも」

「なら、東方部隊の訓練施設に行く」

「えーっと、視察ですか?」

「まあ……そんなところだ。カラシウスや候には言わなくていい。将軍にも」


 不思議そうな顔をしたが、モリスは余計なことは言わないし仕事がはやい。文化には多趣味のユウゼンは、名品や珍品、流行から伝統の舞台までなんでも見たがるため、すぐに移動しやすい手頃な馬車が用意される。

 日が暮れる前には目的地へ辿り着いていた。


「失礼します。こちらユウゼン・オブ・オズです。通していただけますか?」

 モリスが得意技「人のいい笑顔」を繰り出すと、案の定受付にいた男は釣られて友好的に笑う。

「おお、カカシ皇子ですね! どうぞ、遠慮なく」

「……カカシじゃな──」

「そうですそうです、ではちょっと見学させていただきますね〜」

「…………」

「ほら、殿下、何を国が滅びたような悲壮な顔してるんですか? さっさと行きましょう!」

「……こんな国、滅びたほうが──」

「さっさと行きましょう!」

  

 ユウゼンはにこにこと笑うモリスに引きずられていき、受付の男は暖かい営業スマイルでそれを見送った。

 


「で、結局なんなんです? 軍事に流行でもありましたっけ?」

「いや、別にそういうわけじゃないが……」


 無骨で歴史がある石造りの建物に硬い足音がこだまする。

 ここは首都アレクサンドリアの訓練施設と同じぐらいに広く、実用的だった。


 オズ皇国は北と西を海に面していて、南もオニキス海峡という自然の国境が引かれている。唯一東側が他国と国境を接しており、北東のカルベ山脈とテパーンタール砂漠を越えれば東の大国「葦原(あしはら)中国(なかつこく)」、このヘテロクロミヤ・アイディスをほぼ真東に進めばシルフィの「マゴニア王国」と、その南に双子のような小国「カムロドゥノン」が隣接する。

 そしてオニキス海峡を挟んで南に、歴史上もっとも争ってきた大国ティル・ナ・ノーグがある。海峡上の島国を取り合い、時に本土にも攻め込み合う間柄だが、今は戦争もなく、お互いに沈黙を守っていた。

 要するに国境争いが起これば首都の東に位置するここから辺境要塞へ援軍を送る。場所柄もよかったため、この都市は首都をしのぐほどに栄えてきた。

 

「カカシ皇子! 今日はどうしたんだ?」

「スニス将軍」

 

 東方部隊の将軍の中でも若く、ユウゼンと親しくしているスニスが出迎え、二人に声を掛けてきた。

 若いといっても、大きい。背が高くガタイもいい。顔もアレなので、他の将軍たちと並んでも別に何も遜色ない。カラシウスがアレクサンドリアの兵を率いるときは感慨深く絵になるし、余計な心配をしそうにもなるが、スニスに限ってはそれはない。


「なにか憐れみの視線を感じるが気のせいだろうか」

 スニスが微妙な表情をし、ユウゼンは目を逸らした。


「憐れみがあるからこそ世界は平和でいられるんだ」

「相変わらず小賢しいいい訳をしてくる奴だな……ところで、前に紹介してくれた舞台、令嬢に大好評だったぞ! また紹介してくれ」

「ああ、別に構わないが」

「あと、ボードゲームでもカードゲームでも新しく耳に入ったらすぐ教えろよ。研究して今度こそお前に勝つからな!」

「はいはい。それより将軍、今日ここにシルフィード殿下がいらっしゃってないか?」

 

 スニスは目に見えて固まった。わかりやすすぎる。

 ユウゼンは前々から思っていたが、あんまりにも駆け引きに向いていないのではと余計な心配をする。


「いやあ、きょうはいいてんきでさいこうのくんれんびよりで」

「もう夕方だろ。で、どちらに? 流石に野外か」

「いやいやいやちょっとれーせーにかんがえるときっと」

「安心しろ、別に報告するつもりもないから。すでにカラシウスは知ってたし」

「か、カラシウス殿下が……」

 

 何だか敬いの程度が明らかに違うが、まあ仕方がない。ユウゼンは訓練でも「真面目にしろ!」と怒鳴られる対象、兵達とは遊び仲間という具合、対するカラシウスは首都アレクサンドリアの兵を率いるほど気骨と統率力があり、腹黒いから軍師としても優秀だ。

 それもあって、スニスはあっさり観念したらしい。


「実は冗談で誘ったんだ……夜会で、シルフィード王女と話す機会があって、俺なんかの話に興味持ってくれたから、舞い上がってつい。よかったら見学でも訓練でも来てくださいって」

「はー、そしたら本当に?」

「ああ……驚いたし、最初は兵たちも唖然としてたが、すぐ打ち解けて、それからは大歓迎ムードだよ。なんせかわいくて性格もいいから。だが他国の姫様だし、一応機密になるようなものは気をつけるようにしている。今は兵たちがシルフィード殿下の訪問を楽しみにしすぎていて、何か否定的なことを言ったら殺されそうな雰囲気だな」

「なるほど……」


 って、それでいいのか将軍。






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