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Epilogue...終話

 声が聞こえた気がした。



 

 でも、誰の声かシルフィードには分からなかった。

 分からないうちにふと自分の身体を視界に入れると、血がべったりと付着していた。鮮やかでぬるぬるしている。赤くて小さな虫みたいに蠢いて身体を這っている。あの日抱きしめたカーヤの血だと、反射的に思った。


 恨んでいるのでしょう。

 壊して。もっと壊して私を消してしまっていいよ。


 自ら死を選ぶことが出来ないほど思考も身体能力も滅裂で、一秒前に何を考えていたのかすぐに分からなくなって、身体がだるく床に這い蹲って揺られていることしか出来なかった。起き上がれない。何も感じない。心も、感覚も。そう、思おうとしているだけ?


 揺られている。運ばれている。献上される人形。セクレチアの匂い。何もかもふやけて何度も幻覚に襲われる麻薬の香り。


 ふともう一度視線を動かすと、もうそこから血は消え、東国風の華美な衣装の一部が赤い布を覗かせているだけだった。

 鉄格子の嵌められた乗り物ともいえない檻の中は内側に薄い金色の布が張られ、外からも中からも何も見えなかった。厳重な鍵のかけられた扉の前に布と布の隙間が僅かに開いていて、一筋の陽光をもたらし、シルフィードの衣装の上で不思議な陰影をつくっていた。手を伸ばす。祈る。願う。こんなにも望んでいる。

 

 神様。かみさま。

 堕として。

 


 煌めく優しい光。物として飾り付けられ緻密に化粧を施された身体に、溶けてしまいそうなほど冷たく柔らかく温度を残していく。ふわりふわりと、偽りの心地よさと嘔吐感を抱えながら空白の木漏れ日を捕まえようとしていた。間違えたんだ。頭の中だけで呟いた。

 今度、もし、生まれ変われるとしたら、わたしはきっと生まれてこないから。生まれてこようなんて思わないから。

 お願いします、だから、どうか。



 声が聞こえた、気がした。

 誰の声か、シルフィードにはわからなかった。



 "……シルフィ……″



 耳を塞ぐ。身を縮めて目を閉じる。

 縋ってしまいそうになる幻。

 そんな資格はなくて。

 思い出すことさえおこがましくて。

 青く透明な海みたいだった。

 穏やかで深い瞳だった。



「っ……ぁ……あ、ぁ……」



 視界がぼやけて、横隔膜が痙攣して、もう、みっともない呻き声しか漏れてこなかった。楽しい、なんて、知らなければよかったのに。わたしがわたしでなければよかったのに。悲しくて冷たくてとても幸せだった。覚えていたから。あの人の声。わたしを気にしてくれた。本当に優しくしてくれた。依存してしまいそうだった。夢見てしまった。痛くて、苦しくて、とても幸せだった。幸せだなんて、思ってはいけないのに、そう思っていた。



 ユウ。



 掻き消すように呼んだ。

 遠くで声がして、隙間からの木漏れ日が翳った。



                      ※



 その日、夜明けを待って、カラシウス率いるオズ皇国の東方部隊は、驚くべき迅速さでマゴニアの首都ユミルまで進軍した。

 ラティメリアの承諾により兵を借り、セラストリーナの交渉によって十二月卿と連携して道を通した。

 カラシウスの精鋭部隊は圧倒的な力でヨートゥン宮一帯を制圧し、マゴニア王軍を無力化させた。ユウゼンは十二月卿や六月卿の協力の下、葦原中国(あしはらなかつこく)へ出立しようとしているマゴニアの第一王女を探した。

 広い階段を上った空間、派手な行列を成していた人々が驚いて逃げ出してゆく。

 宮殿の丁度入り口辺りに一際豪奢な輿が見えた。


「兄さん、あれ!」

「シルフィっ……」


 雲の多い青空の下、白い石畳の上で金色に輝く箱は、どう見ても動物を閉じ込めておくような頑丈な檻だった。ユウゼンは一瞬息を飲んで足を速める。なんて扱いを。許さない。


「……、………!」


 そのとき宮殿の中から、身なりのいい男が走り出てきて何かを喚いた。まだ残っていた王軍が阻むように檻を運び去ろうとする。


「トロヤンか。不運な」


 呟き、自慢の黒馬に飛び乗ったカラシウスは風のように駆けながら馬上で剣を抜く。その気迫に圧倒されながらも弓を射るマゴニア兵の矢を叩き折りながら、いとも容易く薄い防御を断ち割る。そして呆然と目を見開くマゴニアの宰相、トロヤンの首を一息に斬り落としていた。

 一瞬の静寂。

 その場にいたマゴニア兵達の大部分は逃げ出し、一部カラシウスに剣を向けた者達は、次に宮殿から姿を現した王によって屠られる事となった。

 近衛にオズ第二皇子を守らせた少年レリウスは、馬上から面白そうに自分を見下ろすカラシウスを真っ直ぐに睨み付け立ち止まった。そして硬い声で、


「私の、仕事でした。感謝致します……」

 ゆっくりと膝をつき、マゴニア式の礼を取る。

 美貌の指揮官は満足そうに目を細めて馬首を廻らせた。

「ふ……上手くやっていけそうだね。今日は突然お邪魔して申し訳ない。人攫いが済んだらすぐに消えますよ」



 ユウゼンは輿に駆け寄って、その冷たく固い鉄格子を掴んで叫んだ。


「──シルフィ? シルフィ!」


 内側に掛けられた薄い金色の布が僅かに揺れる。いる。彼女が、ここに。胸が一杯になって、鍵のかけられた檻の扉を力任せに叩こうとする。ちょっとは落ち着いたら、とカラシウスに押しのけられ、入手したらしい鍵で檻が開く。独特な麻薬の香りがふわりと漂い、何枚も布を重ねて飾り付ける葦原の衣装に包まれた少女が────





「シルフィ……!」


 



 柔らかそうなブラウンの髪、青白い肌、化粧でそこだけ赤く色づいた唇。

 命が尽きる寸前のようにぐったりと倒れる彼女をその中から助け出して、思い切り抱きしめた。ぽつ、と水滴がユウゼンのうなじを濡らした。静かな涙。僅かな体温。二人とも、震えていた。信じられなかった。会えた。会いたかった。やっと、会えた。


「シルフィ……、お、れ、……わかる……?」


 少しだけ身体を離して、近い距離で見つめあう。強張って抜け落ちた表情の中、美しいシルヴァグリーンの瞳からとめどなく涙が零れ落ちていた。音のない声が呟いた。

 ユウ。

 ああ、と返事をした。シルフィの綺麗な顔が歪んだ。嗚咽が漏れた。ユウゼンは胸が一杯になって何度も拙い謝罪を繰り返した。泣き止んで欲しくて濡れた彼女の頬を拭う。

 そして、一度も彼女に伝えられなかった思いを口にしていた。



「好き、だ……俺は、シルフィが──好きだ。ずっと、会った時から……馬鹿なことばっかり考えて、どうしても言えなかった……!」

「────」

「もし、許してくれるなら、これからずっと側に居てほしい」

 

 声が震えて、ユウゼン自身も泣いているのに、今さら気付いた。嬉しくて悲しくて苦しくて。ぐったりと力ない少女と支えあいながら、シルフィードが呟く声を聞いた。


「う、れし……あ、りがとう……ゆめ、なら、殺して……」

「嫌だ!! 何言ってんだよ……! 夢じゃないってっ……」


 似ていたのだ。

 世界は変わらない、どうしようもないのだと思っていた。望むことも出来ずにいただけだった。緩く包み込むような風が吹いた。狭くてもそこには距離がある。側にいたい。証明したい。信じて。生きて。ユウゼンはシルフィードの身体を引き寄せ、そしてその唇に口付けた。不器用な感触と呼吸を通じて、涙の味と麻薬の香りを分け合って、確かに互いの存在を伝えた。


 

 遠巻きに整列していたオズの兵たちから空まで届くような歓声が上がる。


 

 そうして──極度の疲労と緊張の糸が切れた二人は抱き合ったまま、ゆっくりと意識を手放した。







 

 

 翌年、オズ皇国では新しい皇帝が誕生する。

 後に「麗帝」と呼ばれるその優秀な指導者の名を"アルティベリス帝″という。

 オズとマゴニア王国は同盟を結び、更なる発展を遂げることとなる──











                     ※


「と、いうわけだよ。面白い話だろう?」

「うん! ハッピーエンドだね!」

「二人は幸せになったんでしょう?」


 オズ皇国、ハルジオン公爵の屋敷の大広間で話を聞いていた双子は元気に声を上げた。七歳になったばかりのそっくりな男の子と女の子は、少しくせのあるブラウンの髪を揺らしてかわいらしく首を傾げてみせた。

 暖かい暖炉の前、いすに腰掛けて物語を聞かせていた少年は、落ち着きのある柔和な表情で頷いた。


「もちろんだよ。今でもとても仲がいい」


 そして、近くで書物を読んでいた黒髪の少年が非常に微妙な表情をしながら口をはさむ。


「……あの、それって、家の両親の……」


 暖かい飲み物を運んできた鮮やかな緑の髪の女性がくすくすと笑い声を漏らしていた。

 双子が不思議そうに顔を見合わせる。

 原色の青色を纏った語り部は、黒髪の少年の言葉を緩やかに静止して、物語を締めくくった。


「まあつまり。これはカカシだったある皇子と、蜂鳥のお姫様の、ちょっと非常識な物語……かな?」














最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました…! 

最初は気分転換にライトでコメディーな恋愛話を書こうと思っていたのですが、ユーモアセンス皆無なため後半ぐちょぐちょになりましたすみません; いえでも楽しかったです。読んでくださる方や感想下さる方もいて無事頑張れました。もし全て読んでの感想など頂けたら超喜びます^^(一言とかリクエストとかケチとかなんでも歓迎です)

では、長い話にお付き合いいただき本当にありがとうございましたm(  )m


(ちょっとだけ余計な感謝を込めて↓

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