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王国と鳥(1)



夢を見ることが好きでした。










夢を見ること以外、好きではありませんでした。

わたしには決められたことが多くありました。

わたしは、あいというものをしりませんでした。

だからわたしは何も感じませんでした。

感謝、嘆願、悲しみ、憎しみ、喜び。

それらは生存権で、外側にあるものでした。

外側にあり、考えるだけで疲れてしまいました。

そういうときには夢をみます。

遠くのことを考えたり、空を滑る感触や、幻の風景、親切な魔法使いの事を考えるのです。

透明な鳥に似ています。

透明な鳥は、見えないから何をしなくても存在していいのです。

夢の中で透明な鳥は、ジユウで、奔放で、楽しく飛んでいます。

いつまでも、いつまでも────いえ。

鈍重な足があることに気付きます。貧弱な手があることにも。がんじがらめの体や。仮面のような顔。偽善を吐く喉。空っぽの心。

それはわたしでした。わたしでした。醜いわたしでした。わたしでした。私。ワタシ?

そういうときには夢をみます。

夢をみることが好きでした。

わたしには決められたことが多くありました。外側にあり、考えるだけで疲れてしまいました。いつまでもいつまでもいつまでも


『裏切ればいいのだよ。人形同士、仲良くしないかい?』


ある日出会った原色の青は、わたしのようであり、わたしのようでなく。とても、純粋なもの達を連れていました。

純粋な彼らはわたしに要求しませんでした。夢に似ていました。彼らは、内側でした。

でもわたしは彼らではありませんでした。

わたしは醜いのです。

彼らは醜くないのです。

そういうときには夢をみます。

だからわたしは何も感じませんでした。

遠くのことを考えたり、空を滑る感触や、幻の風景、親切な魔法使いの事を考えるのです。わたしは、アイというものをしりませんでした。


『シルフィ?』


それは、精一杯、温かな人柄で国を包むように守る、優しいカカシのような人でした。

感謝、嘆願、悲しみ、憎しみ、喜び。

どんなものも受け入れて、楽しそうに、生きる力にしているのでした。

いいな、と思いました。透明な鳥。いえ。親切な魔法使い?

わたしには決められたことが多くありました。

わたしには決められたことが多くありました。

わたしは、愛、I、というものをしりませんでした。



『シルフィ』


それなのに心地よかったのです。

夢のようでした。

夢ではありませんでした。

鈍重な足があります。貧弱な手も。がんじがらめの体や。仮面のような顔。偽善を吐く喉。空っぽの心。

醜い私でした。

恐くなりました。夢を見ることが、好きでした、けれど。

透明な鳥は、見えないのです。そうしたら、あの人にも、見えないのでしょうか?

空の心が、崩れそうに、怪我もしないのに、痛むのです。

わたしは、あい、というものをしりませんでした。

アイしたこともアイされたこともわかりませんでした。

現実の夢。夢の現実。

覚めないでください。醒めないで。どうか冷めないで。褪めないでください────






『オマエノセイダ』





内側から崩れ去った透明な鳥。

もう、夢をみることができない。



こんな私など、初めから 存在しなければ──







                   ※



 タルタ二世が死んだ。

 シルフィードはベッドの上で目を覚ましたとき、淡々とした声でそう告げられた。平然とした何の感慨もない声だった。マゴニアの愚王が死んだところで、という心理にも、本当はとっくに死んでいたが公表することにした、というただの連絡とも取れた。

 マゴニア王国の首都ユミルにある王家の住まい、ヨートゥン宮の一室は静寂に包まれている。

 マゴニアの宰相であるトロヤンは、茫洋と天井を見つめるだけの王女を眺め、再び言を繰った。


「貴方があのような事をしておられたとはな。傀儡だけではなく異形をも囲うとは。忌まわしき家訓のせいだけでもあるまい……愚かにも己の影を見たか?」


 返事も反応もない。

 ただ、少女のガラス玉のような目から静かに水滴が流れ落ちただけだ。まるで人形が泣いているようだった。


「ばれないとでも思っておられたのか。潮時ですな」


 トロヤンはシルフィードと相反していた。東の大国、芦原(あしはら)中国(なかつこく)が道を譲れと言ってきたことが始まりだった。マゴニアは資源に乏しいが、各国に通じる貿易路がある。道を譲る、ということは属国になれということと同義だった。シルフィードはその事態を懸念しオズとの関係強化によって葦原からの圧力を退けようと考えた。トロヤンは葦原の条件をある程度受け入れた上でその保護を受けようとした。王子、今は王であるレリウスはシルフィード寄りの考え方をした。タルタ二世の後妻でありレリウスの母ルサールカ妃は浪費家かつ保身ばかり上手い女で、甘言と金品によって簡単にトロヤンに靡いた。

 それだけの話だった。


「私とて全て芦原に乗っ取られるつもりはない。だが貴方のように甘い考えもしない。負けた貴方は葦原への貢物になって頂く。葦原の天子は貴方をぜひ側室に欲しいと」


 返事も反応もない。

 ゆっくりと瞬きが時折されるだけの青白い顔。美しき慈善家、シルフィード王女の評判は一夜にして偽善者の裏切り者として地に落ちた。トロヤンは、所詮民などそのようなものだと思っていた。いくら恩恵を受けようと、それが続けば当然と思い、裏切られた途端に手のひらを返す。最も、シルフィードのようなテンペスタリ家はまさしく義務的な慈善であり、そこには何の感情もなかっただろうが。


「──トロヤン? そこで何をしているっ」


 部屋に唐突に音が戻ってくる。飛び込むように入ってきたのは幼王レリウスだった。容姿だけは美しいルサールカの血を受け継いで、端正な顔立ちとダークブラウンの髪を持ち、父には似ず堅牢な意志と聡明な頭脳を持ち合わせている。堂々と戴冠式を済ませ、マゴニアを守り人心を掌握しようと苦心していた。

 それでも、子どもという壁は乗り越えられはしない。経験も知略も拙かった。


「これは、レリウス様……お久しぶりでしたから、ご挨拶を申し上げていただけですよ」

「軽々しく王の名を呼ぶな! 今すぐに出て行け」


 すぐに感情をあらわにしてしまうところも。合格とは言い難かった。

 

 ──それでいい。


 そうでなければトロヤンが主導権を握ることができない。憎いわけではない。マゴニアのために。

 トロヤンは何も表情には出さず、丁寧な礼と共に部屋を退出していった。


「姉上、大丈夫ですか。姉上? 泣いているのですか? どこか、ひどく痛むところが……」


 王としての気丈を保ち、年令にそぐわぬ覚悟を持つレリウスですら、シルフィードの様子を前にすると顔をゆがめた。


「……ちがう……なにも、感じない……」


 ぽっかりと開いた洞のような声は、若き王の心を凍らせた。レリウスはシルフィードの頬に触れようとしていた手を止め、ぎゅっとそれを握り締めた。


「貴女は、どうして、一人で全てを背負おうとしたのですか……? そんなことは望んでいなかった。私が頼りにならなくとも護国卿や六月卿も協力できた……それに、あの者たちを囲えばどうなるか、分からなかったはずがない」


 哀れでも自業自得ではないか、とレリウスは冷たく震える声で言った。



 

 


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