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欠けたる者達の女王(4)

 とっさに何を言えばいいのか、言葉に詰まった。

 住人たちは、シアンと並ぶユウゼンを不思議そうに見ていた。新しく来た傀儡だと思っているのかもしれない。しかしユウゼンは傀儡ではない。彼らにとって、普通の人間はほとんど敵なのではないか。だからシアンは気をつけろと言ったのだろう。

 尋ねる。


「俺は、入っても、いいのか? ここに……」

「入りたくないですか?」

「そういう意味じゃなく……差別、されたんだろ」


 苦し紛れに確認すれば、シアンは何か、例えば無邪気に虫でも殺しそうな笑みで頷いた。


「そりゃあもちろん。苛虐、迫害、惨憺。こんなところに住んでるわけですからね。あ、もしかして後ろめたいですか? なるほど。つまり自分の方が環境でもなんでも優れていると思うんですよね。自分は違う、あんな風じゃなくてよかったと。いいですね、実に醜く人間らしい感情だ。大丈夫、オズには馴染みのない問題ですし、こんなどうしようもない部分見たくなくなる気持ちはよくわかります。こんなところまで来てもらって申し訳ないですが、無理せずお帰りください。さあどうぞお気をつけて──あ痛っ」

「アホゥ! あふぉおぉぉー!」


 ユウゼンは反射的に奇声を発しシアンの頭を殴っていた。

 青の傀儡は殴られるとは露とも思わなかったらしく、痛そうに頭をさすりながら唇を尖らせて、恨めしそうな目を向けてくる。

 ユウゼンは睨み返し、行儀悪くシアンの顔に指を突きつけて叱責した。


「お前は! 心の弱い部分だけ引きずり出そうとするクセをどうにかしろ! 確かに人間のバカさでお前らがひどい目に合って、それはとにかく申し訳ないけど! いつまでもただ決別してお互いに禍根を重ねたってしょうがないだろ! 利用でもなんでもいいし、そう簡単には変わらないし、腹が立って仕方ないかもしれないが、同じ世界に暮らすしかないんだから、何かを守りたいなら、少しずつでも努力をしろ! シルフィは理解してくれたんだろ? 俺だって、もう傀儡や異形って呼ばれてる奴等を差別したりしない。それとも全然駄目なのか? もう絶対に受け入れられないのか? 全て許せないのか? 違うだろ?」


 とにかく、頷いてほしかった。

 遠巻きに住民の何人かが立ち尽くし、シアンは頭をさすっていた手を下ろす。嫌な緊張感の中、風の擦れるような細い音が聞こえる。

 もう笑っていなかった。異様な雰囲気が辺りを押し包む。シアンは恐ろしく冷ややかな目でユウゼンを見上げて、平坦な声を出した。

 シアン? これが?


「私はね、普通の人間だったらもう何度死んでいるか分からないんだよ」

 

 動けない。動けない。

 深淵を湛えた瞳。青の中で暗い炎が蝕むように燻っている。

 憎悪だ。永遠に消えることのない。


「知らないだろう? 痛い。痛くて、痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて──教えてあげたくなる。全部殺したくなる」

 

 森の木々がざわめく音しか聞こえない。

 汚染しねっとりと絡みつく眼光。暗い。暗すぎる。一生冥暗の中に向かって、出口などどこにも──


「色々あったよ。剣で斬られたり、槍で貫かれたり、弓で射られたり、燃やされたり、気付いたらほとんどの仲間がぐちゃぐちゃにされてたり遊戯のように狩られたり殴られ蹴られ、後はなんだったかなあ? 何にもしてないのにね。不公平だったんだよ。すごくねぇ。私は実験動物にされていた頃、稚気にも外に出てみたかった。残念ながらまだ若くて、何も知らなかったのだね。狂乱で魔術師が死んで、逃げだしてみたら、地獄に生まれたのだなと理解できた。当然の顔で迫害するのさ。不公平だから、殺してやったよ。色々ね。気に食わない奴。執拗に追ってくる奴。仲間を殺した奴。魔術師。要人。貴族。役人。皆、私が死んだと思えば油断したさ。それで殺し返した。おあいこだろう? カムロドゥノン連邦国辺りじゃあ、一時期青い死霊なんて呼ばれていたみたいだ。光栄だねえ。本当に。お前は、そんな私に救済をせがんだんだよ。理想的で綺麗な言葉だ。でも。さあぁ、出来るのかな? 受け入れられるかな? 許せるのかなあァ?」

「し、あ……」


 首に手がかかっていた。両手。少年の、蛇のような細い手。それでも動けなかった。呪縛。振り払えない。パニックでとにかく息を吸おうとして、名前を呼ぼうとした。やめてくれ。苦しい。死んでしまう。コロサレル。

 呼吸困難で目の前の色が変わる瞬間、笑い声が聞こえた。


「好きに呼ぶがいい。どうせ名などないのだから。(シアン)より死霊(ファントム)がふさわしいか? っ……」


「────がっ、はっ……はあっ……う、げほ、えっ……ぁっ……」


 闇に落ちる寸前、だった。

 ユウゼンは急に呼吸が自由になり、地面に倒れこんで喉を押さえのた打ち回った。吐き気。生理的な涙が出た。吐いてしまう。誰かが、そっと背中に触れてきた。触れるか触れないかの感触。


「大丈夫?」

「あ……ぁ……ぐ、」

「うちの長老はひねくれ者だから。悪かったね」

「はっ……はあ……、すまない……」


 まだ、子どもの、少年の声だった。認識が回復し、ユウゼンはなんとか吐き気を押さえ込み、地面に手をついて、自分をシアンから助けてくれたらしい男の子に顔を向け、


「────」

「……。気持ち悪いでしょ。いいよ、別に。ひどいことしなかったらどう思っても」


 一瞬、息を飲んでしまった。

 十代の中頃か。少年は、日焼けした顔の左側が大きく腫れ上がっていた。頬を中心として、そのせいで左目や唇が圧迫され、垂れ下がって歪んでいた。

 少年はさっと手を引くと、視線を避けるように顔を背けた。ユウゼンはすぐに気持ちを落ち着けると、首をふって、なるべく自然な笑みを浮かべてみせた。


「いや……ちょっと驚いただけだ。ありがとう。俺はユウゼンという。名前は?」

「え……」


 握手のための右手を差し出した。 

 少年は口ごもり、何度もユウゼンの手と地面を見比べた。どうやらユウゼンの行動が信じられないようで。根気強く待つ。少年は手を取らない。むっとした表情で黙ったまま粘る。結構粘る。だめかと思いながらそれでもしばらくじっとしていると、一分後、ため息と共におずおずと手が握られた。


「ちょっとだけシルフィードさんみたい。……アダマントだよ。ユウゼンさん。ん?」

「そっか、よろしく、アダマント」

「……。ちょっと待とうか。あなた、ユウゼン・パンサラ・オルシヌス・アレクサンドリアではないよね。それはない」


 アダマントは、衝撃の事実に直面して冷や汗をかきはじめた。まあ、あまりない名前だろう。ユウゼンは特に不都合もなかったので正直に頷く。


「実はそうです」

「ちがう」

「いや、全否定されても」

「やだ! いやだ!」

「いや、嫌がられても」

「カカシぃ!?」

「……(゜-゜)ナンダッテ??」

 

 ユウゼンが高速まばたきをしながら言葉を探している間に、アダマントは突き飛ばされた状態のまま地面に座っていたシアンに詰め寄り、ガクガクと胸倉を揺すりはじめた。


「長老! このジジイ! 何殺しかけてるんだよあんたやってること破滅的じゃねえか! 皇子なんか殺してみろ、こんな村一瞬で潰されるだろこの耄碌!」


 至極最もだった。シアンは、


「えぇ〜、だって山登って疲れてたし、何かちょっとムカついたし」

「(゜-゜)」


 アダマントは魂が抜けたような顔でシアンを解放し、がっくりと肩を落としながらユウゼンを手招きした。


「もう、いいよ……ユウゼンさん。こんなボケ老人ほっとけ。この村の守り手に会わせてあげる。彼女の許可が下りれば、村を好きに歩いていいと思うから」




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