Figure of Futurology....「西方の森の伯爵」
気付けば頻繁に視点が変わってしまっていてすみません;;
読みにくいなどあれば教えてください…!
「はあ……」
ユウゼンは若干腫れぼったい目を軽く押さえながら、深夜の城門を潜った。
やけに色々あった。
酔っていたとはいえ、思い出したくもないような事。または、胸が痛くなるような。
ビディーの純粋で飾らない言葉に触れて、思わず自分の本音もこぼしてしまった。ふられていたとしても、何も思われていなくても、今の自分はシルフィードが好きなのだと。あまりに馬鹿馬鹿しすぎて、泣くしかなかった。なぜ自分は第一皇子だったのだと悔しさや怒り、悲しさが噴出した。
自分だけじゃない、どんな身分にだって、望まない婚姻など珍しくない。それでも、それならそれで、好きだと絶対に口にしなければよかったのだ。それだけの意志は持っていたはずだったのに────
ビディー。
あまりに真っ直ぐで、正しいとか、間違っているとか、浮かびもしなかった。
所々燭台があるだけの暗い廊下。深緑の絨毯が闇を吸い込んでいる。
窓の外には月もない。
うつろに私室への道を辿りながら、ユウゼンはぶつぶつと、世界を変えられるだけの言葉を探していた。
「世界は、……そうであると、定められている……」
「──そこに心はあるのかい?」
「ほぶしっっ!!」
ああ、本当に。
そのときのありえない奇声のわけを、誰でもいいから懇切丁寧に聞かせてあげたかった。
いきなりぞわりと背筋を撫でられたような恐怖体験。だってユウゼンは今しがた自室のドアを開けたのだ。まぎれもなく自分の部屋だ。もちろん一人用。深夜。部屋、暗い。人いる。声した。
つまり──
「暗殺!? セクレチア!? カラシウスっ!?」
「ん? 何を言っているのかな?」
パニックで切実な本音を喚くユウゼンの目の前で、不意に小さなランプの火が灯る。
そして、不気味な男の首から上が、顎の下から照らし出されて眼前に出現した。
「ぎゃあああぁあ!! 幽霊! 生首! お化けが! 八つ墓村!(?) うわーうわ゛ーばばばぁあああ!! って……」
ユウゼンは叫びまくって廊下に飛び出した瞬間我に返り、部屋に駆け戻って、微動だにせず生首を照らし出すランプを思いっきり叩き落とした。
「なにしてんねんワレなにしてんねん!? ここ人の部屋!? せめて最初から明り!? ていうか普通に訪問!!」
「どうやら 動揺のあまり後半部が言えないようだ」
「説明してんじゃねー!!」
ユウゼンは 疲れた。
※
「で……なんの用だったんですか。むしろあなたはなんなんですか。何の意味があって存在してるんですか」
「ん? ユウゼンは伯父さんのことを忘れたのかな? これでもハルジオンの伯爵をしているんだがね。人はよく私を西方の森の伯爵と呼んでいるよ」
「……あーもう。知ってますよそんなこと。そういう意味じゃなくて……もういいですから、用件。早く用件。即。むしろくたばれ」
登場しただけでユウゼンをやつれさせた壮年の紳士は、皮肉を全く理解しない態度でFAFAと笑っていた。
黒を基調にした完璧なお洒落で、年齢不詳の若々しい顔、白い髪だけが逆に不釣合いに思われる。現オルシヌス帝の兄で、つまりユウゼンの伯父にあたる、ハルジオン地方の伯爵だった。
オズは広いが、ハルジオンは海に面した一番西の土地で、ほとんどが広大な森というどうフォローしようが僻地である。彼の前の伯爵も退屈で投げやりになっていたという。そこにこの、皇帝の地位も余裕で狙えたモデストゥス・フリッグ・シンダリアは、嬉々として住み着いた。当時はそりゃあ話題になったらしい。そしてモデストゥスはよほどの用事がなければハルジオンからこちらへくることはなかったので、ユウゼンもそう面識があるわけでもなかったのだが──
要するに変人なのだ。
どう考えても。
畜生め。
どんより根に持つユウゼンを意に介することもなく、西方の森の伯爵は、椅子に座って勝手に部屋にあった積み木を取り出して遊んでいる。
「いや、偶に帰ってきたから会える人には会っておかなければ損だろう? やれ、そんな死人のような顔をするもんじゃないよ。さっきの登場はちょっとした趣味だよ。うん。いわゆる悪趣味だ。ん? もう寝るには遅い時間じゃないか。起きろ起きろ」
「痛いから積み木を投げるな! 子どもですかっ」
再・幻滅して寝ようとしたユウゼンは頭に木の角が当たって思わず怒鳴る。マジでありえない。深夜だ今は。伯父じゃなかったら間違いなく窓から落としている。いや、別にいいかも。問題ないかも。今からでも遅くないかも。
と、そんな検討をしていていたのだが、ハルジオン伯爵はにこにことのんきに話を続けた。
「そう。ユウゼンはオルシヌス二世として即位する気かね?」
「え……いや、まあ」
それは、妥当であるし。
いきなり、何を言い出すのだろう。
ユウゼンは突然の質問に面食らっていた。正直に言うと、怯んでしまった。怯んだ自分に動揺した。
『世界ハソウデアルト定メラレテイル義務ヲ果タシテイレバ「決メラレタ範囲」カラ落チルコトハナイト知ッテイタ定メラレタ未来ノ皇帝決定事項ヲ怖ガッテモ何ノ意味モナイ不満モ不安モナイソウ出来テイルンダカラアッタッテ仕方ガナイジャナイカ』
──そこに心はあるのかい?
ハルジオン伯爵の、言葉が一瞬にして脳裏をよぎり、かっと頭に血が上る。心? 何言ってんだ。何も知らないくせに。何様のつもりだ。
「なるほどな。ところでさっきユウゼンはくたばれと言ったが。そうなんだよ。まさにそこだ。ジャストミートー!」
「痛っ! だから痛いから積み木投げるな畜生! 危険ですから投げて遊ばないで下さい!」
「ごみん」
「は、反省してねえ……」
どこかの注意書きのようなことまで叫んだというのに、明らかに誠意が感じられなかった今。
暗い怒りもどこへやら、落ち込んで体育座りで地面を眺めるユウゼンを、やはり意に介さず、ハルジオン伯爵は再び話し始めた。
「つまりなんのことはない。知っての通り私には跡取りがいなくてね。隠居のことを考えて、ちょっと宣伝しておこうと思ったんだよ。その辺から養子をとってもいいんだが、どうせだから向いている人がいい」
「え……」
ユウゼンは顔を上げた。それは完全に予想していなかったことだったから、ぽかんとした。
確かに、モデストゥスには子どもがいない。誰とも結婚していないことになっている。でも、オズの人々は彼が生涯にただ一人、市井の女性を妻にしたことを知っている。王家に認められなかったし、長く生きられなかったというその人を、おそらくハルジオンの人々が語り継いだ。
未来の皇帝に、平然と伯爵の跡継ぎを薦めるとは。
わけが分からないくらい気が抜けて、初めて、自然と言葉が出てきた。
「……ハルジオンは、良い所ですか」
この人が変人だといわれるのは、純粋であることと同義なのだ。きっと。
問いかけに対して、西方の森の伯爵は自信たっぷりに大きく頷く。
「実に素晴らしいよ。来てみれば分かる。そう、森の砂漠の奥深くの、海に届く場所にある小さな島がある。時間になると陸から島へ、虹が架かる。それは――」
話は尽きず、結局いつの間にか夜が明ける。
テーブルの上の積み木は積み上げられず、大きな丸の形に広がっていた。
どこがどうとは言えないけれど、やけにこの人らしいと、ユウゼンは思った。