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深窓の姫君と二人の紳士(2)

 アレクサンドリア王城の奥にある一角。

「セラ、久しぶり。元気だったか?」


 ユウゼンが侍女に案内されて可愛らしい部屋に入ると、窓辺の白いイスに腰掛けていた金髪の少女がぱっと立ち上がった。



「ユウ兄さん……! 来てくれたんですね!」



 少女は、ラベンダー色のドレスが雪のように白い肌に良く似合っていた。白と緑で統一された部屋と、窓からの壮大な夜景がおとぎの世界にきたような印象を与えていて。まさに深窓の姫君という言葉はセラストリーナのためにあるんじゃないだろうかと思われた。

 母親譲りの繊細でまっすぐな金髪に、カラシウスの妹と納得できる美貌が映え、また綺麗になったなと年寄りじみたことを考えたりする。これで、人見知りが激しくなければ完璧なのだが、あまりに人前に姿を現さないから国民にも諸外国にも地味な印象しかない。

 もったいないとは思うが、家族の中でも特に自分には懐いてくれているから、密かな優越感も手伝っていつしか甘くなっていたというわけで。今ではシスコンといわれようと、ユウゼンはセラストリーナがかわいくて仕方がないのだ。

 少女はこちらに駆け寄ると、細い声で話し始めた。


「私は元気……あのね、兄さんに教えてもらった楽器、マンドーラ……結構上手くなったのよ。先生にも、褒められたわ」

「そーかそーか、さすがセラ! じゃあ近いうちに聞かせてくれるか?」

「え、えっと、うん……もうちょっと、練習したら、ね……?」


 金髪の、人形のような皇女は、もじもじと手を組んでそう言った。

 とりあえずその恥ずかしそうな上目遣いはマジでやばい。

 約束、と言いながらユウゼンは幸せに浸りつつ絶対嫁にやりたくないと妄想し、


「カカシ兄さん。人のこと放って妄想に浸るのは止めてくれる? 気持ち悪いから」

「あ……お兄様、と……?」


 見事にカラシウスに水を差された。気持ち悪いって……。

 

「ん? どうしたセラ……」


 そのとき、セラストリーナが恐がるようにユウゼンの背中にしがみつく。ま、まさか、カラシウスが自分の妹にまで!?


「くだらないこと考えてないでさっさと紹介したら? いくらカカシだからって何でも許されると思ってるの?」

「思考を読まれた!」

「声に出てるっていうありきたりなつっこみを強制させるってふざけてる? 失脚させるよ? セラストリーナも聞き分けのない餓鬼みたいにカカシの後ろに隠れない。お客様に失礼だろう。さっさと出てきて挨拶する。それともまさかその口は作り物だと?」

「す、すみませ……」


 マジ怖えぇ。

 半ギレのカラシウスの冷たい口調が、今部屋の温度を確実に下げた。その指揮官口調はもはやえげつない。

 セラストリーナも追い詰められた小動物のようにびくっとしてそろそろと進み出てくる。救いの女神は当然のことながら、シルフィしかいなかった。


「いえいえ、大丈夫ですよ。突然お邪魔して失礼しました、セラストリーナ殿下。わたくし、マゴニアから参りましたシルフィード・フリッジ・テンペスタリと申します。どうぞよろしく、して下さいますか?」

「ぁ、お、女の人……」


 カラシウスとは対照的、天使のような温かな笑顔で礼をとったシルフィに、部屋の温度も緩和された。セラストリーナはどうやら軍服から男と思っていたようで、安心したように呟いて目じりの水滴を拭い、ぺこりと頭を下げた。


「し、失礼しました……私、セラストリーナ・サン・アルティベリス・アレクサンドリアです……え、えっと、その、ぜひ、よろしくお願いいたします……」

「こちらこそ」


 お世辞にもちゃんとしているとは言えない挨拶に、カラシウスがやれやれと額を押さえている。まあでも、お前じゃあるまいし。やたら人付き合いが完璧でも嫌だ。

 その分シルフィは臨機応変で優しくて、セラストリーナともすぐに会話が繋がるようになってきた。


「セラストリーナ殿下は、楽器がお好きなんですか?」

「あ、は……い、ヴァージナル(鍵盤楽器の一種)ですとか、ご存知、ですか? これなんですが……」

「これは、綺麗な細工ですね……!」

「ユウ兄さんが、選んでくれて。気に入ってます……」

「どうせだからセラの演奏に相応しいものがいいしな」

「カカシ兄さんはそういうのだけは拘るしね」

「そうそう、それしかないから……って、なんでやねんなんでやねん」

「いや、やる気なさそうにノリつっこみされても」

「ふふっ……」


 和やかな空気が部屋にもどってきて、久々の一家団欒に貶されながらも楽しくなる。シルフィが側にいることも、嬉しくて少しだけ心音がうるさかった。セラストリーナもなんだかんだいって頑張ろうとしているようだし──案外皆甘いから、カラシウスの叱責も不要ではないのかもしれない。


「それで、セラストリーナ。そろそろパーティーとか出てみない? 今度丁度いい夜会があるんだけどね。デビュー戦って奴」

「え……」


 そのうち、カラシウスが有無を言わさない笑顔で提案してきた。セラストリーナは明らかに怯えた表情をしてこちらに身を寄せてくる。こうなれば、ユウゼンとしてはかわいい妹を守らないわけにはいかなかった。


「まあまあいいじゃないか、その内……」

「いつまでもそんなこと言ってたら行き遅れるよ。時には度胸が必要じゃないかな。シルフィード殿下みたいに素敵な方になりたいとは思わない?」

 言いかけたが、ざくっと斬り捨てられた。ごめんさい。

 セラストリーナは、俯けていた顔を上げて、確かめるように頷いた。

「それは──はい、……とても」

「だろう? その夜会に出るなら兄妹のよしみだ、僕が完璧にフォローしてあげよう。ついでにカカシ兄さんもね。それで絶対に恥は掻かせない、ね?」

「は、………………」


 その誘導尋問的誘いに対し、セラストリーナも頷きかけ──たのだが、最後の一文字を言う前にぴたりと固まってしまった。カラシウスのこめかみがピクリと引きつる。待って、キレるな早まるな……。

 願ったところで今一打開策が思いつかない。そんな、どうやら優柔不断が嫌いらしいカラシウスの魔の手からセラストリーナを救ったのは、やはりシルフィしかいなかった。


「もしかしてセラストリーナ殿下、何か不安なことがあるのではないですか?」

「ぁ……そ、の」

「おしゃべり、ですか?」

「だからそういうのは僕と兄さんがするから、いいって言ってるのに……」

「……ダンス、が……」

「「ダンス?」」


 ふっとこぼれた意外な単語に、三人はお互い顔を見合わせていた。セラストリーナはダンスが苦手だった……っけ?

 そんな疑問系の視線を向けると、少女は慌てたように首を振り、


「その、先生以外とは、踊ったことが、ないから……緊張して、失敗しそうで……」

「そうなの? 心配性だな……」

「お前の図太い神経と一緒にするなよ。セラは繊細なんだから」

「じゃあ、どうする……」


 と半ばやる気のない言い合いをしていたところ、ふっと、ヴァージナルの音色が響いてきた。シルフィが侍女を呼び、弾かせているのだった。皆がそちらに注目すると、シルフィはにっこりと微笑み、


「じゃあ、今から練習すれば大丈夫になりますよ」

「い、今から……?」

「なるほど」


 ユウゼンは意を汲み取ってセラストリーナの手を取り、音色に合わせて基本のステップを踏んでみた。突然のことに「きゃっ」と小さな声を上げたセラストリーナだったが、練習の成果だろう、きちんとこちらに合わせてついてくる。ラベンダー色のドレスが花のように揺れ、光のような髪が白い肌を彩った。ヴァージナルの音色と窓の外に見える街明かり、微かな夜風がそれらを引き立たせ──、一通り踊り終えるとカラシウスの上品ぶった拍手が鼓膜を揺らした。珍しく、心底感心したような声だった。


「なんだ、素晴らしいじゃないか。その優雅さは才能かな」

 褒められるとは思わなかったらしく、セラストリーナは恥ずかしそうに俯く。

「でも、ユウ兄さんだったから、緊張しなかったのかも……」

「えーと……」


 それ、褒め……言葉? 

 ちょっと考えていると、同じように感心していたシルフィがなにか思いついたように。ふっとセラストリーナの前に膝をつき、胸に手を当てた。


「では……姫、どうか、私と踊っていただけませんか?」

「えっ……!」


 凛々しい軍服姿のシルフィ。その辺の騎士より優雅で美麗な紳士っぷりで微笑むシルフィードに、セラストリーナの顔が一気に紅潮した。

 っていやいや、気持ちはわかるけど、ちょっと待て。それはやばい。


「ふーん……」


 そして、一体どこにどう対抗心を燃やしているのか、実は馬鹿なのか、カラシウスも同じようにセラストリーナの前に跪く。しかも、セラストリーナの細い手の甲に口付けまでしやがった。


「かわいいセラストリーナ。どうかな、最高に綺麗にみせてあげよう」

「ぁぅ……!」


 ご婦人方を悩殺する危険な香りの微笑で、セラストリーナの瞳を捉えるカラシウス。少女は耳まで赤くして固まってしまった。──いやだから、それも駄目だって。しかもちょっとリアルだからその分余計に。侍女も見蕩れちゃってるし……なんだこれ。

 そうして二人の紳士に求愛(?)されて固まるセラストリーナの呪縛を解くべく、ユウゼンは妹の肩を叩き、シルフィの手を取った。


「俺と、踊ってくれませんか?」



 全く。

 そう言うだけでも気恥ずかしいんだから、自分は到底紳士には入れそうもないと思う。

 シルフィは、小さく頷き、初めて会った時のように二人で緊張して、ぎこちなく踊り始めた。

 カラシウスとセラストリーナは完璧なステップを踏みながら、こちらを見て笑いをこらえているようだった。顔が熱いけれど、離れたくはなくて。




「私、夜会に出るわ……がんばってみる……」



 だから――そんな声が聞こえたことも、夢の中で聞いているような気がした。







 


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