操り人形と猫の戯曲(2)
何事もなかったかのように少年は腰を下ろす。
偶々、目が合って、ユウゼンはどきりとした。少年はきょとんとしたあと、面白そうに微笑んだからだ。同時に奇妙な感覚も覚えていた。どうしてか、不思議に懐かしいような──。
「こんにちは。別の馬車の方ですね。捕まってしまいましたか」
戸惑っている間に小声で話しかけられた。初対面なのに親しみさえ感じるような響きがあり、つい普通に会話をしていた。
「ああ。そっちも、輸送かなんかか?」
「物と人を運んでたんですが、途中で襲われました。護衛の人たちが早々に逃げてしまって、この有様です。全く」
「そりゃ、災難だなあ……こっちはまあ、運悪く通りかかってしまったんだ」
「それはまた不運ですね」
妙に大人びて落ち着いていることを除けばなんということもない会話。
しばらく話しながら、途中で青い髪の少年はこらえ切れないように笑った。あまりに唐突でユウゼンは首をかしげる。
「何だよ急に」
「いや、改めておかしな人だなと思っただけです……」
「どこ!? どの辺が!? お前に言われるほど!? わけわかめ!!」
「顔が」
「おっと人生どうでもよくなってきたー」
「本当のところ、気持ち悪いと思わないんですか? 普通髪隠してなかったら皆避けるんですよね」
「あー、それは」
確かに、言われてみればその通りで、実際さっきも不気味だと思っていたのだが。それは状況と照らし合わせた上でどうもちぐはぐな印象があったからで、別に傀儡だとか髪の色だとかは考慮していない。判断できるほどの経験も持ち合わせていないのだ。
「俺馬鹿だから、せめて自分で判断しようと思うのかな。何でも。その方が楽しいし」
素直に答えれば、彼は感心したように目元を緩めた。
「ほう……それが正真なる襟度、豊穣の呪符。賢しき愚者というより愚かなる賢者というわけか。心得たよ。素晴らしい」
「はい? 小難しいことを言われましたけれど……もしかして結構、年令、いってる?」
少年はくっと口元を吊り上げた。
「よくわかりましたね。実を言うと、今年で118歳になりました」
大嘘つかれた!
「バレましたか。本当は162歳です」
「むしろ増やした!? 減らそうよ! 積極的に減らしていこうよ!」
「やれ、愉快愉快」
愉快なのはお前の頭だけだ。
心の底からそう思い、言ってやろうかと口を開いた瞬間、辺りから零れた密やかな笑い声にはっとした。
捕らえられて暗い顔をしていた人々の間から零れたのだった。今のやり取りで、否、青髪の傀儡の巧みな話術によって。緊張がほぐれてある種の絶望感が緩んだ。
道化め。
刹那圧倒されたユウゼンに気付いたのか、青き傀儡は目を細めた。
「貴方の人柄ですよ。謙虚ですね。──なんてお呼びしたらいいですか?」
「……ユウ。ユウでいい」
「シアンです。珍しく気が向きました。卑小たるこの原色の青が、遅まきながらあなた方に協力することを約束しましょう」
揺らめく。不思議な青の瞳に惹きこまれるように、頷いた。
※
身代わりになれる。
シアンが堂々と言い放ったのはその一点に限った。ユウゼンはそのあっさりっぷりに撃沈した。縛られてなかったら盛大につっこんでいただろう。
「いや、それじゃだめだろ……」
犠牲を出さないのが最低条件なのに。
「死物死物。鷹揚に構えてください。何の理由もなくこんなことを言い出すと思いますか? 保証はします。逆に言えば、それ以外のことは出来ません」
「そ、それもそうか。実は武術の達人とか? 魔術使えるとか?」
「まさか。それならさっさと逃げてますよ。こんな身体だから体力がなくて本当不便なんです」
さらさらと答えてみせるシアンに、ユウゼンは白けた視線を向けた。真実がつかめない上に話が逸れまくってどうもよろしくない。とにかく一旦この少年は無視しよう。
ユウゼンはさっきから黙って考え込んでいるシルフィードに視線を向けた。
「あの、無理はなさらないように。きっとどうにかしますから……」
シルフィは少しだけ顔を上げて、曖昧に頷いた。止められないかもしれない。
いざとなればそれこそ自分が身代わりになろうと覚悟しながら、とにかく手首の縄を解くのに集中する。すると、誰かが気付かれないように、縄に切り込みを入れてくれるのが分かった。
目の動きだけで確認すると、武官のヘリエルが微かに頷く。さすがだ。
見張りにばれないように、注意しながらユウゼンはシアンの縄も解いた。シアンは拘束されたままのように、上手く縄を握りこんだようだった。
そのうちに大体の仕事を終えたらしい盗賊の、幾人かがやってくる。
五人を従える獰猛そうな赤毛男が頭領なのだろう。
じっと、商品価値を見極めるような目で全員を眺めている。見えるはずもないのに、無意識に意味を成さない縄を握り締める。喉が渇いていることを自覚した。
「おい、そこの女。顔を見せろ」
シルフィ。
指摘されて、呻き声が出そうになる。向こうからそう来るとは思わなかった。シルフィードはぴくりと身を震わせて、ヘリエルが射殺すような視線を頭目へ向ける。赤毛の男は片眉を動かし口元を引きつらせたあと、迷いない歩調で歩いてきた。感情のままヘリエルが飛び掛らないかどうか不安が掠めたが、彼はまだ主人の意向を守るつもりらしく、唇を引き結んだだけだった。
頭目は前にいたヘリエルの身体を蹴り飛ばし、シルフィードの腕を掴んで無理矢理に立たせた。異形に蹴られた足が痛んだのだろう、小さく呻いたシルフィのフードを容赦なく剥ぎ取ると、男は感心したような声を漏らした。
「こりゃあいい。飽きるまでは手元に繋いでおくか」
「っ……」
手下共の下品な口笛や歓声。ふざけるな。ユウゼンは侮辱的好奇に晒されるシルフィードに耐えられず飛び出しそうになる。だが、シアンに冷淡な目で見られて、ぐっとこらえた。わかっている。わかってはいる。
シルフィードはまるで何も感じていないような無表情で口を開いた。
「取引をしませんか?」
「なんだと?」
「ここに居る人達を見逃してくれたら、あなた方にとても利のある情報を、教えます。こんな馬車では比べ物にならないほどの」
「面白いことを言うなぁ、女」
頭目はシルフィードの顎を掴んだ。力がこもっているのは明白だが、シルフィードは眉一つ動かさずにじっと赤毛の男の狂気の目を見つめていた。男が手を離すと、待っていたかのように再び喋り始めた。
「私はマゴニア王国の、四月卿に近しい者です。もし、私以外の皆を解放していただけるなら、四月卿が所有する秘密裏の蔵と確実に襲える密輸ルートを教えましょう」
「…………」
マゴニアには一月卿から十二月卿まで十二の月の貴族と原住民たるテンペスタリ家、王家で成り立っている。四月卿は、マゴニアでもオズに近い地域を支配している臣下だった。
男は冷酷な目でシルフィードを見、言った。
「信用できるだけのものがあって言ってるんだろうな」
「……四月卿から贈られた指輪を、はめています。証明は出来ませんが、簡単に手に入るものでは」
「見せろ」
シルフィードを縛っていた縄を切り、頭目は乱暴に彼女の手袋を外す。そこには確かに一介の商人には手に入らないような指輪がはまっていた。まあマゴニア国王女なのだから当然といえば当然、盗賊には価値は分かれど誰のものかまではわからない。上手い言い回しだった。
盗賊も、半分程度は信じ始めていた。
「悪くはねえ。だがお前がその情報を流せばそいつは危うくなるだろうが」
「構いません」
「なにぃ?」
「元々、探るために四月卿に近づいたのですよ。だから」
そっけなく言ってのけるシルフィードに、赤毛の頭目は唐突に品のない笑い声を上げ、そしてぴたりと止めた。
「それで、お前はなんのためにこいつらを助けたいんだ?」