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胎動の声 鉄鎖の白刃(8)

「あなたは、あなたの中途半端さのせいで他が死んでいくのを、許容するんですか?」


 それなのにヤヌートは非難する。讒謗とすら感じた。それなのに、澄んでいる。正論に近いからだ。ユウゼンはただ吐き気と頭痛を堪えていた。正論は耳に痛いだけで何の役にも立たないが、ヤヌートは完全にそうしたわけではないから苦しかった。


「責めてるわけじゃなくて、聞いただけなんですが」

「……何が違うっていうんだ」

「難癖ぐらいつけたっていいじゃないですか? 大体、何しに来たんです」

「そんなこと、言う必要ないだろ……」

「守り辛い人ですね。精神的に」

 

 辛辣な皮肉を吐き、ヤヌートはもっと異形との戦闘から離れるように手で指示をした。ユウゼンは動かなかった。辺境兵は今度こそ嫌な顔をした。


「邪魔なんですよ。なんだか知らないですけどただガキみたいに拗ねて諦めている人なんて。本当なら俺だって加勢したい。あなたがそうやっていつまでも融通が利かない」

「嫌なんだよ! 許してるわけないじゃないか!?」


 怖かった。自分のために死ぬ人間など見たくなかった。だから、だからこそそれが見えないように、振舞っていた。

 怒鳴りつけると一瞬怯んだヤヌートだったが、すぐに噛み付く勢いで切り返してきた。


「当たり前ですよ。そんな許しなんか誰が欲しいものか。願い下げだ。それに、そんなことぐちゃぐちゃ考えてる間にさっさとシルフィード殿下を助けに行ったらどうなんです? 好きなんでしょう? さっきあなたを助けてくれた人でしょう? もともとそのために来たんでしょ? 急ぐさっさと! それくらい見失わない!」


 眩暈がした。

 なんで、そんなこと知ってるんだ、とか。なんでわかったようなこと言うんだとか。自分が危険になるのを危惧してたんじゃないのかとか。そんな思いも掠めたが、どうでもよくなるくらい的確で、頭の中の余計な思考が、一気に押し流された。

 なにって、何が駄目かって、とにかくこの状況が駄目なんだ。

 何もしないからどうにもならない。


「シルフィ!」


 剣を持ち直し、ヤヌートを押しのけて異形の元に走った。ランザとシルフィードは庇いあうように二頭を相手にしていた。犬と大猫。善戦はしていたが明らかに押されていた。ユウゼンは挟み込む形で突っ込んだ。肉を断ち切る感触がした。

 シルフィードが叫んだ。


「簡単には死なない、確実に……!」


 言われなくても見ていればわかったから、ほぼ同時に犬の足を叩き折り、首筋の急所に剣柄を入れた。間を置かず、ランザを切り裂こうとしていた大猫に切りつけた。ありえないスピードでかわされる。

「危ない!」

 そのままユウゼンに牙を剥いた大猫を、ヤヌートが飛び出してきて阻んだ。その間にシルフィードとランザが、挟み撃ち、追い詰める。速い、速すぎる反応。二人がかりでも仕留められない。関係ない。何も考えずに刃を向け、正面からぶつかっていた。たやすくかわされ、凶悪な爪が眼前に迫り


「あなたはっ!」


 本当に、寸前で、その爪は力を失った。

 ヤヌートが激しく息をして汗を滴らせながら、ユウゼンを睨み付けていた。その手の剣は大猫の心臓を間違いなく破壊していた。やってくれると思った。


「ありがとう、助かった」

「馬鹿ですか! そうですか! やっぱりそうなんですか!」

「だって、守ってくれるんだろう?」


 守られるのではなくて、守らせる。

 ユウゼンはヤヌートの言葉と行動から判断して、敢えて前に出た。ヤヌートは守らせたら一級だった。いくら優れた異形でも敵を殺そうとする瞬間くらいそこに集中する。ユウゼンの身代わりになる暇はなかっただろう。だから、ヤヌートがその瞬間に異形を殺してくれるかどうかに賭けた。その賭けに勝った。有利な賭けだったと思う。

 呆れ果てたのか、ヤヌートは汗をぬぐいながら、しばらく無言だった。

 

「……まあ、精神的に守り辛くはないですがね」


 皮肉られたがさっきのように責められるよりはずいぶんとマシである。

 その間に、シルフィードが傍から離れた。ヘリエルが一人で二頭を相手していた。一体は犬で、頭が二つあった。体の左側面から首だけ生えている。そしてもう一体は牛。腐りかけた右半身から肋骨が剥き出しになっていた。


「ヘル!」


 聞こえてはいるのだろうが、ヘリエルはシルフィードの声に応じない。余裕がないのではなく、シルフィに異形の相手をさせたくないようだった。けれどそうするだけのことはある。見ればヘリエルは信じられないほどの手足れで、二頭を相手にしても少しも危なげがない。ただ、決定的な深手を負わせることが出来ないで居るようだった。

 シルフィは半ばその行動をわかっていたようにそちらへ向かった。

 無謀。


「シルフィ、戻って!」


 ユウゼンは叫びながらもやはりシルフィードは止まらないだろうと確信していた。とっさに、傍に落ちていた弓と矢を拾い、王女を追いながら異形を見据えた。牛の異形がシルフィードに気づいて凶悪な角を向ける。シルフィは怯まずかわし、牛の足の付け根辺りを切ったようだった。しかし、それで暴れた牛の、後ろ足の一撃が彼女の身体を蹴った。瞬間的に頭に血が上る。ヘリエルの、声なき叫び声が上がったような気がした。

 

「犬は、任せてください!」


 ランザとヤヌートは双頭の犬を仕留めに向かった。ヘリエルは剣を捨て、全ての攻撃を掻い潜ってシルフィードを救助し、抱きかかえざま離脱しようとしていた。ユウゼンは追撃しようとする牛に狙いを定めて矢を放った。

 一投目が顔に当たり、続けて打った二投目が、牛の目を傷つけた。怒り狂った牛が暴れ、その角がヘリエルの背中を抉ったが、ヘリエルは倒れるどころか全く動じず、足を速めて離脱した。


「こっちだ」


 その、ユウゼンの呟きが聞こえたのだろうか。

 牛の異形は、右前足を引きずりながらも突進してきた。弓を捨てて剣に持ち替えていたユウゼンは、自分でも思わぬほど静かな頭で避けるために動いた。身体だけが熱い。ほとんど掠めた。後ろ足を断ち切るつもりで叩きつけた。獣は咆哮を上げ地に倒れる。その上にのしかかり、首を狙って突いた。暴れる角がユウゼンの腕を傷つけて刃を弾き飛ばそうとする。振り払い、押しつぶそうとさえしていた。ユウゼンは牛の傷ついた目の方に転げ、今度こそ首を突いた。引き抜くと血が噴出し、やっと動きが止まる。

「う、あ……」

 しかし、最後の最後で異形は粘り、ユウゼンに向けて倒れようとしていた。もうほとんど押しつぶされかけて、血が流れる両腕で押しのけようとして


「こっちに――、」


 引きずり出された。ヘリエルが牛の巨体をギリギリで支え、シルフィードが助け出してくれる。そうして、逃れたとたんシルフィードが倒れ掛かってきて、身体全体で受け止めた。心臓が縮みそうになった。


「シルフィ!? 怪我っ……?」

「大丈夫。足がちょっと腫れただけだから……ユウこそ、腕に」

「よかった……!」


 安堵のあまり、倒れたまま思い切り抱きしめていた。鈍い痛みの中で、生きている感触と青空を刻み付けた。ヘリエルが傍に座り込む。ヤヌートとランザがゆっくりと近づいてきて、やれやれというように、笑った。

 






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