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胎動の声 鉄鎖の白刃(6)

若干残酷な描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 翌朝、ユウゼンが起きるとすでにシルフィとヘリエルは荷物をまとめていた。

 自然と目が引き寄せられて、少女に視線を向けると、シルフィは少しだけ口元を緩めて凛とした声で挨拶をした。朝の光が小さな窓から差し込み、黄金色がその白い肌を染めていた。


「行きましょう」

「ああ」


 吹っ切った、と言えなくもないが、いっそ放棄したような印象。でも、何をそんなに諦める必要があるのか、いまだに全く理解できない。シルフィは、今回の始まりの件で知ったが、ある部分において相当頑固で融通し難い部分があるらしい。

 朝食を取るのもそこそこに宿を後にした。

 相変わらず元気な奇獣、ルカとリオ、それからユウゼンは駅で交換した馬を連れて町を出る。すでに情報収集も行っていたらしく、シルフィードは何かに追われでもしているように道を駆けさせていた。


「近いんですかっ?」

「そうですね! 絶対に油断しないで下さい!」


 風と蹄の音の隙間に声をねじ込む。そうは言っても相手は得体の知れない魔術実験体だし生き物だ。どこにいるのか大体分かっていた方がいいだろう。警戒地区に入ってすぐに、馬に乗った二人の兵士が姿を見せ、ヘリエルと並んで駆けていたシルフィードが手綱を引いてルカの足を緩める。ヘリエルが王女を隠すように前に出て、揺れるシルヴァグリーンの瞳がユウゼンを振り向いた。頷いてみせた。


「警備の辺境兵の中で信頼の置ける者に連絡していました。情報をいくらか持っているはずです。シルフィのことは、要人とだけ」

「はい……」


 辺境兵の二人は一度馬から降りて簡潔な礼を済ませると、非常にフランクに話しかけてきた。


「どうも、カカシ皇子。お二人さんは初めまして。ランザと申します。それから」

「ヤヌートです。お会いできて光栄です」

「こら、あまり近づくんじゃない」


 愛想のよい若者ヤヌートの方が美しさを隠し切れないシルフィードに馬を寄せ、ユウゼンは事情三割私情七割でそれを邪魔した。とりあえずお近づきになってもらうのはやだ。仕事だけしやがれ。


「はいはい……大きな事件があったのは一週間前で、そのときは馬車四台が襲われて死亡者二名でした。その後は我々が雑把ではありますが見回りをしまして、被害という被害は起きていません」

「肝心の異形は?」

「何度か姿を見たが、今のところは追い払いました。といっても奴等馬鹿じゃない。餌があるかどうかも判断してる。十数頭はいるだろうな」

「原形は、獣の……」


 三十台後半辺り、壮年のランザが報告すると、シルフィードがおもむろに口を挟みかける。ランザは予想しなかったのか、瞬きをして彼女の顔を見たが、余計なことは言わずに聞かれたことに答えた。


「ええ、我々が見たのは、犬……でしょう、それがベースの異形でしたよ。遠目ですがね。違うのも混じっていそうだし、狼なのかもしれませんが」

「わかりました、ありがとう」


 シルフィードはランザに向けて僅かに口元を緩めると、ヘリエルと視線を合わせて、なにやら一瞬アイコンタクトをしたように見えた。

 これ以上立ち往生していても益は見込めそうもなく、とりあえず捜索を開始しよう。そうするしかない。そんな空気で全員が動き出そうとしていた時だった。

 ヘリエルが驚くほど機敏に反応した。それを流れるように汲み取ったのは彼の主人、シルフィードで。体を目的の方へ向け、ルカに括りつけていた荷物から何かの塊を取り出して遠くに投げた。


「食事というなら、ここにある」


 干し肉のたぐいだろう、予測していたかに思えた。

 ユウゼンが目に映す視界の中に、その肉に反応して近づく獣が見えた。二頭、いや三頭。

 身体の真ん中に異物を押し込まれたかのように、呼吸が、浅くなる。



 ──異形。

 それはどこか欠けているようで。

 痛ましく。

 生き物としてひどくはずれてしまっていた。


 

「なんで、…………」


 ほぼ全身に毛皮がなく、赤黒い皮膚が溶けたようにむき出しになっている犬がいた。粘液がてらてらと鈍い光を反射し、透明な水ぶくれと茶色の斑がいくつも重なっていた。前足や、顔がぼこりと不自然に膨れ上がっている一頭がいた。片目は潰れたように濁り口は肉で歪んでいた。背中から折れた羽を生やして引きずっている一頭がみえた。崩れかけた羽は、まるで骨で、身体に突き刺されているようだった。

 ユウゼンは、馬上から飛び降りて異形に向かっていくヘリエルと、少し離れた場所から弓を構えるシルフィードの背を呆然と見ていた。動けない。


「大丈夫ですか?」


 ヤヌートがこちらを守るように斜め前に馬を寄せる。

 ダイジョウブ?

「俺も、気分悪かったですよ。初めて見たときは……あれで、死なない……むしろ異常に動くんですから。化け物です」

「…………」


 ヘリエルが今まさに毛皮のない一体とぶつかった。剣の刃が前足の付け根辺りを切り裂く。どろりと血が垂れて、それでも意に介さないように異形はヘリエルに牙を向けた。速い。ランザが羽を引きずる異形に切りかかる。シルフィードがヘリエルを襲おうとする別の一頭に矢を放った。見事に命中するが、その顔の腫れた犬は腹に矢を生やしたまま方向を変えてシルフィードに飛び掛った。


「シルフィ!」


 ──心配どころか。


 ようやく地面に足をつけて腰の剣を抜きながら、ひどく自嘲していた。

 ユウゼンは、実のところ今の今まで何もわかっていなかったし、今このときもわかっていやしなかったのだろう。どこか人事だと思っていた。魔術も、異形も、奇獣も、傀儡も、何も知らない。この国のことじゃない。関係ない。それでも、なんとかなるだろうと思っていた。 

 ただの馬鹿だ。


「だめだ! ルカっ」


 シルフィがこちらを向いて叫んだ。何で。何でだとか。決まってる。顔の崩れた異形は信じられない反射神経でユウゼンに標的を変え、こちらへ向かっていたから。


「うっ……」「ユウゼン様!」


 慟哭。歪んで、歪められて光を失った全てを恨むような潰れた片目に魅入られて、思わず動作が鈍った。それでも自分がなんともなかったのは、ただヤヌートが自分を庇い、さらに命令に従った奇獣のルカが間に割って入ったからに過ぎない。

 いななき。ヤヌートに引きずられるようにその場から離脱させられ、シルフィードの声にならない叫び声がした。

 暴れて走り去るルカの腹が赤く染まっていた。あの金色に輝く、美しい毛が。

 ルカを追おうとする異形を、シルフィードが身体を張って止める。矢が刺さった部分から血を垂らしながら、異形はシルフィードの首を噛み切ろうとしていた。シルフィードは護身剣を抜いてその勢いを利用するように、異形の首に突き刺した。深々と刃が獣の身体を貫通し、背中の辺りに赤く濡れて飛び出した。それでも異形は牙を剥き、シルフィードを押し倒した。シルフィードは左手で首を庇いながら、異形の腹に刺さったままの矢を引き抜き、勢いをつけて再度振り下ろした。血が飛び散り、びくんと異形が痙攣する。シルフィードは異形を蹴り退け刺さったままの剣を引き抜き、叩きつけるように、獣の心臓に、突き刺していた。




 




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