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一女官の退屈な日々...The first part

 あの、美しくて可愛らしくて優しくて聡明で思いやりがあって勇敢で少し抜けたところもあるけれどそれも含めて素晴らしい、シルフィード様がいない日々は退屈だ。

 

 セクレチアは主人のいない部屋で王女の身代わりをしながら、退屈まぎれに手巻き煙草を作っていた。紙を均一に広げ、煙草の葉とその他必要なもの混ぜた中身をその上に乗せる。偏らないよう量を調節し、両手を使って中身をまとめるように巻き込んでいく。指の腹で丸めていき、最後に糊を使って閉じる。


 巻き立てを火鉢の火に押しつけて、ゆっくりと煙を吸い込んだ。体内にそれが入ると一瞬意識が曖昧になり、身体が少し軽くなるような恍惚感があった。一瞬だ。本当に、一秒か二秒か。そんなものはすぐに消える。


 セクレチアはしばらくベッドに腰掛けたまま眉間にしわを寄せて虚空を睨み、色々なことを考えていた。例えばシルフィードの安否やシルフィードの健康状態やシルフィードの精神状態やシルフィードのおかれている状況やシルフィードの不安、喜び、悲しみ、楽しみ、諸々。

 大体、なんなのだろう。考えることしか出来ない事がもどかしくて倦怠感が募る。影という役割と理解していても、こういうときにそばにいられないというのは。


 セクレチアは、共に仕えるヘリエルが部分的に優秀なのは認めている。だが、ヘリエルは腐れた果実のように甘い。何に甘いかというと、シルフィードの素晴らしさに惑わされて近づいてくる塵芥に等しい畜生共に対して。セクレチアはなんだこいつと思う前にとりあえず死ねばいいと思っている。シルフィードに馴れ馴れしくするゴキブリとか言い寄ってくる豚共とか調子に乗る勘違い鶏とかシルフィードに近寄った時点で重罪だし処刑決定だし所詮人間以下だ。全く問題ない。

 だが、塵芥でも心優しい王女が胸を痛めてしまうので、とりあえず見えないところで制裁を行って時期をみてそれなりの天罰を下すことが望ましいのでそうするつもりではある。

 

「はァ……」


 鶏。

 不本意にも思い出してしまい、吸いかけの煙草を思わず握りつぶしていた。オズ第一皇子だかなんだか知らないが、初対面から最悪で、シルフィードの事情による超絶に仕方のないプロポーズを受けただけでも斬首決定なのに、さらに馴れ馴れしくしてもう言葉にできない。あり得ない。存在自体許せない。とまではいかないかもしれないが。


 またため息が漏れた。

 とまではいかないかもしれない?

 そんなの。どうかしている。

 珍しく、存在くらいは許してやってもいいと思っている。

 だって、シルフィードにとって、マイナスじゃないかもしれない。

 でもそれ以上はだめだから。

 たとえ、どんな聖人でもだめだろうから。



『初めまして、セクレチア──綺麗な名前ですね。セレアと、呼んでもいいですか?』

 ──どうぞご自由に。

『ありがとう。そしてごめんなさい』

 ──何を謝っているんですか。

『だって、きっとあなたは私が嫌いだろうから』

 ──……くだらないことですね。

『そうかもしれません。でも、本当に、ごめんなさい』

 ──馬鹿でしょう。反吐が出ます。

『そうだね。ごめんね。でも、私はあなたが嫌いじゃない。セレア、どうかあなたに幸運が授かりますように』


  

 私は、あなたが嫌いで、確かにそれは正しかったが、すべてにおいて俯瞰的に見て完全に真実を現しているといえばそうではなく、嫌いだった、嫌いで嫌いで嫌いで憎くて吐き気がして殺して壊してぐちゃぐちゃにして跡形もないくらいに潰して足蹴にして笑ってやりたかったのは全て、全て何もかも他人も、そして自分も、人間全てが嫌いで、その中にあなたが含まれていただけだ。

 どうして?

 


 セクレチアは上級のドレスから女官の仕事着に着替えると、オズの侍女たちに断って部屋を出る。彼女等はオズの人間だが、シルフィードの素晴らしさに触れて、随分と協力してくれている。この環境は、マゴニアにいた頃よりマシだとさえ言える。

 表向きは体調不良ということになっているシルフィードのために、用意された食事や薬などを取りにいかなければならなかった。


 厨房へ行き、盆に適当な分用意して、セクレチアはアカシア宮の洗練された廊下を戻る。途中でやけにごてごてと装飾をあしらった白ドレスの女と出会った。


「あら」


 黒髪を結ってやはり派手な髪飾りをしている貴族、確か南の海沿いにある都市キャメロパラダリスの何番目かの子女だったか。三人の侍女を引き連れ、扇で口元を覆う仕草は不自然ではないが、別に優雅だとか目を引くだとかそんなことは全然なく、むしろどうでもいいというより通行の邪魔だった。ああ、シルフィード様の美しさが恋しい。


 セクレチアはそんな思考をおくびにも出さず、尚且つ完全無視で歩調を緩めずその一行を通り過ぎようとしていた。にも関わらず、相手は邪魔してくれた。


「あなた、あの小国マゴニアの、病弱なお嬢さんについてる方かしら」


 セクレチアは足を止め、ちょっと考える。

 例えばこれは、シルフィードに対する嫉妬。優しく美しいマゴニアの第一王女がもてはやされているから。面白くないと。または弱小のマゴニアごときが調子に乗るな──目下のものを蔑む視点、差別の種類なのだろうか。どうにしろそう外れてはいないだろう。

 内容についてはお嬢さん、という部分以外はただの事実ということになっているからどうでもよかった。だが一介の貴族のそれも小娘が、シルフィードに対して「お嬢さん」とは許容範囲外だった。

 首を傾げた。


「どなたでしたっけ?」

「!」


 とりあえずこっちはあなたのことは塵ほども知らないということをアピールしてみる。案の定令嬢の顔が引きつった。使用人如きに反抗的な態度を取られるとは思わなかったらしい。仕方のないことだ。


 どうも蔑まれたくない性分で。

 蔑むことなら得意で。


「世間知らずも甚だしい……これだから辺境の人間は」

「いえいえ、あなた様ほどでは」

「なっ、何をわけの分からない謙遜してるの!」

「謙遜じゃなくて皮肉ですけど」

「皮肉!? どうして私が女官ごときに皮肉ですって?」

「皮肉を言いたくなるようなことを仰るからつい」

 顔を赤くして必死に言い返してくる女性が、セクレチアは多少かわいそうになってきた。自分の同情心の深さに驚くばかりだ。

「わ、わたくしが何を言ったって言うの!」

「そうですね、例えば常識ある方でしたら、シルフィード様の事を間違ってもお嬢さんなどとは言いませんね。わかりますでしょう、キャメロパラダリスのお嬢様」

「っ、最初から知ってて……!」

「物知りですから」


 ちょっと、目以外で笑ってみた。令嬢の顔が面白いくらい引きつって、少しだけ色んな感情が胸中に混ざるのを感じていた。

 ──そんな顔が出来るなんて、

 うらやましい。


「失礼な!」


 一瞬自分の思考に気を取られていた。だから、侍女の一人が近づきざまに自分を突き飛ばすのを。避けられなかった。


「きゃっ……!」

「────」


 令嬢が悲鳴を上げた。食器が自分の方に倒れ掛かってきて、身体の前面で受け止めるような形になり、盆がカーペットで鈍い音をたてる。スープの熱が腹部に焼きついて、頭の中に一瞬近しい感覚がよみがえった。それを押さえ込み、セクレチアはとりあえず立ち上がった。食材が零れ落ち、ぽたぽたと液体が垂れて床を汚した。


「いいざまだわ」

「お似合いよ」

「早く綺麗になさいよ」


 くすくすきゃらきゃらと悪意ある柔らかな笑い声が重なる。

 ああ。

 いい度胸だ。


 セクレチアは改めてその場に跪き、取り巻きはスルーして、ちょいちょいと人差し指で令嬢を呼んだ。


「ちょっとよろしいですか?」

「? 何ですか、無様な……」

「もうちょっと近くに……」

「一体何様のつもり──」

「はい、で、そのまましゃがんでくだされば」

「え? え!? ちょっ!!」


 セクレチアは指示に従って自分の側にしゃがみこんだ彼女の白ドレスの裾で、床を拭いた。


 悲鳴と、「リラ様!」という驚愕の叫び声が上がった。いや、なかなか質のいい雑巾だ。


「なななんてことをっ、ふ、ふざけるのもっ、たいがいにっ」

「あー、動かないで下さい片付けにくいですから」

 セクレチアは騒ぎ、慌てて退こうとするリラに先立って、落ちていたフォークを拾って彼女の眼前で力を込めて振り下ろした。

「きゃあ!!」

 がすっと、フォークはリラのドレスの裾を床に縫いとめる。なかなか質のいいフォークだ。


 セクレチアは侍女に向けてにっこりと微笑んだ。


「あなたがやったことですよ。早く片付けなさい。代わりの食事を持ってきなさい。責任を取りなさい。さもないとあなたの主人はもっと悲惨な目に合いますから。私は容赦しないですから。絶対に許しませんから。手段も手間も惜しみませんから。そういうの得意なんです」


 言葉だけでなくすでに行動も伴っているので、侍女たちの理解は早く、急激に青ざめた顔で食事を取りに走る一人と、床を片付け始める二人。まあ当然だ。リラが甲高い声で騒ぎ立てた。単純でどうにも可愛らしい。一年くらい教育してやりたいくらいだ。

「こんなことをして、絶対に許さないわよ! シルフィードにも思い知らせてやるっ!」

「それは困りましたね……あ、でもその前に私が二度とそんな気も起きないくらい思い知らせておけばいいんですよね。なるほど万事解決無問題。分かりました、楽しみにしといて下さい。そういうの得意なので」

「……そっ、そんな、脅しで……」

「あ、向こうからカラシウス殿下が」

「えええっ!」


 大嘘である。

 だが効果抜群で、リラは盛大な悲鳴を上げると一人で全力疾走しながら廊下の向こうへ消えていった。お見事。むしろドレスが汚れているより恥ずかしい行動だった。



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