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胎動の声 鉄鎖の白刃(1)

 実際、マゴニア王国のシルフィード殿下がオズ皇国を訪れてから二週間あまり、衝撃的で慌ただしく、なんやかんや貶されたり騒いだりつっこんだりあせったり、忙しかったといえばそうなのだが、それはあくまで平和な慌ただしさだったのだろう。それは問われれば苦笑しつつも、自信を持って頷ける話だったからである。

 今の今までは。

 今日、戦闘に特化されたような旅衣を身に付け、極めて黒に近いダークブラウンのマントで身を覆い隠した彼女は、執務室の扉を開けて数歩、止める間もなくユウゼンの目の前で膝をついた。


「お願いがあります。殿下。東境街道の嘆願の件、私に、任せてくれないでしょうか」


 誰だろう、くらいは、かろうじて思う。

 繊細で光を湛えたブラウンの髪は無造作に一つに括られ、見惚れてしまうシルヴァグリーンの瞳は伏せられて長いまつげの下に埋まっている。声も、落ち着いている分ぼやけていた。地に膝をついて礼をとる姿は無様でも優雅でも印象的でも不自然でもなかった。ただ、そうしなければいけないから迷わずそうした。そんな風にしか見えなかった。

 自分に?

 いや、言葉通り──ユウゼン・パンサラ・オルシヌス・アレクサンドリア殿下に、だ。


「なに、してるんです。だめです。だめですよ、それは。立って。顔を上げて、すぐに」

 自然、声が硬く、厳しいものになる。距離が開く。午前の政務中、今までその立場で向かい合ったことはなく、それは暗黙のルールであると思っていた。

 きっとわかってはいるのだろう。

「いえ、私は──」

「シルフィード殿下」

「承知です。私は、」

「あなただけの問題じゃないと、言えばいいんですか。マゴニア国王女。今オズではあなたがマゴニアそのものなのだと」


 ぎこちなく顔が上げられる。憂いを帯びた森緑の瞳が揺れていた。この人は強いのに、果てしなく弱い。小さく胸が痛んだ。

 ユウゼンは椅子を立ち、目の前まで歩いて、まだ膝をついたままのシルフィードに手を差し伸べる。

 シルフィードは苦笑して、その手を取らぬまま自ら立ち上がった。

 世が世なら、この姫は王になっていたのかもしれない。


「同情して下さってもいい。処理できると、約束します。悪い話ではないはずです」

「……東境街道の嘆願ですか。確かに、耳に入ってますよ。一体どうして知っているんですか」

「マゴニアに近い出来事だからです」


 あっさりと返答するシルフィ。側に控えるモリスに、聞こえない振りをしろと視線で命令する。従者は扉の側で微かに黙礼をした。

 ユウゼンはあくまで平凡に尋ねる。


「そうでしたか?」

「……はい、マゴニアの商人も、危ないところだったそうですから。どこかの魔術研究所から逃げ出した異形に襲われたと」

「辺境兵で対処しようと考えていたところです」

「いえ。もともと、異形の問題は魔術を扱う国の責任ですから……今回の事件もおそらく発生源はカムロドゥノンですし、カムロドゥノンの同盟国としては、力にならなければなりません」

「そうですか?」


 首をかしげればシルフィードは、否定されるのが分かっていたように僅かに髪をかきあげた。


「確かにマゴニアとカムロドゥノンは同盟国かもしれません。しかしわざわざオズに介入してまで義理を果せば侮られないとも限らない。今、国王が伏せっていると伺ってますが、東の大国芦原中国(あしはらなかつこく)も動いていると聞きます。カムロドゥノンがティル・ナ・ノーグ寄りの風潮であるとも。俺があなたに頼むことが、どう受け取られるのか予想もつかない。結果の保証もない。つまりはありえないということです」


 シルフィは視線を床に落として言葉を探しているようだった。どこか地に足が着いていないようで、不安定に。それでも言うしかないのだと思うと、ユウゼンも気が滅入った。


「それに──俺には、あなたが、あなた自身が異形の討伐に向かいたいようにみえる。違いますか?」

 シルフィードは正直に答える。

「いえ……違いません」

 なんということを考えているのだろう。一体、どうして。

「それこそありえません。異形は恐ろしい存在だと聞いています。一体、あなたはご自身の事をなんだと思ってるんですか? そんなことをして、あなたが傷付いたりしたら俺は」

「そうですね……迂闊でした。決してあなたの評判を落としたかったわけではないのですが……」

「は? そうではなくて」

「何かあった際には全部私の責任になるように──」

「だから! そういうことじゃなくて……!」


 ユウゼンはあまりの誤解に思わず声を荒げた。言っていることが違いすぎる。

 一体どうしたらそんな風に気持ちを曲げて受け取ってしまうのだ。ただ、心配しているだけだというのに。


 好きな人で、将来一生隣に居たいと思う人のことなのに。その人に絶対に怪我などさせたくないと思うだけの気持ちが、なぜ理解できない?

 苛ついて、気付けば高ぶった感情をそのままぶつけていた。


「俺は、あなたを危険に晒したくないから言ったんだ。どうしてそれを素直に受け取れないんです? それとも俺は、自分のことしか考えないそれほどひどい人間だと思われてるんですか? 確かに国は大事で、俺にも十分責任はあるとしても、それでも人間らしくありたいと、そうじゃなかったら人に支えてもらう資格がないと、そんなこともわからない世間知らずな無知だと?」



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