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魔術の散歩道(3)

 シルフィがくすくすと笑い、セクレチアは相変わらず無反応でばっさりと切り捨てる。


「無意識を、何も考えていない、というと必ずしもそういうわけではないでしょう。意識と思考が同じとは限らないと思いますね。とりあえず無意識を言葉のまま、意識が無であるとして下さい」

「難しいな」

「そして、その、無意識の中でも睡眠状態とは異なる、一種の催眠状態に近い無意識を『変性意識状態』といいます」

「あ、聞いたことがある。魔術の基礎で、全てを決める部分だって」

「そうです。これが経験できるかできないかが才能のほとんどといっていいでしょう」


 馬がのんきに草を食んでいて、風が日差しを柔らかくして、水の気配が涼しげで清涼な空気を運んでくる。シルフィがうつらうつらしている。いつまでもこうしていられるような気がした。

 セクレチアの声だけが僅かに空気を震わせていた。


「その、変性意識状態に陥ったとき、人は必ず似た経験をすることになる。例えば臨死体験をしたときのように、精神や肉体が極限まで追い込まれた状態、または瞑想や薬物の使用などによって、変性意識状態はもたらされます。このときの経験というのは、例えば光、宇宙との一体感、全知全能感、強い至福感、自然や神などです」


 それは例えば、今このときよりも素晴らしいのだろうか。比較するのもおかしいとは思うが。


「人がこの経験をする場所を、魔術師は”深層“と呼んでいます。そして、深層は個人のものではなく、人類・生物共通のものだと考える。つまり、心の奥深くでは、人は皆共通世界をもっているのだと仮定しました」

「生物は無意識の奥底で繋がっている、か……」

「ええ。その深層で誰もが経験するような神秘こそ、真の認識であると、魔術師は言います。魔術とは、変性意識状態によって深層に達し、そこから”認識“を引き出す技術のことです」

「はー。すごいことを考えるな」

「そうですね。叡智または奸智とでもいいましょうか」


 セクレチアは遺憾なく毒舌を発揮した。今更ながら彼女を従わせてしまうシルフィードはすごいと思う。

 しかし、そこまで説明を受けて、ユウゼンは今までの自分の知識と彼女の話との間に、まだ疑問が残ることに気付いた。


「魔術が、変性意識状態によって深層から認識を引き出す技術ってのはわかった。けど、最近魔術を扱う国で問題になっている奇獣とか、異形とか傀儡っていうのも魔術だろう。あれは、生物だけど……」

「魔術には、自然魔術と変革魔術があります」


 先ほどまで眠りかけていたシルフィが、ふと女官の話を引き継いだ。王女は視線を水の流れに向けていたが、もっと遠くを見ているような気がした。


「まず、自然魔術は、地・炎・空気・水などの現象を操ることを目的としています」

「シルフィがさっき行った魔術のこと、ですね?」

「はい。これは魔術師個人が変性意識状態を構築し、深層へ達してから、そこで目的の認識──例えば炎なら炎を検索、獲得し、通常意識に戻るときにそれを深層から持ちだし、現実世界に具現化させる行為です。とは言ってもこんな過程を逐一再現すれば何時間もかかるのが普通ですから、大抵はエレメントの力で引き寄せるのですが。エレメントとは、深層に近い物質だと考えられていますね。いかに素早く一連の作業を行えるか、認識の規模を決定できるかが自然魔術師の質を決めます」

「うーん……なかなか、時間がかかりそうな作業だ」


 無意識を通過しなければいけないぶん、実戦などではひどく不利ではないか。エレメントも、そうそう安いわけでもないだろう。

 ユウゼンが思ったことを口にすると、シルフィードはあっさり首肯した。


「そう、才能がものをいいますし、自在に自然魔術を操ることは非常に難しいのです。ただ、自然魔術師の中でも、上位の精霊魔術師というものがいます」

「知ってる。世界に三人しかいないっていう……確か、アポロニウス・ド・ティアナとシモン・マグス、それからマーリン・アンブロジウスだったか」

「その通りです。精霊魔術師とは、深層で特定の認識に関与して強大に形成・固定し、その強い認識に人格さえ与えて、その存在と契約することによって現実世界へ引き出し、深層へ行き来することなく特定の認識を操れるようになった魔術師のことです。精霊とは、人格を持った非常に強い認識のことですね」


 かの精霊魔術師たちは、一夜にして都市を滅ぼせるほどの力を持つという。タイムラグ無しに強い認識を、例えば炎でも操れるのだとすれば、十分現実的な話だ。だが、有名なだけあって、精霊魔術師など奇跡の産物に近い。きっと考えも及ばない達観している人々なのだろう。


「もう一つの変革魔術って言うのは?」

「神を創るのですよ」


 シルフィードはそう言って立ち上がり、川辺に向けて小石を放った。それは放物線を描いて遠くに転がったが、水の中には届かない。まばたきをするともう、それがどれだったのか、わからなくなっていた。

 呆然と呟いてみる。


「神……」

 それを、創るのか。在るのではなくて。


「それは言い過ぎかもしれませんが。変革魔術は、自然魔術と大きく異なり、特定の生き物に直接認識を刷り込むことを目的としています。魔術儀式によって、検体の深層へ入り、生物の認識を操作する。そうすることによって、本来ありえない能力や力、知力を得る。成功すれば画期的ですが、命に関わる危険が大きい魔術です」


 説明を聞き、ユウゼンはぴんときた。昨今騒がれている魔術研究所の破壊事件。宗教者との対立で、衝突が起こり、施設が破壊されて実験生物が逃げ出す。逃げ出した生物たちが辺りに被害を及ぼす。隣国ティル・ナ・ノーグではそんな不穏な出来事が相次いでいるといっていた。そういうことだったのか。


「変革魔術で認識を強化・付加させた動物を、奇獣といいます。今問題になっているのは主に奇獣の失敗作たちです。認識が歪んで、凶暴になってしまったりして……彼らを、奇獣の中でも異形といいます。実験施設の紛争で野に放たれた異形が人を襲う事件が多いのはこれに由来します」

「失敗作で、異形……」


 何を求めているのか。求め続けて、その先にあるものとはなんだろう。振り返ったとき、何が残るだろう。

 シルフィが煌めく川と笑い声を上げる子どもたちを見つめたまま、無垢な声で尋ねかけてきた。

 そのときどんなことを考えていたのかユウゼンが知るのは、ずっと後のことになる。




“あなたは、神を創れると思いますか?”


 



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