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魔術の散歩道(2)

「シルフィ、詳しいな。マゴニア王国では一般的なんですか?」

 ユウゼンは知らなかった知識を手に入れて、尋ねかける。シルフィードはゆっくり付き人たちの下へ歩きながら、説明してくれた。


「マゴニアというより……魔術をたしなむ人々にとって、重要だからですね。オズ皇国は比較的魔術が広まっていないですから」

「うん、確かに」

「マゴニアは隣国のカムロドゥノン連邦国やティル・ナ・ノーグほどではないですが、それなりに自然魔術や変革魔術を嗜む者がいます。エレメントは……オリジンというものと合わせてソースと総称しますけれど、魔術に欠かせないのです。この、ソースを専門的に集めて商売をする市場もあります」

「そうなのか」


 文化が違えば色々と違ってくる。ユウゼンも魔術を見たことはあったが、学んだことはない。改めて興味を引かれ、セクレチアが用意した敷物に二人で腰を降ろして、話題を続行した。


「もしかしてシルフィも魔術を?」

「ふふ、そうですね。ちょっと、見ていてください」


 彼女はごそごそと腰の辺りを探り、そこから綺麗な赤い石の欠片を取り出す。どうするのかと思いきやなんとそれを口に含んで飲み込み、軽く目を閉じた。

 およそ十秒かそこら、経過したとき、ゆっくりまぶたを押し上げて、シルフィは一メートル先の小枝を指差した。

「あ」

 小枝が突然炎に包まれて、やがて綺麗に燃え尽きた。

 小さな規模の炎だったが、十分神秘的で、驚くには十分だった。

 

「すごいですね! 立派な魔術じゃないですか」

「いえ、実はこれしか出来ません。魔術は才能なんです……三年近く訓練して、エレメントの力を借りて、これが限界ですから」

「うん?」


 魔術についての知識が乏しく、ユウゼンはシルフィードの言に実感がわいてこない。セクレチアが用意してくれた茶菓子を食べながら、そもそも魔術とはなんなのかと思いをめぐらせた。


「魔術とは”認識”ですよ」

「認識?」

「人は認識に左右されるのです」


 簡潔なシルフィの説明だが、なにやら先人の教えのような、難しげなにおいがする。少々考えていると、鬼畜女官のセクレチアが飲み物のカップをごとりと目の前に置いた。そして若干下目使いで尋ねてくる。


「これはなんだと思います?」

「え? っと、紅茶、だと……」

 毒とかじゃないよね。大丈夫だよね。そういう意味じゃないよね──

 冷や汗を流すユウゼンに、セクレチアは意外に普通な感じに肯定した。どうやら一命を取り留めたようだ。

「そうです、見れば分かりますね。じゃあ、あなたの目が見えなかったら?」

「目が」


 セクレチアは説明してくれているのだと気付く。認識、か。


「うん、触って確かめるかな」

「手がなかったらどうです」

「えーっと、飲む」

「飲めなかったら?」

「う……難しいなそれは……とりあえず、紅茶を知ってれば、どうにか分かる気がするけど」

「ええ。思考できて、経験していればわかるかもしれない。それが認識というものです」

 セクレチアは教師のような口調で言った。シルフィと同じ質のブラウンの髪、はっきりと黒い瞳をしており、美人で遠めなら十分影になれる女官だ。性格は破滅的だが、頭もいいらしい。というよりも、そうなのかもしれない。


 彼女は淡々と話を続けた。


「例えば赤ん坊は、お気に入りのおもちゃがあったとして、それがほんの目の前で、布か何かで隠されてしまうと、もうそれを見つけることができません。知っていましたか」

「いや。そうなのか」

「ええ。見えなくなると、『なくなった』と同じなのです。私たちは、布を取れば、そのおもちゃがそこにあるとわかります。しかしそれは絶対でしょうか?」

「違うのか? あ、おいしい」


 あえて素直に否定してみる。紅茶に口をつけると、意外なほどおいしかった。いや、正直そんなに味の違いが分かる方ではないが、モリスが入れるよりは明らかにおいしかった。なるほど、人は完璧にはなれぬらしい。

 ユウゼンのなにげない賞賛は完璧にスルーし、セクレチアは素早い手つきでシルフィードの髪の乱れを直しながら続けた。


「見えない、聞こえない、触れない、確かめられない。頼れるのは経験と思考だけ。手品がいい例ですよ。絶対にそこにあるとは限らない。もしかしたらないかもしれない。赤ん坊の方が正しいかもしれない。わたしたちはそんな風に、認識で成り立っています」

「ああ……そう、か?」

「あくまで魔術の理論ですよ。認識といえば、言葉がもっともよい例でしょう。特定の記号に、ひとくくりの様々な意味を与えている。紅茶、というのも全て違いがあるけれど、似たようなもの、ということでイコール同じ紅茶です。わたしが入れたものも他の人が入れたものもシルフィード殿下が飲んでいるものもあなたの飲むそれも、全て同じ要素で同じだけの成分ではないのに」

「うん、それは分かる。あの川だって同じ水でもないし、削られたり干上がったりしても、川と認識するな。つまり、経験からくる思考によって人間は物事を判断しているって事か」

「理解できるのですね」


 鶏なのに。

 言外にそんなセリフが聞こえてきて、ユウゼンはげんなりした。それも、認識って奴ですか? 人間より鶏の特徴があるってことですか? ハートで判断ですか?


「ここからが本題の魔術、ですけれど。人間には意識のほかに、無意識があると考えられています」

「無意識……何も考えてないってことか?」

「ユウゼン様得意そうですね!」

「やかましいわ!」

 

 モリスが笑顔でつっこんできて、ユウゼンは思わず怒鳴り返した。全くなんて従者だ。







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