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ヘテロクロミヤ侯爵夫人(4)

 ヘテロクロミヤ・アイディス侯爵の邸宅は、古い。

 それはただ単純に長い時間が経っただけではなく、歴史を刻んで風化して磨かれてきた風貌をしている。並んだ窓と端に見える深い緑の屋根。何代も前のヘテロクロミヤ候の時から大幅には建て替えていないからなのだろう。


 その赴きある建物の前で、黒塗りの馬車から降り立った少女は、御者のランプの明かりを受けて、見事に幻想的だった。

 チョコレートに銀を混ぜたような不思議な色合いのシンプルなドレスに、右の胸元にだけ白い花や葉、蔦などを組み合わせたコサージュをつけ、腰の辺りにはリボンのように飾り付けられた白く薄い布が揺れ、大きく開いた背中からうなじと背が妖しく覗く。

 シルフィードはユウゼンに気付くと微笑み、優雅な礼をした。


「こんばんは。本日はご一緒出来て光栄です」

「こ……ちらこそ」


 カラシウスじゃないが、完璧だ本当に。

 今までの鬱気分が見事に吹き飛び、ユウゼンは操られるように礼を返した。

 

 本日はやはり武官のヘリエルが控えていて、シルフィは続けてラティメリアやカラシウスに挨拶をする。「よしなにはからえ〜」などと言っている姉はもうどうでもいい。カラシウスは相変わらずの愛想で「あなたに相応しい素晴らしい夜を」と惚れ惚れするような礼をしている。ちくしょう変態のくせに。


「よしじゃあ、どんとこい。みんなわたしに着いて来い!」


 そしてラティメリアに促されて(?)始まった晩餐はさすがに豪華だった。豊かなオズの海産物や珍味あり、はたまた伝統料理も運ばれる。放浪の遊び人ユウゼンは、式典や招待などの付き合い以外では、ほぼ適当な携帯食の毎日なのでシルフィと同じくらい感動していたかもしれない。

 

「口に合えばいいのだけれど」

「本当に、すごくおいしいです。食べ過ぎてしまいますね……!」

「いやあ、いっつもアルコートとローリヤを放り込んでネグレクト回避してるし、その分点数稼ぎってことで!」

「自分で言うな……」

「兄さん、マナーが崩壊してるよ。あと顔も」

「余計なお世話!!」

 

 そんな風に、カラシウスの笑顔のいびりに耐えつつも、無礼講で晩餐は進んだ。

 その中でシルフィは、どことなく、上手く言えないのだが──透明な膜をまとっているような気がした。いつもそうじゃないとは言い切れないけれど。

 風のような。例えば声。なめらかで、頭に残らない。振る舞いも、類稀な美貌を隠すように控えめで味気なく、印象薄く。時間が経つほどに存在が希薄に近づくように。

 ユウゼンは頭の隅でその意味を探し続けて、否定してはまた構築する。

 そうなんだろうか。無意識に、立てようとしているのか。自分以外を。

 それも、数種の酒が運ばれてくるまでの話である。


「今日のために取り寄せたの。飲まなきゃ許さないわ。これぞアルコールハラスメント」

「さすが姉さん」

「親父か?」

「なんとでも言いなさいよぅ。ところでユウちゃん、何か余興でゲームでもしない? 負けた人がお酒を飲むルールで」

「んー……」

 まさにセクハラだと思いつつ、ユウゼンは常備しているプレイングカードをポケットから出し、姉の注文を考えながら切り混ぜる。

「四人だったら、ポーカー、ホイスト、階級闘争、……ああ、でもシルフィはあまり知らないかな」

「あの、この間少し教えて頂いたものなら、おそらく大丈夫ですが……」

「ああ、ハーツか。うん、丁度いいし、それにしよう」


 ルールを軽く確認し、四人にカードを分配してそれぞれ手札の三枚ずつを交換する。クローバーの2から時計回りにカードを出していく。ラティメリアは思ったまま、シルフィは不慣れなため戸惑いながら、カラシウスは手札を読ませない笑顔で、ユウゼンは適当に手札をさばく。

 

「ええっと……」「賭けだ賭け!」「これならいけるかな」「そうだなあ……」


 言い出したラティメリアはともかく、やはり初心者のシルフィは不利に違いない。一回目に負けたシルフィがグラスを軽く開けるのを見て、ユウゼンは小声で尋ねる。


「お酒が無理なら強制終了してもいいですよ?」

 シルフィは首を横に振って、いつもの笑顔で答える。

「いえ、平気です。がんばりますね……!」


 だめだかわいいほだされる。

 ユウゼンはあっさり変態思考に引き込まれ、気付けばカラシウスの出したペナルティカードを持たされていた。


「この野郎……」「余所見はよくないよね?」


 さわやかな笑顔でグラスを差し出す弟に呪詛を送り、ユウゼンは行儀悪く一気飲みした。おいしいが、喉元と胃が焼けるように熱くなる。やはりなかなかアルコール度数が強いようだ。


 そうしてユウゼンとカラシウスはお互い足を引っ張り合いつつ、ラティメリアが無茶な勝負をしては悲鳴を上げ、シルフィは真剣に考えてゲームを進め、夜は更ける。

 結局ギブアップしたのは、潰しあっていたユウゼンとカラシウスだった。


「うっぷ……ちょっと、もういいかな、ワインは……」

「胃がもたれる……」

「なさけないなぁ、二人とも。わたしはまだまだいけるよ? ねえシルフィちゃん?」

「えーと、……そう……ですか……?」


 おそらく量で言えばラティメリアが一番飲んだはずだ。なのに一番けろりとして、ムダな酒豪っぷりを披露している。その次に負けていたのはシルフィで、頬を染めて若干怪しげな返事をしているのは仕方なかろう。ユウゼンとカラシウスも十分すぎるほど飲んで、ぐったりしていた。


「じゃあ、今日のところはこれで勘弁しといたろう。シルフィちゃんもまた遊ぼうねぇ! あ、みんな勝手に泊まっていっていいよ」

「はいー……」


 一人にこにことしているラティメリアなんかもうどうでもいい。ああ、胃が。

 侍女が顔を赤くして緊張気味にカラシウスに水を差し出していて、カラシウスが「ありがとう、気が利くね」と口説き文句じゃなく切実に言っているのが理解できる。たぶんユウゼンも今なら噛まないと思う。

「水……」

「あー、どうぞー」


 カラシウスのときと全然違うどうでもよさげな態度でも、あんまり気にならなかった。

 悲しくないといえば、嘘になるけれど。





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