ヘテロクロミヤ侯爵夫人(3)
そういうわけで、夕暮れ前馬車でヘテロクロミヤ候の屋敷へ向かうこととなったのだが。
仕事疲れで半死のユウゼンはどうもしっくりこなかった。
「あの。なんで居るんですか?」
「えーだって面白そうだし」
「今すぐ降りて帰ってそういうのムリ」
「兄さんは相変わらず照れ屋だね〜」
ユウゼンの馬車とは違い、無駄に品のある馬車の中、ラティメリアと並んでユウゼンの正面には弟カラシウスの姿があった。
しかも超笑顔。こいつ絶対こうなることを予測していやがった。人を嵌めておいてそれを隠そうともしない影の黒幕なんて滅び去ってしまえばいいと思う。
そういうわけで、シルフィと食事だというのに、何だかちっとも胸弾まないわけである。
腹立たしいのでユウゼンは適当な話題を見つけて、せめて姉に話しかけた。
「そういや姉上はシルフィと仲がいいんですか?」
「おう、バッチリだよ! アルコートとローリヤの相手がめんどーになったら預ける仲」
「一方通行!?」
「やぁ、これでも子どもとのコミュニケーションは大事にしようとしているけどやっぱ疲れるから自分で言い出しといて今更乳母に預けるのも気が引けたときにシルフィちゃんがいれば快く引き受けてくれるからつい毎度毎度お世話になって迷惑千万だと思われてるだろうなって心配になる仲かも」
「あんた最低だよ! いろんな意味で!」
こっちはこっちで疲れた。
しかもユウゼンが必然的につっこみまくっていると、カラシウスが眉をひそめて口出ししてくる。
「姉さんに対して口の聞き方がなってないんじゃない? それだからカカシなんて言われて人間じゃなくなってくるんだよ」
「いや言い出したのお前だから……それに姉上はそろそろ大人としての貫禄を」
「カカシ兄さん。姉さんは完璧だよ」
すっと、有無を言わさぬ口調でカラシウスが遮った。
つい、首を傾げる。完璧?
確かにカラシウスは女性に対して(表面的に)甘く紳士的だが、完璧とまではちょっと言いすぎではなかろうか。このモテ野郎の女性関係は(怖いので)あまり探ったことはないのだが、特定の噂がないわけだから相変わらず上手くさばいていることになる。そうすると、深入りさせるような言葉も控えているはず。しかも自分の姉だ。
ラティメリアがふと微妙な表情をして、心なしか隣のカラシウスから距離をとろうとする。
しかしカラシウスは寸前でラティメリアの腰に片腕を回し、逆に自分の方へ抱き寄せていた。
「ひゃっ! ちょっ、キミ! だめだってばぁ……!」
「ほんと、姉さんほど綺麗でかわいい女性もいないよ。兄さんもそう思わない?」
「What?」
何か、聞かれた。
聞こえなかったことにしたい切実に。
そしてラティメリアは必死に離れようとしているが、いかんせん相手が悪い。カラシウスは痩躯でちょろそうに見えて優秀な軍人なのだ。ユウゼンは衝撃の事実に冷や汗を垂らしながら、現実逃避を試みた。
「え、あの、その。落ち着け。落ち着いてよく状況を。それ姉上」
「うん、そうだねえ。いつ見てもストライク」
「…………。……マジで?」
「あはは♪」
「おま……コッシーネ伯の令嬢は……」
「あれは遊び」
「家族……」
「まあ、母親は違うしね。どうしても子どもが欲しいわけじゃないし」
「……人妻……」
「ヘテロクロミヤ候ね……ま、相手に不足はないかな」
もういいたい放題。誰かこいつを止めろ。
二人してそう思ったに違いなく、ラティメリアは柳眉を逆立て、
「ちょっと! わたしはお父さんの良妻なの! キミは大人しく弟してなさいっ」
珍しく最もなことを言った。ちなみにラティメリアの言う「お父さん」とは、実父現皇帝のことではなく夫のヘテロクロミヤ・アイディス侯爵のことである。
しかしカラシウスはラティメリアの必死の正論をさらっと受け流し、あろうことか更に姉が抵抗できないように腕の中に閉じ込めてしまった。
「やだよ。侯爵はいい人だけど、それとこれとは違うんじゃない? 絶対僕の方が、イイ」
「ひゃぅ……!」
わざと耳朶を湿らすように低く囁き、カラシウスはびくりと身体を震わせたラティメリアのうなじに色気たっぷりの顔をうずめ
「末期のシスコン人道に戻れ非国民ーー!!」
ユウゼンは標語のような奇声を発し、お話が強制終了しないようにがんばった。
神速でカラシウスからラティメリアを取り上げる。人間本当にやばいと思ったらなんでも出来る。
開放されたラティメリアはユウゼンの首に腕を回して、半泣きでコアラのごとくしがみついた。
「ユウちゃんありがとう……! もうだめかとっ……もはやキミは神だよ! カカシの神様だ!」
「ははは……ってなんで人間じゃないねん!」
「なんでって……それは、ねぇ?」「ねえ?」
何事もなかったかのように姉と弟が目を合わせて頷き合う。
マジで何あんたら?
──今日はそんな腐った道中でした。<ユウゼンのどうでも日誌より>




