ヘテロクロミヤ侯爵夫人(2)
「ってなんでだよ! 大体誰からそんな微妙に訳分かるようで全くわからん情報吹き込まれたんだよ!」
ユウゼンはキレた。だって朝だから。朝一番だから。
これから昼過ぎまで面倒臭い仕事が詰まっているわけだのに、今からこれでは不機嫌になる理由満載ではないか。
そんなユウゼンに姉のラティメリアはちょっとびくっとして、いじいじと上目遣いでいい訳し始める。年上ながら、なぜにそうかわいらしい仕草が似合うのだろう。オズの七不思議。
「ごめんてばぁ。だって、だってね? カラシウスに言われて初耳だったからびっくりしちゃって、そりゃあ大変かなってカカシなのになんでチキンなんだよクソが、みたいな……」
「そうでふね」
「それなもんだから、これはユウちゃんに特攻尋ねたり吊るし上げたりするしかないかなって……」
「普通に聞いたら普通に答えるので。ていうか、カラシウスに吹き込まれたんならカラシウスに聞いてそのまま」
「やぁ、だってカラシウス夜デートしてくれなきゃ教えないって言うもの」
「なんだその驚愕発言ーーー!?」
「いいの、そんな今更なことは。ねーねーねーそれでどうなの? キミだれが好きな子? わたし知ってる子?」
「え。あ。いや。それは」
「協力するから! 全力で応援するから! ちょっと嘲笑うかもしれないけど」
「とても教えたくないです」
ユウゼンは何か突っ込みどころ満載でどうすればいいのか分からなくなってくる会話に疲れてきた。馬鹿はつっこみを過労死させる。
大体ユウゼンの好きな人があの絶世の美少女だと分かったら、ラティメリアは絶対にかわいそうな顔をするだろう。同情いらない。
そうしてユウゼンが淡々と切り捨てれば、ラティメリアは目元に手を当てて、さめざめと泣くふりをした。
「どうしてこんな子に育ったんだろう……両親が小さい頃に亡くなって以来、わたしがちゃんとしなくちゃって身を粉にして世話を」
「いや両親死んでないから」
「同情誘うためのくだらない卑怯な設定に口出しするなんて大人気ない」
「妙に醒めたこと言うな……」
ちぇっと舌打ちして、ラティメリアはユウゼンの腰掛けるベッドに座り、いそいそと距離を詰めた。なんで年上にしては全く貫禄も落ち着きもないんだろうオズの七不思議。
で、ラティメリアは上目遣いでにっこりと笑った。
「どうなのシルフィちゃんと」
「ワカットルヤンケワレーー!!」
爽やかな朝に盛大な奇声が響き渡る。
だって、なんだよ! なんなんだよ今までの会話は!!
「ちょっとした前菜だよ。キミは気にすることはないわ」
「それを言うなら前座だろ! もう嫌だこの姉もう寝る今日は起きるもんか! おやすみ世間!」
ふてたガキのような事を叫んで断固寝ようとしたユウゼンの首根っこを、ラティメリアは心得たようにひょいと掴む。
それから、子どもにそうするように、自分の腿の上にユウゼンの頭を乗せて、やんわりと額から髪にかけて撫でた。
暖かい手のひら。涼しげなのに優しい光を宿す目。
素直に心地よくて、その一瞬でラティメリアのペースに飲まれていた。
なんとなく、卑怯だと分かっていても許してしまう感じで。
結婚前、この姉が伝説的にモテていた理由は、わからなくもない。
「家族として気になってるだけなのよぅ? まーちょっとわたしに任せておきなさい!」
「気持ちだけで結構ですけど……」
「遠慮はよろしくない! というわけで、今日うちにご飯食べに来てね。シルフィちゃんも呼んであるから」
「はー……」
思い至るとすぐ実行してしまうのが姉の性格。長所といえる部分もあるが、大方残念である。本人は善意、というよりほぼ何も考えていないのでもうどうしようもない。
ああ、カラシウスが面白がってけしかけた様子が目に浮かぶ。ちくしょうあいつ、今日という今日は手当たり次第に弱点探ってやろうか。逆に暗殺されそうだけど。
ユウゼンは久しぶりの膝枕に敗北を認め、大人しく夕食の約束をしてしまうのだった。