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猫や犬や子どもの事情(4)

「あ……」

「待てやコラ」


 反射的に、逃げるように部屋を出て行こうとするアルコートの肩を、猫かぶりががっ! と掴んだ。

 ヘテロクロミヤ候の息子だと知らないにしても、身分の高さは理解できるだろうに、全て無視した貫禄だった。商人魂のなせる業か。

 ていうか猫かぶり、口調変わってるよ? ドスきいてるよ? 幻聴?


「ワレ、何したか判ってっか? きっちり落とし前つけてくれるやろな?」

「ひっ……!」

 幻聴じゃなかった。猫の顔をした人がアルコートを容赦なく脅しつけている。あの淡々としたかわいらしい口調はどこへいったのだろう。

 違う意味でもきっちり猫かぶっていたわけだ。わからねえよ。そんな細かい芸。


「まあ、とにかく……今は犬を追おう。アルコートも反省してるだろ? 猫かぶりも、商品管理の点については文句は言えないわけだし」

「ちっ……そうやな。そういうことにしといたらあ」


 顔面蒼白のアルコートの肩を叩き、ユウゼンは咄嗟に仲介して追跡を促した。いや、確かに猫かぶりに詰め寄られたらある意味相当恐い。ユウゼンならきっと素で泣く。

 ヘリエルに部屋の警備を任せ、完全に(精神面で)猫をかなぐり捨てた猫かぶりとアルコートを伴い、ユウゼンは廊下を走った。


「ああもうっ……!」

 走る。

 ひたすら走る。

 とにかく足を動かす。


 泣きそうだった。趣味じゃない。本当に、こういうのは適任じゃなかった。


 大体、犬の足に追いつけというのが無理な話だ。あっちは四本でこっちはその半分。

 そもそも無理なことをしなければならない状況が一番気に食わない。ユウゼンのモットーは機先を制する、先手を打ち常に対象を煙に巻き危機を近づけないことだというのに。

 別に危機ではないが。ものすごく萎える。


「うー……」


 しかしまあ、寸前で我慢して、あれはシルフィのためのものだひいては彼女のためだと言い聞かせた。走りながら邪魔な上着とクラバットを脱ぎ捨てブラウスのボタンを数個はずし、庭園までひた走る。

 離れといっても過言ではないこの場所は、自然体系をミニチュアで現したような庭が特徴的だった。魚影滑る滝と池、砂地、岩場や木々に野草の丘。黄色の房アカシアの咲く大木の下に、やっと犬の姿を見つけて、ユウゼンは場にそぐわぬ殺気を向けた。

 犬だ。

 犬が悪いんだ。

 全部犬のせいだ。

 この疲労感も自分がこんな目に合っているのもシルフィが今一惚れてくれないのも皆から蔑まれるのもカカシ扱いされるのも!!

 

「って、そんなわけないけど……」


 何だろうこのテンション。ユウゼンは怒りに駆られることに疲れて結局だらだら犬に近づく。犬は一定以上近づかれると逃げそうな雰囲気だったため、数メートル手前で立ち止まり、ポケットを探りながらその辺の猫じゃらしを引っこ抜いて適当に興味を引かせる。

「どうっすか〜パンと交換で」

 自分でも自分の行動を落ち着きがないと自覚するユウゼンは、大抵食品を携帯していた。どこへ行っても何かしら食べられるように。

 犬はしばらく首をかしげていたが、やがて何かに納得したのか、尾を振りつつ駆け寄ってきた。

 パンとジェットの交換。

 食物に対する愛より誠実な愛はない。ということで。

 ユウゼンはもくもくとパンを食べる犬を見ながら、微妙な達成感からくる放心状態でしばらく固まっていた。


「ユウ? やっぱり遊びに来たんですか?」

「ぶっ……」


 そこへ当のシルフィードがローリヤの手を引いて登場した。完全に予想外で、ユウゼンはまぬけな顔のままぽかんとしてしまった。

 シルフィは結っていない肩ほどのブラウンの髪を風に揺らして、不思議そうな顔をしている。

 夕空、雲の淵を照らす残光。白い指先でかきあげた耳元に揺れる、真紅の耳飾り。皇宮の背景と綺麗な立ち姿は鮮やかに印象的で、思わず呆けたままみとれてしまった。

 シルフィは一瞬微かに顔をうつむかせ、その後思わずといった風に質問を重ねた。


「あ、それ、さっきのジェット、ですか?」

 そういえば。


 ユウゼンは今の自分の状況を整理してみる。

 上着を脱ぎ捨ててきたし、ブラウスも着崩しかつ丘の上でごろつきの如く座り込んで目の前で白い薄汚れた犬がパンを食っていて手に高価な装飾品を持っている。

 意味が分からない。ていうか説明しづらい。てーか自分明らかに不審者だ。

 ユウゼンは今までの一連の出来事をなかったことにしよう! と決めた。


「えーっと、これは……うん、プレゼントってことで!」

「え……?」

 

 よいしょと立ち上がり、誤魔化し笑いをしながらシルフィの前まで歩いた。そしてそっと白い首筋に腕を回して、ジェットの留め金をうなじの辺りで止めてやる。一瞬ふわりと鼻をくすぐる花の様な香り。

 一歩下がって確かめれば、大きな夜の雫のような装飾は白い肌に良く似合っていた。うむ、猫かぶりの見立てはなかなかのものではないか。


「……ん、えっと……、ありがとう……」

「?」


 褒められるのには慣れているだろうに、頬を染め、恐縮するシルフィ。ローリヤもそれを不思議そうに見上げていて、


「見かけよりも色男なのですね」

「ギャベっ……!!」


 ユウゼンは突然横から声を掛けられて奇声を発し、反射的にその場を飛びのいた。

 猫かぶり……! 

 いつの間にか引き離していたのを、やっと追いついてきたらしい。遠くにアルコートの姿も見える。猫の顔は息を整えながら、(精神面で)猫をかぶりなおした声で言った。おまけにユウゼンに向けて丁寧なかわいらしいお辞儀を一つ。


「お買い上げありがとうございます」

「へ。ああ」

 そう言われてみればプレゼントしたのだからそれもそうだ。シルフィにちらりと目を向けると、少々ぼんやりと胸元のジェットに触れていた。

 シルフィに大事にしてもらえるのなら、安いものだろう。

 ユウゼンは一つ頷いて、やっと、口元を緩めた。















 そして、

「500GCになります」

「ごひゃっ……!!」

 実際問題安いわけなかったという話。

 



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