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猫や犬や子どもの事情(3)

 部屋の主であるシルフィードが返事を返すか返さないか、微妙なタイミングで扉が開く。


「おじゃまします!」「します」

「おや」


 元気に飛び込んで来たのは、二人の子どもだった。

 黒髪の、八歳ほどの男の子ともっと幼い女の子。よく似た面差しで、事情を知らぬものでも兄妹だと分かる雰囲気だった。ちなみに、ユウゼンはこの二人をよくよく知っている。


「あ、カカシ叔父さんだ!」「カカシおじさんだ」

 男の子の方が元気にユウゼンに人差し指を突きつける。女の子はたどたどしく繰り返し、


「HAHAHA、カカシじゃないよ〜今訂正すれば、これから先安泰だよー」


 ユウゼンは乾いた笑みで脅しを含ませ返答した。

 大人気なくたっていい。もう、いいんだ。自分の気持ちに嘘をついちゃだめなんだ。

 達観した様子のユウゼンを、しかし子どもたちは華麗にスルーして、ころころとシルフィードにまとわりついた。


「お姉ちゃん、あのね、犬が迷いこんでたんだ。かわいいから見に来てよ、一緒にあそぼ?」

「あそんで」

「あら、今日はもうお勉強や作法は終わったのかな?」

「終わったよ! 行こうよ! 白い犬なんだ」

「ええと、行きたいのですけど……」

「うう〜」


 なぜか二人に非常に懐かれているシルフィ。煮えきらぬ様子に、女の子の方が軽くぐずりだして、シルフィはユウゼンに申し訳なさそうな目を向けた。

 まあ、流石に子どもと張り合うほど大人気なくはない。どうせちょっとした用事だったのだし、彼らに付き合ってやるよう物分りのいい顔で軽く頷いてみせた。 


「では、後ほど必ず伺いますから……ちょっと行ってきますね?」


 軽く微笑んでユウゼンに断った後、シルフィはすっと膝を折り、女の子──すなわちヘテロクロミヤ・アイディス侯爵の息女ローリヤ・サース・アイディスの小さな手を取って、「失礼」と軽く口付け、その身体をふわりと抱き上げた。

 ローリヤはぐずっていたのが嘘のように頬を染め、シルフィの首筋に抱きつく。


「わあ、かっこいい……」

「何だろう、その紳士っぷりは……」


 ローリヤの兄、ヘテロクロミヤ候の息子に当たるアルコート・サン・フェール・アイディスもユウゼンも、それぞれシルフィが部屋を出て行く後ろ姿を感慨深く眺めていた。

 って、アルコートまで残っていてどうする。

 ユウゼンは隣でぼけっとする男の子を軽くこづいた。


「ほら、遊んでもらうんだろ。行っちまうぞ」

「あ! そうだった!」

 アルコートは部屋を飛び出して行き、

「わあ!!」

 数秒で駆け戻ってきた。


「ん?」

 いや、アルコートだけではない。部屋に飛び込んできたものがもう一ついた。アルコートはそれを見て、慌てて追いかけてきたのだろう。

 すなわち、犬。軽く薄汚れているが白くて長い毛を持つ中型犬。もう少し詳しく言うと、何か白い布のようなものを口にくわえた、犬。

 ユウゼンは自分の足元で尾を振りながら座り込んだ犬を見て、仕方なく膝をついた。


「これって、さっきお前が言ってた犬か? 何でこんなところまで……ってか、何くわえて」


 ユウゼンは自分を見上げる犬の口からさっと白い布を取り上げ、まじまじとそれを見つめて──それが何か理解した瞬間に、思考停止した。

 

 ──これ。これ、は。もしかして、下穿き(女性の下着)、ですか、?


 そして顔を上げた時、犬(下着)を追って必死で走ってきたであろう侍女と目が合った。

 下穿きを持つユウゼンと、侍女。


「……………………」「……………………」

「…………………………」「…………………………」

「…………あの、ちが」

「い、ぃ、いやあぁーーーーーーーっ!」


 顔を青くして赤くして、この下穿きを管理していたであろう侍女は盛大に悲鳴を上げて走り去っていく。いやいや、ちょっと? それひどくない? 激しく真似してこの場を立ち去りたいんですけど?


「クソッタレが……」


 ほら、何かセクレチアが汚物を見る目でこっち見て呟いてるし。猫かぶりは表情こそわからないけれど、かわいそうな感じでこっち見てるし。武官のヘリエルに至っては、正座したままこっちに背を向けてるし。ていうか、背を向けてるって事はこれ何か分かったってことだよね? つまり見たってことだよね? よって同罪じゃね?


 一時思考破綻していたユウゼンだったが、もう弁解する気力もなかったので、セクレチアに土下座しつつそれを献上した。

 セクレチアもまあ、一部始終を見て事情を理解していたため、再起不能なまでに罵ることもなく哀れな侍女を探しに出て行ってくれる。本当にこのときばかりはセクレチアが聖女に見えた。

 で。


「何で俺がこんな目に! 大体アルコート、お前が躾のなってない犬をほいほい皇宮に入れたりするから、犬だって慣れない場所で混乱して下穿きでもジェットでもくわえて持っていこうとするんだ! って、ジェット!?」

 

 説教の途中でユウゼンは自分のセリフに瞠目し、つっこみを入れる。

 それもそのはず、白い中型犬は、猫かぶりが持ってきてシルフィが購入予定のいかにも質のいい首飾りを無造作にくわえ、猛然とダッシュして部屋を出て行ったのである。








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