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誰かが見ている

作者: HYG

 女はぐったりとしていた。

俺は女の首から両手を離す。最初は激しく抵抗していた女も、今はピクリとも動かない。

殺しちまったか?

俺は青ざめた。いつも通り、家主が居ない間に、ささっとお邪魔して仕事を終らすだけのつもりだったが、まさか直ぐに戻ってくるとは思わなかった。

ちゃんと下調べはしていた。一人暮らしのOLの部屋だから、この時間は確かに出勤して留守になっていた。鍵もありふれたシリンダー錠だったから開けるのは簡単だった。アパートの他の住人も、皆単身者でこの時間帯は仕事に出かけていた。

全ては上手くいっていた。だから金の物を頂いたらさっさとずらかる予定だった。

なんで戻って来たんだ?

忘れ物でもしたのか?

単に俺の運が悪かっただけなのか?

いや、それならこの女のほうがよっぽど運が悪かったに違いない。落ち着け、冷静になれ、俺は頭を抱えた。


こうなったら腹を括るしかない。

急いで家探しして、金目の物を頂いて、さっさとここを離れよう。そして、頂いた金で酒でも飲んで、おねぇちゃん達と遊んで、全部忘れちまおう。いっそ、どこかここよりも離れた観光地の温泉街とかにでも行って、ほとぼりを覚ますのも良いかも知れない。

もちろん、殺すつもりはなかった。悪い事をしたと思ってる。だから、このOLの為に神社でも寺でも良いからお参りに行くさ。だから、化けて出るなよ。

そう思いながら俺は再び、床に横たわる女を見た。俺と争った事によって乱れたビジネススーツを着ていたそのOLの目は涙を流したまま見開かれ、虚ろにどこかを見つめていた。右の鼻の穴からは一筋の赤い血が流れていた。絞まり無くぽかんと開いた口。血の気の引いた顔。


俺は改めて自分がしてしまった事を後悔した。本当に、殺すつもりは無かったんだ。なんで俺がこんな目に合わなきゃあならないんだ。くそっ! くそっ! くそっ!


大丈夫、俺とこの女が争った物音は誰にも聞かれていない筈だ。それを示すかの様に、このアパート他の住人が騒いでいる気配は感じない。俺は、部屋の中を見回した。ベット、化粧台、タンス、テレビ、ドレッサー、めぼしい物を確認する。窓にはカーテンが……

開いていた……?

カーテンはずーっと開いていた? 窓の外には……

俺はぞっとした。目があったからだ。このアパートから少し離れた所に建っているあのアパートの角部屋にいる女と目があったからだ。

女が見ていた? いつから? 最初から? 全部? 

全部見られたのか?

やばい、やばい、やばい、やばい、やばいぞ!

俺はパニックになった。


それは確かに、遠目に見ても明らかに女だと分かった。女はずっとこっちを見ている。俺は蛇に睨まれた蛙になったかのごとく動けなかった。瞬きも出来ずにその女と凝視する。もう何分も時間が経過したかの様に感じた。全身から汗が噴き出し、額を伝った汗が目に入る。


俺は汗を拭った。そして再び窓の外を見た。だが、そこに、俺の視線の先には女は居なかった。今まで俺を見ていた女は俺が視線を外した一瞬の間に忽然と消えてしまった。


しまった! 俺は直感でそう感じると、すぐさま部屋を出て玄関の方に向かう。


玄関ドアを開けて外に出る。落ち着け、慌てた素振りを見せるな。俺は腕時計を見た。時計の針は十一時七分を指していた。この部屋に入ってから出るまでにもう三十分も経っていた。


ゆっくりと、不自然にならない様に玄関のドアを閉めると、左右を見回す。辺りは閑静な住宅街で、車が走る音も近くには聞こえない。パトカーのサイレンも。俺はアパートの右側にある通りに出る。



ビジネススーツに身を包み、仕事道具を入れたビジネス鞄を持った今の俺は、誰がどう見ても泥棒には見えない筈だ。慌てず、焦らず、走らず。俺は落ち着いて、しっかりした足並みであの女の居たアパートへと向かう。あの女が、警察に通報する前に何とかしなくては。何とかしなくては……

じゃあ、俺はどうするつもりなんだ……


考えがまとまらないまま程無くして、俺はあの女の居たアパートの前景が見える所までやって来た。そのアパートの壁の上の方には、裏野ハイツと書かれた看板が掲げてあった。二階建てで間取りは恐らく、一階に三戸、二階も同じく三戸。この時間帯に他の住人は居るのだろうか?


俺は綿密に頭の中で辻褄合わせを考えた。他の住人に見られたらどうする……、そうだ! 管理会社から来たと言えばいい!

そうすれば、不審には思われないだろう。何なら、世間話にかこつけて住人にあの部屋に住んでいる女の事を聞いても良い。そうこうしているうちに、向こうのアパートにパトカーがやって来るのが確認出来たら急いでこの場を離れれば良い。何も起こらなければ、それはそれで問題なしだ。適当に切り上げてこの場を離れる。

そうだ、俺はそう出来ればいいんだ。このアパートの女が通報したかどうかさえ分かれば、すぐさまここから逃げおおせられる。別に、このアパートの女をどうこうしたい訳じゃあない。あれは不幸な出来事だったんだ。人殺しなんて俺はまっぴらごめんなんだ。


俺は裏野ハイツの正面に周と注意深く辺りを見ながら、二階への階段を上る。足音を殺して歩くのは不自然だから、自然に、自然に……

二階の廊下まで上がると、あの女の居た部屋、203号室の玄関ドアの前まで歩く。部屋の中から人の気配はしない。やはり出かけたのか? 警察に通報しに?

俺は電気メーターの回転盤を確認した。回転盤は止まったままだった。なんか変だぞ。回転盤が動いていないと言う事は電気を使っていないと言う事だ。と言う事は、待機電力を使う電化製品さえも使っていない事になるし、それ以前に冷蔵庫とかも使っていない事になる。


俺は周りに聞こえない様に小さくドアをノックした。だがと言うか、当然と言うか返事は無かった。このアパートの玄関ドアもシリンダー錠が付いているから、いざとなったらピッキングで開ける事が出来る。

俺はドアノブに手をかけて回してみた。ドアには鍵がかかっていなかった。

恐る恐るドアを開けて部屋の中を覗き込む。そして、俺は唖然とした。

部屋は空き部屋だった。何もかもが一切ない、誰も住んで居ないがらんとした部屋だった。


俺は自分の顔がニヤケているのが分かった。同時に俺は改めて、あの女があの時消えた事を考え直す。ひょっとしたら気のせいだったんじゃあないのか?

あの時、女に見えたあれは光の加減かなんかで、俺がそう思い込んだだけなんじゃあないのか?

直前に俺が殺したOLの顔が強烈で、それが俺に幻かなんかを見せたんじゃあないのか?


そう考えながら、俺は部屋に入った。こじんまりとした1LDKの間取りで、床にはうっすらと埃が積もっているが、そこには足跡とかは見当たらない。と言う事はこの部屋には今、俺が入るまで誰も居なかった事になる。リビングダイニングも、奥の洋室も同じだ。洋間の物入れも、扉が開け放たれていたが何もなかった。がらんとしてて何もない、誰も居た形跡が本当になかった。


俺は安堵の溜息をついた。良かった! 誰にも見られていなかったんだ!

安心した俺は洋間の窓から、あのOLの部屋があるアパートの方を見た。アパートのOLの部屋の中は暗くてよく見えなかった。

よし! 誰にも見られていないぞ!

そうと決まれば、さっさとここから離れよう。今日は上りも無くってツイてなかったが、仕方がない……


ぱたっ


俺はギクリとした。背後から音が聞こえた様な気がしたからだ。息を殺して、全神経を耳に集中する。


ぱたっ


やはり音が聞こえた。だが、人が居る様な気配はしない。俺は勢いよく振り返る。

やはり誰も居ない。

俺は確かに聞いた筈の音の原因を目で探した。おや? 床の一部が小さく黒くなっている。

何か黒い液体の様な物が洋室のフローリングの床の上に小さく溜まっている。俺は部屋の天井を見上げた。天井には黒い液体が滲んでいる箇所は無かった。

もう一度、俺は床の黒い部分を見る。そこには何かが浮き出てきているかの様に見えた。俺はそれを確認する為にかがんで床に両手を付け、顔を近づけてみた。その黒い何かが次第に、文字の様なものになってゆく。俺はそれを読んでみた。


ゼ ン ブ ミ テ イ タ ヨ


その途端、部屋中に黒い液体が雨の様に降り注いだ。降り注いだ黒い液体は俺のスーツも鞄も濡らす。そして、黒い液体は次々と床に文字を浮かび上がらせた。


ダ レ ニ モ イ ワ ナ イ カ ラ


ユ ル シ テ


コ コ カ ラ ダ シ テ


コ ロ サ ナ イ デ


「うわあああああああああ!」

俺は叫び声を上げると、立ち上がって室内を見渡した。部屋は床も壁も天井も、あらゆる所に黒い液体が流れ、それが文字を浮かび上がらせて見る見る黒くなっていく。

俺は黒い液体に溺れそうになりながら、急いでリビングダイニングの方に向かう。だが、そこには何もなかった?

いや、リビングダイニングは既にあらゆる所が黒に染まって暗黒の空間になっているかの様に見えたのだ。

俺は必死に出口を探そうと辺りを見回す。


窓だ! 窓からは外が見える。

俺は急いで洋室の窓に向かう。そして窓を開けようと試みる。窓の鍵を外し、スライドさせようと力を込める。ダメだ、ビクともしない。手に持った鞄を窓に叩きつける。だが窓ガラスは割れない。俺は必死に窓ガラスを叩いた。何度も、何度も、何度も。

俺は声にならない叫び声を上げながら窓ガラスを叩いた。叩き続けた……





私は、震える手でなんとか煙草に火を点けると一服し、私を襲ったこの境遇を呪った。居間の床には妻が横たわっている。そして、その脇には血まみれになったガラス製の大きな灰皿が転がっていた。

先程までの喧騒が嘘の様に室内は静まり返っている。先程まで私に罵声を浴びせ続けていた妻は、今では床に転がり何も喋らなくなっている。

落ち着こう。

このままでは私は破滅してしまう。私はこの事態を何とかしようと、冷静になろうと努めた。落ち着いて室内を見回す。そこはいつも通りの我が家の居間だ。

私は、外の空気を吸おうと庭に通じるガラスサッシの方に向かった。ガラスサッシのレースカーテンはずーっと開いていた? サッシの外には……


私はぞっとした。目があったからだ。この家から少し離れた所に建っているあのアパートの角部屋にいる男と目があったからだ。



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