表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三十と一夜の短篇

遊女の成れの果て(三十と一夜の短篇第2回)

作者: ひなた

「俺のこと、愛してる?」

 男は、隣で眠る女に、囁くように問い掛けた。

 その問いに女は、何も答えず優しい微笑みで返した。沈黙に咲く美しい華に、男は見惚れる他なかった。

 これがいつもの手段なのである。

 男が見惚れて何も言えなくなることがわかっていて、女はこうはぐらかしているのだ。


 愛している、はずがなかった。

 だけどそんなこと、言えるはずもなかった。

 本心を口に出すことは許されず、嘘をつくことも心が阻むので、曖昧にするしかないのだ。

 答えを強要されたときに、適当に愛の言葉は送ってやれば良い。……願われてもいない愛の言葉を囁くほど、あたしゃサービス精神旺盛じゃないよ。

 そんなふうに、女は思っていた。


 実際、その女は美しく、誘わなくとも男の方からやってくるのだ。

 基本的に早い者勝ち、つまり先に申し込んだ人と、女は夜を過ごす。だからその美しい女を求めて、男たちは通い詰める。

 しかしいくら美しかろうと、その美しさは永遠ではない。

 だれにだって終わりは訪れるし、それ以前に、歳を取ってしまう。

 若いうちは注目の的だし、多くの男がときに喧嘩をしてまで、奪い合っていた。

 それなのに、三十路を越えたあたりから、その勢いはなくなっていってしまう。それでもまだ、求めてくれる人はいた。

 少なくとも三十代のうちには、一人で夜を過ごすことなどなかっただろう。


 四十路を越えると、独りの夜が徐々に増えてくる。それが彼女にとってのストレスだったのだろう。美しい女は、美しかった女へと変わっていく。

 五十路を越えると遂には、醜い妖怪のような姿にまで変貌を遂げていた。

 そもそも、女は遊女である。四十路を越えたならば、大人しく引退すれば良かったのだ。

 客だって若い女を欲しているわけだし、それくらいの歳になれば体力にだって衰えが見えてくる。

 それでも美しかった女は、美しくありたくて、引退を頑なに拒んだ。


「何よ。あたしゃ、一番の美女なのよ。どうしてそんな女を選ぶのよ。あたしのほうがきれいよね?」

 死後も女は、やってくる男に問い掛けるけれど、だれも見向きすらしない。

 美しいと言われ続けてきた彼女にとって、これほどの屈辱はなかった。

「あたしより美しいやつなんか、存在しないのよ。…………そうだわ。なくしてしまえば良いのよ」

 嫉妬に燃えた彼女は、人気の遊女の部屋へ、包丁を持って訪ねていった。もちろん、目的は一つである。

 自分より美しいものがいるというのなら、それを消してしまえば良い。そうすれば、もう一度自分は一番に戻れるのだ。

 罪悪感などなかった。悪いことだとすら、思っていなかったのだろう。美への執着が、狂おしい嫉妬心が、女の理性など消し去ってしまっていた。




「あたしが一番、よね?」




 女は、満足そうな顔で笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後の一言が、恐ろしいですね。 女ってのは美しくて若いだけ価値が出ますけど、それに胡座をかくと老後が悲惨です。娼婦というのも、難儀な職業だと思います。
2016/08/05 12:26 退会済み
管理
[一言] おお!大人のネタに挑戦ですね。とドキドキしながら読ませていただきました。美醜にこだわるキレイ系女子は、中年以降が大変です。どうしても、つよく逞しいおばちゃんとか、かわいいおばあちゃんとかを目…
[一言] こうして悪女ができあがるわけですね。 3分クッキング的な香りがします。暗黒版キューピー。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ