タケル、奴隷買いに挑戦する
中心街から北西の場所に奴隷ギルドはあった。
結構、賑わっていた。
が、決してよい雰囲気ではない。
「何か・・欲望の塊って感じですね?」
「良くも悪くも・・ですがね。さあ、こちらの建物です。入りましょう」
ルードに言われ、高そうな建物に入る。
中に入るとすぐに執事風の男がいた。
「これは、ルードではありませんか。リーガル様はご一緒では?」
「今回、旦那様はご出席なさいません。その代り、新しいお客様を連れしました」
そう言って俺に視線を向けるルード。
「ほぅ。リーガル様と同じ目の持ち主ですか・・。これは面白い」
「今回は私が案内いたしますが、次回からは『イノエ』がタケル様の相手をしてあげてください」
「分かりました。次回からは私がお相手を務めましょう」
何か・・同じタイプだなと感じる。
まあ、悪い人ではないのでそこは安心だが・・。
「今回の『目玉』は?」
「今回はちょっとまずいことがありまして・・」
「また、『あの方』ですか?」
「ええ・・。しかも、今回は悪くすれば戦争になるやも・・・」
「せ、戦争!?」
物騒な言葉に思わず声が出る。
まさか、本物のことじゃないよね?比喩的表現ですよね?
「・・本当の意味での戦争です」
「―――どういうことですか?」
「まさか・・『ハイ・エルフ』ですか?」
「・・『ハイ・エルフ』?」
確か、エルフの高位種だったかな?
「そこに、『ダーク・エルフ』も・・・」
「なんと・・。旦那様が申した通り追加予算をお持ちして良かったようです」
「一体何が起こっているのでしょうか?」
『ハイ・エルフ』だの『ダーク・エルフ』だのそれが、どう戦争に結び付くのか?
「奴隷制度での禁忌の一つが『高位種』からは奴隷は出されないと言うのがあるのです」
「じゃあ・・」
「奴隷として選ばれるはずのない高位種が奴隷として出回ったと知られればどういう事態になるか・・・」
「そこに、魔族とハイ・エルフの混血種『ダーク・エルフ』もいるとなると、魔族とも事を構えることになる可能性が出てきます」
「・・・なんで、奴隷として売ることになったんですか?売っちゃいけないって分かってて」
「・・・シュバイン公爵です」
「え?」
「我が旦那様と同じ『領主』と言う立場ですが、『好色家』としても名が通った御方です」
「まさか・・・」
「その『まさか』です。シュバイン領の領主でありながら、爵位第1位の『公爵』の地位を持つのが、シュバイン・ランドルフ様なのです。その権力は王族に次ぐほどのものなのです」
「その権力を笠にやりたい放題ってことですか?」
「そうなりますね」
「でも、それは戦争を引き換えにしても得たいものなのですか?」
俺には分からなかった。
自分の欲望を満たすために戦争すらも起こそうとするなんて・・・。
「実際は起こす気などはないのでしょう・・。ハイ・エルフはエルフに比べほんの少しだけ耳が長いだけです」
「ですが、ダーク・エルフは」
「今回出品されるダークエルフはまだ子供で、『保護奴隷』と言う名目で売りに出されますから」
「・・もしかして、今回、リーガル殿を奴隷買いから遠ざけたのも?」
「察しがよろしいようで。多分、そうなのでしょうな」
なんだろう・・。
この内から湧き上がる『怒りの感情』。
最初に出会ったのがリーガル氏だったので忘れていた。
この世界がどれだけ『クソッタレな世界』かと言うことを・・。
「1つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
俺の言葉に、首を傾げるイノエ。
「例えばですが、俺が奴隷を買って、それを他の人に譲ると言うのはできるのでしょうか?」
「タケル様が奴隷にした上で・・と言うことでしょうか?」
「いえ、契約を結ぶ前です」
「それならばできるでしょうが、その場合タケル様が落札した金額を相手が支払えなくてはいけませんが・・」
「・・・もし、払える金額が落札額より少ない場合は俺が肩代わりすると言うのは?」
「・・・・・損を承知で差額分払うと?」
「そうです」
「それはできなくはありませんが、お薦めはしません」
「どうしてでしょうか?」
「人は一度甘い汁を味わうと歪んでいくのです。善意に慣れればそれを利用しようと考えてしまう・・それが人なのです」
「・・確かに、そうかもしれませんね。だから、俺が求める物を肩代わりの金額分とするのはどうでしょうか?」
そう、俺は初めからタダで肩代わりするつもりはなかった。
俺が求める物は・・・。
「あなたが欲しいもの・・それは本当に『物』ですか?」
「さすがですね。俺が欲しいのは『物欲』ではありません。人と人との結びつき・・・『絆』と言うか『縁』が欲しいんです」
「・・・やはり、あなたは面白い」
「まったくです」
俺は、この世界では『孤独』なのだ。
親も兄弟も友もいない。
『知り合い』は増えたが、まだ『仲間』とも『友』とも呼べない人たち。
だからこそ、俺は・・・。
「俺は『種を蒔きたい』んです。『友情のと言う名の種』を・・」
「・・良い響きですね。では、その友の種を私にも蒔いてもらいましょう」
「では、私も」
二人と握手を交わす。
この二人なら信じてもいいと思う。
「これから具体的な方法を教えます。それは、俺の能力を使います」
「能力ですか?」
「俺は、『心眼』と言う能力を持っています。その能力を使って、奴隷の適正と主としてふさわしい人を見つけるんです」
「なるほど・・。それは理に適った使い方ですね」
「俺が良いと思った人が奴隷を買えればそのままで。そうでなければ俺が奴隷を買い、俺が奴隷を引き渡したい人を教えるので、それとなく伝えてほしいんですが」
「では、その時は番号札に書かれた番号を教えてください。それとなく伝え、奴隷引き渡しの席に来てもらうようにしましょう」
「あの・・番号札って?」
「これです。タケル様の番号は337番です。値段を吊り上げる際はこの番号札を上げてから言うのです」
「分かりました。じゃあ、伝える方はイノエさんにお願いしますね」
「かしこまりました」
結局イノエさんも一緒に来てもらうことになったが、これで準備は整った。
「さあ、行きましょう・・。オークション席へ」
迷いはもうなかった。
『救えるのなら救う』・・・それこそが俺の求めた『ヒーロー道』なのだから。
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オークション席に着くと、その賑わいに圧倒される。
独特の雰囲気だが、ここにいる人たちの『絶対良い奴隷を買うぞ』と言う意気込みを感じる。
「オークションで扱われるのは3種族から引き渡された隷属奴隷と保護奴隷のみです。まずは、保護奴隷から始まります」
「ダーク・エルフは最後の方で出るんですよね?」
「そうですね。ただ、もしもタケル様が気に入った奴隷がいたらご自分用にお買いくださっても良いですよ」
「え?・・良いんでしょうか?」
「ハイ・エルフの件とダーク・エルフの件は我々のわがままですからね。タケル様にはタケル様の考えもあるでしょうから」
「・・分かりました。それ以外は先程話し通りにお願いします」
「そちらは、私めが引き受けましたのでご安心ください」
ハイ・エルフとダーク・エルフは必ず競り落とさなくてはいけない。
だが、俺自身が求める者もあるだろう。
だから、心眼だけでなく自分自身の感性みたいなものも必要だろう。
「ふむ。今回は『保護奴隷』が3人だけのようですね」
「それ、出品リストってやつですか?」
「ええ。ここには奴隷の氏名と年齢、種族と性別が書かれています。あとは直接見て進行係が最初に提示する金額からスタートします。金額を吊り上げるときは番号札を上げるのを忘れないようにお願いします」
「分かりました」
カランカランとベルが鳴る。
会場内は静まり、明かりが消えると中央ステージがライトアップされた。
ちなみに科学ではなく魔法によるものだが・・。
「それでは皆さん、お待ちかねの春の奴隷オークションを開催します」
宣言とともに歓声が沸く。
ついに、奴隷オークションが始まった。
「まずは、犬獣人族、8歳、性別は雄。名前はパウエル。銀貨10枚からスタートさせてもらいます」
ステージに現れた犬耳の少年。凝視すると、『心眼』が発動した。
―パウエル―
犬獣人族・8歳・雄。
Lv.1 HP:5/5 MP:3/3 ランク:保護奴隷 職種ジョブ:村人 特殊:無し
筋力:4 体力:6 敏捷:4 器用:4 知力:3 理性:2 幸運:1 アイテムボックス:無し
恐怖を感じている。主人に対する忠誠心は高い。物覚えも良い。
年齢のせいで身体能力は低いが、将来の有望性が高い。
「銀貨12枚」
「銀貨15枚」
「銀貨17枚」
札を上げた人物を心眼で見ていく。
商人、雑貨屋、質屋・・・まあ、どの人物も悪い感じはない。
全員、丁稚のような事をさせようと思っているようだ。
「銀貨30枚」
「オオ~ッ」と歓声が上がる。
見るからに強欲そうなオヤジだ。
心眼で見てみると、ろくでもないオヤジだった。
奴隷を食い潰すのが当たり前みたいな考えを持っていた。
「銀貨40枚」
雑貨屋が番号札を上げて対抗する。
心眼でもう一度確認する。
―ブライアン・メディスー
年齢:35歳 種族:ヒューマン 職種ジョブ:商人 ランク:常識人 アイテムボックス:所持
Lv.6 HP:42/42 MP:21/21 特殊:高速演算
筋力:25 体力:29 敏捷:19 器用:18 知力:23 理性:29 幸運:12
真面目で誠実。奴隷に掃除や片付けなどをさせ、ゆくゆくは商売を教え込もうと考えている。
好感が持てる。是非お近づきになりたいところである。
「銀貨50枚」
強欲オヤジが不敵な笑みを浮かべている。
死ぬまでこき使うつもりであり、尚且つブライアン氏の悔しがる姿が見たいと言う下劣極まりない性格の持ち主。
「銀貨50枚が出ました。他にはおりませんか?」
沈黙が流れる。
このままでは強欲オヤジの物になてしまう。
しょうがない。作戦通りに行こう。
「銀貨70枚」
俺の言葉であっさり決着はついた。
強欲オヤジは悔しがっていたが、気にしない。
「イノエさん、71番に連絡をつけてください」
「かしこまりました」
言うと立ち上がり、すぐに行動に移る。
流石は出来る男イノエである。
2人目は猫獣人の女の子だったが、才能を生かせる針子の女性に買われて俺は一安心だ。
そして、最初の難関が訪れる。
「それでは本日最後の保護奴隷。種族はダーク・エルフ、年齢5才、女性。名前はジュエルです。金貨1枚からのスタートとさせてもらいます」
ついに始まった。
俺はシュバイン公爵の出方を窺う。
「金貨10枚」
どよめきと歓声が上がる。
いきなり来たか・・。
「金貨15枚」
今度はどう出るか?
刻むか?それとも一気に攻めるのか?
「金貨20枚」
一気に上げてきたか・・。
それなら―――。
「金貨30枚」
周りが絶句する。だが、構わない。
俺は勝負に出た。
シュバイン公爵の息の根を止めるためにはここが勝負どころと思ったのだ。
「まて!小僧、所持金を見せてみよ。もしも、不当に値を吊り上げたのなら奴隷落ちだぞ?」
「こちらに用意してあります」
「確認せよ」
その言葉でイノエが俺の袋を開けて、用意された机の上に広げて調べる。
「金貨50枚はあります」
「――なっ!?」
さすがのシュバイン公爵も言葉が出ない。
それもそうだろう。
まだ小僧の部類の俺が金貨50枚と言う大金を持っていたのだ。
驚くなと言うのが無理な話である。
「ただ今、金貨30枚が出ました。誰かいらっしゃいますか?」
沈黙だけが続く。そして・・・。
「それでは、金貨30枚で337番が落札となります!」
まずは1人目。
後は、本命のハイ・エルフ。
大歓声の中、俺は喜んでばかりはいられなかった。
「ルードさん、追加予算はいくらありますか?」
「金貨50枚です」
「では、この後のオークションで売りに出される奴隷の数と平均落札価格を教えてもらえますか?」
「隷属奴隷の総数は20名です。通常の平均落札価格は金貨2枚と言うところでしょう」
「ハイ・エルフを除けば19名。適正のある主人に買われるのは7人もればいところか・・・。そうなると残り12人対して金貨2枚となると24枚・・・残りは46枚か・・・ギリギリだな」
正直なところ、シュバイン公爵は金貨50枚は持っていると見込まれる。
そうなると、金貨55枚は残したいところだ。
となると、使えるのは金貨15枚。
厳しい状況になるのは目に見えている。
「それではこれより、隷属奴隷オークションを開催します!」
オークションが再開する。
悩んでも仕方がない。
何としてでもハイ・エルフを落札して見せる。
「まずは、狼獣人族、12歳、性別は雌。名前はシリー。銀貨40枚からスタートです」
結論から言うと、15人までが終わった時点で俺が落札したのは6名だった。
隷属奴隷はみんな冒険者としての職種持ちだったので引く手数多であった。
しかも、ほとんどの冒険者パーティが戦力UPのために隷属奴隷を求めていたので、俺としても落札を思った以上に少なく済んだのはラッキーだったと言える。
しかし、それでも6人の落札価格はルードの言う通り1人頭金貨2枚だったのは痛かった。
あと4名に対し使えるのは金貨3枚と言うのは正直微妙なところだ。
「続きまして、キツネ獣人族、15歳、性別は雌。名前はオウカです。銀貨60枚からスタートです」
桜色の毛並みに3つの尾と鋭い目。
俺は一瞬にして目を奪われていた。
心眼が発動し、彼女の全てが頭に流れ込んでくる。
―オウカ―
年齢:15歳 種族:キツネ獣人族 職種ジョブ:拳士 ランク:隷属奴隷 アイテムボックス:所持
Lv.2 HP:17/17 MP:12/12 特殊:妖魔仙術
筋力:20 体力:22 敏捷:19 器用:18 知力:23 理性:20 幸運:12
武術Lv.2(80/100) 技:「 連続拳 妖炎 幻桜 」
冒険者崩れに両親を殺され奴隷にされたことからヒューマンに対し憎しみを抱いている。
戦闘力に恵まれた才能がある。 獣人の中でも知力が高い。
ほ、欲しい。
能力の高さとか見た目だけではない「何か」を彼女の中に感じる。
でも、ここで欲求に負けたらハイ・エルフが落札できないかもしれない・・。
「金貨1枚」
考えている間にも値は吊り上がる。
どうする・・。
「金貨1枚と銀貨20枚」
「金貨1枚と銀貨40枚」
どんどん上がる落札価格。
こうなったら、俺自身の金を使おう。
「金貨2枚」
今後のことを考えて、自分のお金には手は出すまいと思っていたがしょうがないよな。
どうしても彼女が欲しいと思ってしまったのだから。
沈黙が続き、その時は来た。
「それでは、337番。金貨2枚で落札!」
初めて自分の奴隷として買った。
何というか満足だった。
残りは3人。
何とか、金貨3枚で押さえたい所だ。
次の隷属奴隷は、ドワーフだった。
女性だったこともあり、金貨1枚と銀貨30枚で落札できた。
後は2人とも女性のエルフだった。
A級冒険者パーティが2人とも買い、何とか金貨57枚を持って最終落札に挑むことになった。
「ついにラストとなりました。最後の隷属奴隷はエルフ族、17歳、女性。名前はセレニティです。金貨5枚からスタートです」
「金貨10枚」
シュバイン公爵がいきなり動く。
やはり今回は『本気』らしい。
なら、こっちも全開で行くしかない・・。
「金貨20枚」
これでこっちの意図は分かったはず。
「金貨30枚」
「金貨35枚」
金貨10枚ずつ上がったところでの刻み。
ここで、シュバイン公爵がどうでるか?
「金貨45枚」
10枚の上乗せ・・・攻めてきたか。
多分、ここがポイントになる。
俺が出来る最高の一手を打つしかない。
「金貨55枚」
「―――・・・」
睨むシュバイン公爵。
さあ、どう出る?
「金貨57枚」
その言葉に俺は勝利を確信した。
「金貨60枚」
金貨57枚と言った時点で俺は、シュバイン公爵の予算は金貨60枚だと確信した。
こういう人間は端数でまずお金は持たない。
となれば、金貨55枚と俺が発言した時点で刻むか攻めるかで予算が見込まれたわけだ。
ここで、シュバイン公爵が金貨60枚と言っていれば俺の負けだっただろう。
しかし、結果シュバイン公爵は刻んだのだ。
これで俺は勝ちを確信できたのである。
「待て!小僧。もう一度、所持金の確認をさせるのだ」
「・・良いですが、ちゃんと金貨60枚あった時は、『僕』が落札したと言うことでよろしいでしょうか?」
「・・いいだろう」
俺は袋に俺の金貨を3枚加え、袋をイノエに渡す。
イノエはステージ上に上がり、用意された机の上に袋から金貨を取り出し数人の仲間と数える。
「・・・金貨60枚、確かにあります」
「――ば、バカな!?」
「と、申されましても確かに金貨60枚、確認されましたが」
「―――・・・帰るぞ!」
俺を睨みながらシュバイン公爵はその場から立ち去る。
そして、大歓声が会場を包み込んだ。
「337番、金貨60枚で落札!これにて春のオークションを終了させていただきます。次回、夏のオークションでお会いしましょう!」
こうして、俺の初めての奴隷買いは終わりを告げた。
・・いや、本当の意味ではまだ終わってはいない。
これから、8組の人たちと奴隷契約のことで話さなくてはいけないのだから。
でも、今だけは勝利の余韻に浸ろうと思う。
冒険仲間を見つけるイベントです。(奴隷ですが)
一気に3人。次回から本格的な冒険(ダンジョン探索)回です。