第9話 アホ毛人形とお話ししちゃいました。
フェレットっぽいぬいぐるみの頭の毛が一部ぴょこんと跳ねました。
ビッチを見ました。似たようなものが頭上でピョンピョンしてて確信しました。
あれはいわゆるアホ毛です。もしかして、ビッチみたいなのがもう一人……
嫌な予感がしました。
【あれぇ。ハチベエちゃぁん、ひさしぶりねぇ】
気が抜けてゆったり口調の女の声でした。いやな予感がいやな確信に変わりつつあります。
【こんにちわぁ。人形使いさぁん】
あわててわたしもあいさつしました。
【わたしもねぇ、ハチベエちゃんと同じ魔法使いだったんだけどねぇ。って言っても魔法が苦手なんだけどねぇ】
そういうのは魔法使いって言わないと思うんですけど。
【仕方がないから、釘バットとか使ってたんだけどねぇ】
ひょっとして元スケバン系?
桜の代紋をあしらった鎖ヨーヨーにあきたらず、ビー玉とかリリアンとかも武器にしてたりする系?
でも鉄板の折り鶴は、いくらスケバンでも勇み足が過ぎたんじゃないかとチョット心をよぎる系?
【何度言えばわかるのさ。君は魔法使いじゃないよっ!】
わたしにしてはめずらしくハチベエに同意です。
【だってリンゴを片手で潰してたじゃないか!】
そういう問題?
【あぁ~、そうそう。そうだったねぇ。あのリンゴ美味しかったねぇ】
食ったんかい……
【メロンだってスイカだってドリアンだって片手で潰してたじゃないか! そんな魔法使いいないよ】
魔法使いがどうのこうのじゃないような気がしました。
こんなアバンギャルドなお人形はちょっと疲れそうなので、もっとふつうのお人形を探すことにしました。
【あぁ~、そうそう。ハチベエちゃんだって魔法使いのくせにさぁ】
それでもアホ毛人形どもの声はいやおうなしに脳内にひびきます。
【いっつもわたしの胸とかおしりとか偶然をよそおってさわろうとしてたよねぇ】
【してないよっ!】
【すごく気持ちが悪かったけどさぁ】
【気のせいだよ!】
【いまはもう気にしてないからさぁ。いいよいいよぉ】
【誤解だよっ!】
気がつくとヌクミズさんをハゲにしたくらいハゲたお人形を手にしていました。
うるさくて集中できないじゃん。
「あはは。やっぱりハチベエも男の子だったんだね」
さすがビッチ、乱入しながらもフェロモンをうっかり放出してました。
【カンナもアヤも聞いて欲しい。この人形はナナコ。ボクの昔の仲間さ。だけどウソばかりつくから信用しないほうがいいよ】
【えぇ~。ひどいよぉ】
【だったらもう黙っててよっ!】
ハチベエ、声のトーンが大きくなってきました。
怒っているっぽくふるまってますが、あせってることは見え見えでした。
【使徒との戦いでずっとわたしのうしろにかくれてたこともぉ?】
【うん】
【そのときオシッコたれちゃったこともぉ?】
【そう】
【それなのに自分のことを大魔法使いって言って、いっつも偉そうにしてたこともぉ?】
【偉かったんだよっ!】
【みんなそう思ってなかったよぉ】
ハチベエ、絶句してました。
アホ毛人形はそれでも手をゆるめませんでした。
【わたしに告白してきっぱり断られて、そのあと腹いせに一週間くらい無視してきたこともぉ?】
【それは絶対黙ってて……】
ハチベエ、目がうつろで口をパクパクさせてました。
【でもそのとき気づいたんだよねぇ。ハチベエちゃんは本気だったんだなぁって】
【へっ?】
本気がどうこうじゃなくて、男としての器が小さいだけだとおもうんですけど。
【だからさぁ、ハチベエちゃんならわたしも身を固めてもいいと思うんだよねぇ】
【どどど、どういうこと?】
【ハチベエちゃんのおよめさんにしてくださいっ】
武器屋のオヤジがガハガハ笑っているよこで、ビッチがピョンピョンはねながらムナモトとかフトモモとかチラッチラさせてよろこんでました。
人形屋のオヤジはビッチの動きに合わせて目線を上下させることにいそがしそうで、祝福どころではないようでした。
アレ、あなたがあつかってる商品なんですけど。
【け、結婚はもうちょっとお互いのことをじっくり知ってからのほうがいいと思うんだ。だ、だからまずは友達以上恋人未満からってことで……】
ハチベエ、あからさまに怯みだしました。
器の小ささがほとばしってます。
とりあえず、式の日取りやら何やら、これからいそがしくなりそうですので、お人形探しは後回しになりました。
お人形屋をでます。
と、お人形屋のオヤジに、ぽんっと肩を叩かれました。
「8800エンだよ」
人生の門出を祝福すらできない小さな器がここにもいました。
しかたがないです。
わたしはそっとアホ毛人形を棚にもどして、お店をあとにしました。