ゲームとの相違1
学校近くの本屋で雄介は教科書を購入した。彼のなけなしのお小遣いはレジの中へと入っていってしまった。
「はあ、ついてねえな……」
そういえば零夜の家ってどう行ったっけかな? と雄介はスマホで地図検索を開始した。
(すげえ、さすがグーグル先生)
御手洗財閥は有名で、零夜の実家もこの町のシンボルと化しているため、すぐに見つかった。
雄介はスマホに表示されている地図を見ながら、御手洗の屋敷へと向かった。
「あれ……あそこかな?」
大きな門と、その奥に広がる芝生の庭、そして広大なレンガ造りの建物。
間違いなくここだ。雄介は門に設置されたインターホンを押した。
『はい』
聞こえてきたのは若い女性の声だった。
「あ、すみません。俺、御手洗くんと同級生の山下雄介といいます。えっと、御手洗くんの忘れ物を届けに来たんですけど……」
『わあ、雄介だ! 本物だ!』
インターホンから興奮した声が聞こえた。
「あの、すみません。どうかしましたか?」
『あ、な、何でもないです! と、零夜の忘れ物を届けにきてくださったのですよね?』
「はい、そうです」
『では少しお待ちいただけますか?』
少し待つと、門が開いた。
『お入りになってください』
「いいんですか?」
『どうぞ』
雄介は心が躍った。彼は零夜の家の中がどうなっているのか興味があった。
玄関へ入ると、まさに豪華絢爛という言葉が相応しかった。煌びやかな調度品や高級そうなシャンデリア。どれも結構な値段がしそうだ。
「すみませーん! 先ほどの山下です!」
誰もいない玄関で声を張る。
すると、数ある扉の一つが開き、中から一人の女性が現れた。金髪に碧眼、白い肌に整った美顔、そしてスラリとした体型。
雄介はこの人物を知っていた。攻略最難関のヒロイン、御手洗零美だ。彼女が攻略最難関と呼ばれる所以は、その設定にあった。
他のヒロインたちはあらかじめ好きなものや嫌いなもの、好きなデートスポットや嫌いなデートスポットなどが決められている。
しかしながら零美にいたっては、日ごとにそれらがランダムで決まる。前日好きだったものが翌日には嫌いになっていたりと、とにかく攻略が安定しなく、運に左右されるキャラなのだ。それ故にデートの約束をしても、当日になってみなければ好感を得られるかどうかわからず、さらにバグ(デート中にリセットすると、データが全消失する)のせいでリセットもできない。
これらが原因で、彼女は攻略難易度Maxのヒロインとして名を馳せていた。
しかし――
「うわあ、本物の雄介だ。超イケメン。マジ、あたし好みなんだけど……」
と、ぼそぼそ呟いたこの零美は、攻略難易度Maxの零美ではなかった。
「あの、どうかしましたか?」
ぶつぶつ呟いている零美を見て、雄介は戸惑った。
「あ、いや……、いえ、なんでもないですわ」
零美は猫を被った。
「零夜の忘れ物を届けてくださったんですよね?」
「はい、そうです。これです」
雄介は鞄の中から先ほど本屋で購入した教科書と、テープで応急処置をしただけのノート、そして筆箱(中身なし)を執りだした。筆箱の中身が空なのは、お金が足りなくて、シャーペンや消しゴムを購入できなかったからだ。
「わざわざ届けてくださってありがとうございます」
「いえ……。あ、では、俺はこれで」
キャットファイトの後の惨劇、それで負った心の傷は深い。雄介は早く帰って寝てしまいたい気分だった。
雄介は踵を返した。
「ま、待って!」
腕を掴まれ、雄介は立ち止まった。彼が驚いて振り返ると、零美がばつの悪そうな表情をしていた。
「その……せっかくいらしたのですから……もう少し何か話していきませんか?」
美人からの誘いを断るなど男が廃る。雄介は二つ返事で零美の言葉を了承した。
◇
広々とした格調高い一室。だが壁にはアニメのキャラクターのポスターや、アイドルグループの写真が一面に貼りつけてあり、異様な雰囲気を醸し出していた。
零夜はキングサイズのベッドに鞄の中身をぶちまけると、散らばったチョコを手当たり次第に口に入れていった。
「うーん、これは少ししょっぱいな。こっちは甘すぎる」
一口齧っては置き、他のチョコに手を伸ばす。
零夜はチョコの中で、一際大きなものを手に持った。包み紙には『高山美香』と書いてある。
「お。これはまさか、美香ちゃんの手作りチョコ! 雄介の奴が台頭してくる前に、手を出しておいて正解だったな。ぐふふふ……」
自分に言い寄ってくる清楚系ハーフの美香を思い出し、鼻の下を伸ばした。
実はこの『とある恋愛シミュレーションゲーム』、ゲームのスタート開始時点は高校2年生からなのだ。それ故に、零夜は雄介が動き出すのは2年生からだと思い、本来の主人公を出し抜いて先にヒロイン達を攻略してしまおうと考え、実際に行動に移していた。そして、見事にメインヒロインの美香を陥落させていた。
「今のところは美香ちゃんと涼子ちゃんだけだけど……。ゆくゆくはうざい姉貴以外、全員攻略しちゃうぞぉ!」
この、この僕がっ! ハーレム主人公だ!
と、零夜は鼻息荒く叫んだ。
スマホから聞き慣れたアニソンの曲が流れた。通知画面には、『御手洗光雄』と表示されている。
御手洗光雄――零夜の父であり、御手洗財閥の現当主だ。
スマホを手に取ると、零夜は『通話』をタッチした。
「もしもぉ~し」
『零夜か。そろそろ家へ着くから、パーティーへ行く準備をして、零美と一緒に待っていなさい』
厳格そうな声がスマホから聞こえる。
「はーい。そういや父さん、パーチィーってどこでやるの?」
『御手洗グランドホテルでやることになっている。色々な業界から客人たちが来るから、粗相のないようにな』
「ほぉーい」
『ではな……』
「うん、じゃあ」
通話を切ると、零夜は大きなクローゼットを開いた。中には数百にも及ぶ衣服が収納されていた。彼はその中から一着のパーティー用の服を手に取ると、今着ている衣服をベッドに投げ捨て始めた。
「うう、ううっ! き、きつい!」
ズボンのジッパーが途中でつっかかっている。零夜はそれを思いっきり上へ引っ張って、無理矢理穿いた。
「ふい~、何とか穿けたかぁー。よし、準備はできたし、それじゃあ食べよっかなあ」
ベッドの上に置きっぱなしだった、美香お手製のチョコを手に取る。零夜はそれを口へと運んだ。
「ふぉぎゃあああああーっ!!」
零夜が突如奇声を上げた。彼は勢いよく自室の扉を開け放つと、階下へとすっ飛んでいった。
◇
「雄介くん、何かお飲み物でも飲みます?」
ウェーブがかった金髪を揺らし、零美が雄介に訊いた。
「あ、いえ、お構いなく」
緊張した面持ちで、雄介は手を左右にぶんぶんと振った。
「えっ、ですがせっかくいらしたのですから……」
御手洗家のゴージャスなリビングにて、雄介が零美とぎこちない会話をしていると、どんどんどんっ! というを地響きを轟かせて零夜が走ってきた。
「辛れえええええー!」
零夜は冷蔵庫をばかっと開くと、中を覗き込んだ。
「あ、あ、姉貴ぃー! コーラ、コーラがないっ!」
「さっきアンタ全部飲んだでしょ。しかも1リットルを一気飲みで! ないなら水を飲めばいいじゃない」
「コ、コーラがあああっ! ぐがあっ!」
零夜は苦しそうに喉元を押さえると、ばたりと倒れた。
二人のやり取りを黙って見ていた雄介は、
(なんだかこの二人、ゲームと性格違くないか? すっげーカオスな性格してんだけど……)
と不審の眼差しを向けていた。