山下雄介、キャットファイトに巻き込まれる
20△1年2月14日
○○県××市にある県立高校にて、一人の少年が自分の下駄箱をたった今、開けようとしていた。
少年の名は御手洗零夜。この学校で一番モテている男子生徒だ。彼は、今まで生きてきた16年間、ずっとモテ期が継続している。
それは何故か? 理由は簡単だ。彼はそういう存在として生まれてきたからだ。
「くっはぁ~! またモテちまったぜ!」
アニメキャラのシールで埋め尽くされた下駄箱から、雪崩のように落ちてくる手紙、チョコ。それを見て零夜は悦に浸る。
「ふう……ふう……ぐふっ。こんなに食えるかな?」
豚の蹄のような指で、落ちた手紙とチョコを拾う。
下駄箱の隅では、顔の整った綺麗な少女達が団子となって、零夜の挙動を窺っている。全員、その顔が恋する乙女そのものだ。
「零夜さまぁ~!」
我慢できなくなった一人の少女が、零夜に走り寄った。そのままの勢いで、彼の丸々と膨らんだお腹へとダイブする。
そして、ぼよんっ、と立派なお腹に弾き飛ばされる。
「きゃあっ!」
あざとい悲鳴を上げ、少女は尻餅をついた。
足をわざと開き、零夜にスカートの中を見せ付ける。
「いったあ~い……零夜さまぁ~」
少女は甘えた声で零夜を呼んだ。
「ふうぅ……ふうぅ……っ! た、たまんねぇぇ~!」
真冬だというのに、零夜は汗を流しながら少女の痴態を観賞した。
夕焼けを照らす金色の髪は自前。紺碧色の美しい目も自前。しかしながら、ずんぐりむっくりな体型は、前世の彼そのもの。
御手洗零夜という人物は、『とある恋愛シミュレーションゲーム』内に登場するモテキャラだ。中身は御手洗零夜自身ではないが、そんなこと、本人以外には知りようもない。
しかし女子に紛れて一人、彼に不審の眼差しを向ける少年がいた。
少年の名は山下雄介。『とある恋愛シミュレーションゲーム』の主人公だ。彼もまた、零夜同様に転生してきたクチだった。
(あっれー? 零夜ってあんなにデブだっけ? イケメン設定が見るも無残なことになってんだけど)
ゲーム内の零夜は、購入したユーザーの誰もが認める外見・内面揃ったイケメンだった。しかも財閥の御曹司で、アルバイトでモデルをしている、という社会的なステータスまで持っていた。
だがどういうわけか、今雄介の目の前にいる零夜は、あの零夜ではなかった。内面はともかく、外見は髪色と瞳以外、原形を留めていない。しかもモデルはやっておらず、日曜日には秋葉原でアイドルのおっかけをやっているくらいだ。
突如、校内の玄関にアニソンの曲が響き渡った。すると、零夜が急いでポケットに手を突っ込んだ。
ビリッ、という布の裂ける音の後、零夜はアニメキャラが貼られたスマホを取り出した。
「ぶふぅ……もしもぉ~し」
『零夜。今、学校かしら?』
清らかな水のような、澄んだ声が零夜の鼓膜を震わせた。
「そおだよ、姉ちゃん」
通話相手の名は御手洗零美。『とある恋愛シミュレーションゲーム』内では、攻略難易度・最高のヒロインとして、名を馳せている。
『今日はパーティーがあるから早めに帰ってきなさいって、お父様が言っていたわ』
「パーチィー……姉ちゃん、そのパーチィーって肉食い放題?」
『ええ、もちろんよ』
「むっほぉ~! じゃあ、すぐ帰るよ!」
零夜は通話を終えると、鞄の中身を下駄箱の下にぶちまけ、代わりに少女達から貰ったチョコと手紙を、鞄の中に詰め始めた。
「僕の可愛い子猫ちゃんたちぃ。ちょっとお願いがあるんだけどぉ、いい?」
こそこそと零夜の様子を窺っていた少女たちに振り返って、クサイ台詞を平然と言う。
零夜に声を掛けられた少女達は嬉々として、
『はぁ~い、零夜さま!』
と声を揃える。
「ここに散らかってる邪魔くさい教科書とかノートとかを、後で僕の家まで届けてくれないかなぁー?」
零夜がそう尋ねると、少女達は即座に首を立てに振った。
「じゃあ、よろしくねぇー」
相撲取りのような体をゆらゆらと揺らし、零夜は下校していく。
そして零夜の姿が見えなくなった瞬間――。
「これは私のものよー!」
「そのノートは私が貰ったあっ!」
「教科書は渡さないわよっ!」
「離せこの雌豚!!」
「それをこっちに寄越せってんだよぉっ!!」
「痴女が出しゃばってんじゃねーぞ!!」
大人しそうな、可憐な表情を浮かべていた少女達は、鬼の形相を浮かべて教科書とノートを奪い合う。そしてキャットファイトのゴングが鳴る。
5分もすると、戦場には多大なる傷跡が残った。零夜の教科書はびりびりに破かれ、ノートは真っ二つ、筆箱は粉々。
雄介という戦場カメラマンは、戦争のあまりの悲惨さに、少女達のスカートが捲れるという絶好の機会にも、シャッターを切ることができないでいた。
彼はただただ、呆然としているだけだった。
「あ~あ、どうすんのこれ?」
「あたし、知~らないっ!」
「私も知らないー!」
「じゃあ、私もー!」
と、少女達は顔を見合わせる。
次いで、ぎぎぎ……、と錆付いた歯車のようなぎこちなさで、彼女達は雄介へと目をやる。
「ねえ、君! これを零夜さまの家まで届けてくれる? あ、ちゃんと教科書は買い直してね。あと、筆箱とその中身も!」
集団から抜け出してきた一人の少女が告げた。
雄介には彼女に見覚えがあった。『とある恋愛シミュレーションゲーム』のメインヒロインその1、高山美香だ。彼女は茶髪のロングストレートの髪に青い瞳、ハーフという設定を最大限まで引き出したような美少女だ。
雄介もひそかに憧れていた。何せ実物の彼女はあまりにも彼の好みに合致していた。
「え……?」
あまりのショッキングな事実に、雄介は動揺した。
(まさか……嘘だろ……? あの清楚で可憐な美香ちゃんが、そんな……あいつの追っかけだなんて)
「お・ね・が・い」
「え……?」
雄介は動揺のし過ぎで、頭の中が混乱していた。
しかも、男を誘うような甘ったるい猫撫で声。背筋が粟立つ。
「え? じゃ、ねえだろーがよ!」
「ひいっ!?」
今度は容姿からは想像もつかないドスの効いた低い声。雄介は恐怖に駆られた。
「つべこべ言わずに持ってけっつてんだろーがよっ!!」
「わ、わかりましたーっ!」
雄介は真っ二つになったノートだけを持つと、その場から逃げるように走り去っていった。