表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

9、桜の木の幽霊

 次に優太が案内されたのは、桜の木で首吊り自殺をした幽霊が出るという、裏庭の桜の木の下だった。

「ユッキー!」

 半分以上花の散った桜の木を見上げながら、桃音が幽霊のものらしい名前を呼ぶ。

 しかし先ほどのトイレと同じく、反応は何もない。

「ユッキー! ユッキー!」

 何度か桃音は叫んだのだが、やはり何も起こらない。

 スポーツ部の活動でランニングをしているらしい、体操服姿の生徒達が何人か、横目で桃音を見ながら通り過ぎていく。

「あれー……。こんなはずでは……」

 桃音は眉尻を下げ、唇を噛んで俯く。

 呟くその声が湿っぽくて、このまま泣き出してしまうんじゃないかと、桃音の隣で優太は慌てた。

「いや、七不思議なんて実際こんなもんですよ。俺も小学校中学校で試しましたけど、やっぱり何も起こらなかったですし」

 フォローするように優太は言う。

「今日は皆様調子が悪いようなのです……」

 優太のフォロー虚しく、桃音は目に見えて落ち込みながら、静かな声で続ける。

「……本当は部長というか、先輩らしくというか、そういうところを三鷹くんに見てもらおうと思っていたのです……。でも……。頼りない部長ですみません……」

「そんなことないですよ」

「頼りになるところを見せれば、尊敬してもらえて、幽霊部にずっといてくれると思って……」

 肩を落としながら言う桃音に、優太は驚いた。七不思議を紹介するというこの活動に、まさかそんな理由があるとは思っていなかったのだ。

「そんなこと心配しなくても大丈夫ですよ」

「本当ですか?」

「はい。今日会えなかったからってやめるくらいなら、む……六道先輩に入部届渡してません」

 名前で噛みそうになりながらも、優太はきっぱり断言する。

 せっかく見つけた、本気で幽霊を信じている人による、幽霊関係の部活なのだ。ちょっとやそっとのことでやめようなんて、優太は全く思っていない。

 桃音は顔を上げて、優太を見つめた。真っ直ぐに優太の目を見て、嘘をついているわけではないと判断したらしい。

 その顔に、笑顔が浮かぶ。

「よかったぁ……」

 心の底から安堵したような、蕩けるような甘い声。

「入部してくれたのが三鷹くんでよかったです。わたし、友達がいっぱいほしくて。人間でも幽霊さんでも。だから三鷹くんが入部してくれて、本当に嬉しいです」

 細められた目と、曲線を描いた唇の形は柔らかく、優しい感じがした。桃色の頬にはえくぼまで浮かんでいる。

 見上げてくるような、屈託のない優しい笑顔に、優太の胸がドキリと音を立てた。

「? どうかした?」

「え? あ、いえ……」

 反射的に赤くなった優太の顔を見て、不思議そうに桃音が小首を傾げる。

 優太は誤魔化すように、慌てて顔を背けた。

「それで、むちゅ……すみません、六道先輩」

「『むつみち』って言いにくいでしょ? モモでいいですよ」

「え?」

「モモって呼ばれるの、好きなんですよー。その代わりわたしも、優太くんって呼びます」

 優太が肯定も否定もする暇なく、桃音は優太の横を擦り抜けて走り出した。

「次はプールで、ルミちゃんに会いに行きますよー! 優太くん、急いでください!」

 振り返って、どこか楽しそうに言う桃音に、優太は一瞬ポカンとした。

 優太くん。そうやって名前を呼ばれたのは久しぶりだ。最近優太のことを名前で呼んでくれるのは、柚莉香くらいだったから。

 なんとなく胸の中がくすぐったくて、優太は一度俯いた。しかしすぐに笑顔を浮かべると、顔を上げて桃音を追いかける。

「待ってください、モモ先輩!」

 名前で呼ばれるのが、呼ぶのが気恥ずかしいような。それでいて今の状況がなんとなくおかしくもあり、楽しくもなってきた。こうなったら七不思議の幽霊に会ってやろうじゃないか、とまで思えてきて。

「次こそ会いますよー!」

「おー!」

 叫ぶ桃音に返事をして、優太は桃音と一緒に、体育館横に設置してあるプールへ、走って向かうのだった。


* * *


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ