表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

8、トイレの華奈子さん?


 二年三組の教室にある桃音のロッカーに鞄を置いて、桃音と優太は廊下を歩いていた。どうせ教室に戻るなら、初めから鞄を置いてくればよかったのに、と桃音に言えば、そういえばそうでした、と彼女は笑った。

「三鷹くんは、柊高校の七不思議をどこまでご存知ですか?」

「えっと、五つです。夜になると減る階段、夜中に走る人体模型、プールで溺れ死んだ女の子の幽霊、裏庭の桜の木で首吊り自殺した女の子の幽霊、あとトイレの花子さんですね」

「おお、それだけ知ってれば十分です。というか、わたしも七つ全部は知らないんです。まあ七不思議すべてを知ると悪いことが起こる、というのが世の常ですから」

 優太の一歩前を進む形で廊下を歩きながら、桃音は言う。

 相変わらず桃音は優太の手を掴んだままで、放してくれる気配がない。部長相手に逆らうこともできず、優太は手を握られたまま、廊下を歩く桃音の後ろについていくしかなかった。

「ちなみにこの学校にいる幽霊さんは、みんないい幽霊さんばかりなんですよー!」

 ちらりと優太を振り返り、桃音が笑う。

「夜になると減る階段。あれは昔、夜の学校に忍び込んだタカシくんが足を滑らせて落っこちてしまったからなんです。そのまま死んでしまったタカシくんはそれ以降、夜の暗い中、長い階段を上るのは危ないと、数を減らしてくれているんですよ」

「まじですか……」

「まじなのです」

 怖い話なのかと思ったら、階段の数を減らしてくれるタカシくんは、どうやらいい人――この場合は幽霊と呼ぶのが正しいのだろうか――らしい。

「人体模型さんが夜中に走っているのは、夜の学校に怪しい人がいないか見回りをしているからなのです。ちなみに人体模型さんは、モッキーと呼んでいます。古いせいでもう入らないと、保健室ではなく物置に入れられてしまっているんですよ。プールで溺れた女の子はルミちゃん。自分のようにプールで溺れたりする子がいないように見張ってくれています。桜の木で自殺した女の子は、ユッキー。ルミちゃんもユッキーも可愛い子なんですよー」

「へ、へえ……」

 ぺらぺらと喋る桃音に、優太は曖昧な返事をするしかない。

 学校の七不思議、怪談、幽霊という単語から連想するのは、よく分からない怖いもの、だ。しかし桃音の話は、優太の抱くイメージとはだいぶ違う。

 優太の考えを悟ったのか、桃音はクスクス笑った。そして不意に足を止める。

「そしてここが」

 桃音の言葉につられて、優太は顔を上げた。

 いつの間にか他の生徒の姿はほとんどなくなっている。放課後特有のざわめきが、どこか遠くに感じられた。

 今優太達がいるのは、生徒の教室がある北校舎ではなく、図書室や保健室など、生徒の教室がない南校舎の四階、廊下の一番端だった。廊下の端にあるのは――。

「ここが所謂トイレの花子さんの住む、南校舎四階の女子トイレです。……本当の名前は華奈子さんなんですけど」

「かなこさん?」

「はい。トイレに出る幽霊がみんな花子さんって名前なわけじゃないんですよ。ただトイレに出る霊はそこそこいるみたいですね。それらすべてをまとめて、花子さんと呼んでるみたいです。なので実際の名前は花子さんじゃない場合って結構あるんですよー」

「ふーん……」

「昔のトイレはポットンなので色々大変だったみたいです」

 肩を竦めながら桃音は言うと、女子トイレの中に入っていった。もちろん優太の手を握ったままなので、優太も女子トイレに向かって引っ張られることになる。

「ちょ、ちょっとむちゅみ……六道先輩!」

 しかしさすがに女子トイレの中にまでついていくわけには行かず、優太は焦った。思わず強く、桃音の手を振り払う。焦りすぎたのか舌が回らず、噛んだ。

「? どうかしましたか?」

 突然手を振り払われたことに驚いたらしい桃音が、女子トイレの中に一歩足を踏み入れた状態で、目を丸くして振り返る。

「どうかしましたか、じゃないですよ! いくら花子さんがいるっていっても……」

「花子じゃないです、華奈子さんですよ」

「いや、どっちでも……」

「よくないですよー。名前を間違えるのは失礼ですよー」

「じゃなくて……いや、いいです、もう華奈子さんで。……とりあえず、ここ女子トイレですよ? 俺が入るのはさすがにまずいですよ」

 いくら幽霊部の活動で、学校の七不思議を知るためなのだとしても、女子トイレに入るのは道徳的にダメだろう。もし誰かに見られたら、女子トイレに入った変態扱いされてしまう。

「大丈夫ですよー」

 焦って早口になる優太とは対照的に、のんびりした口調で桃音は言う。

「ここのトイレは七不思議の噂のせいで滅多に人が来ません。特に使用する教室もこの階にはないですし。現に人、いないでしょう?」

「確かにいませんけど……」

 そういう問題ではないのではないだろうか。

「なので大丈夫ですよー!」

「うわっ」

 笑顔を浮かべた桃音は、両腕を優太の左腕に絡めた。服越しの柔らかな女の子の体に、優太が体を硬直させていれば、そのまま全体重をかけて優太をトイレの中に引っ張り込む。

「ほら、入っちゃった」

「……」

 にこにこと優太を見上げる桃音。

 優太は返す言葉がなかった。

 桃音は優太から離れ、トイレの個室を一つ一つ覗き込む。

 そんな彼女の背中を見ながら優太は、絶対に誰も来ませんように、と必死に祈るしかなかった。

 それにしても、女子トイレも男子トイレとそこまで変わらないんだなあ、と優太は思う。個室の数は多いけれど、だからといって雰囲気とかにおいが、別段いいわけでもない。漫画などの影響で、女子トイレは綺麗でピカピカで、芳香剤でいい匂いがする、と思っていたのに。

 現実なんて、こんなものだ。

「あれー? 華奈子さーん?」

 なんとなく薄暗い、トイレの個室を覗いていきながら、桃音が首を傾げる。

 すべての個室を見終わったあと、桃音は一度優太の隣に戻ってきた。そして両手を口元に添えると、

「華奈子さーん! あっそびーましょー!」

 叫んだ。

 トイレの中に、桃音の声が響く。

 思わず優太は、何か異変が起こるのではと身構えた。

「…………」

 しかしいくら待っても返事はない。誰かの姿もない。

「あれー?」

 桃音が困惑したように眉を寄せる。

「華奈子さーん?」

 再度名前を呼ぶが、結果は同じ。

 桃音の隣で成り行きを見守っていた優太は、肩を竦めた。

 まあ七不思議なんてこんなものだ。あまりにも桃音が自信満々だったから、思わず身構えてしまったけれど……。

 優太だって今までに何度も、七不思議が本当に存在するのか調べてきた。それまでに一度も、何かを見たとか、聞いたとか、異変が起こったことはない。

 桃音は何度か華奈子の名前を呼んでいたが、大声を出しすぎて息が切れ始めたところで、呼ぶのをやめた。

「すみません……」

 シュンと桃音は項垂れる。

「今日は機嫌が悪いみたいですので、また今度出直しましょう……」

 出てこないのはそんな理由なのか、と優太は心の中でツッコミを入れるが、同時に、何もないのが当たり前なんだよなあ、と思う。

 それが分かっているから、桃音を責めるなんてことはせず、むしろ落ち込んでいる彼女を慰めるように、優太は苦笑しながら頷いた。


* * *


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ