7、幽霊部初日
『幽霊さんと仲良くなろうの部』に入部した、翌日。
放課後になると同時に優太は、早足に下駄箱へ向かっていた。
早足に廊下を歩きながら、優太の気持ちは高揚していた。幽霊部の活動は、具体的にどんなものなのだろう。幽霊はいると断言した桃音のことだ。きっとすごいことをするに違いない。
ワクワクしながら階段を下り、優太は下駄箱へ辿り着いた。一年二組の下駄箱の前で、キョロキョロと辺りを見回す。
「あれ……」
しかしいくら見回しても、桃音の姿が見当たらない。
早く着きすぎたのだろうか。それとも下駄箱前というのは、一年二組ではなく、二年三組の方だったのか?
優太は一度、二年三組の下駄箱の前へ向かおうと、足を踏み出した。
「あ、三鷹くん!」
しかし歩き出す前に、探している人の声が聞こえてきて、顔を向ける。
見れば廊下の向こうから、桃音が走って来ていた。
どうやら単純に、優太が早く着きすぎただけだったらしい。
「早かったですねーって、ひゃっ!?」
「あっ」
廊下を抜け、校舎の出入り口を出て下駄箱に向かおうとした桃音は、急いでいたせいか、足を縺れさせて転んだ。受け身もとれなかったらしく、両手を上げて、顔から地面にぶつかっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて優太は、そんな桃音に駆け寄る。
「痛いです……」
上半身を起こした桃音は、痛みに顔を歪めて涙目だ。鼻先とおでこが、ぶつけた衝撃で赤くなっていた。
「よいしょ……んん? あっ」
起き上がろうととりあえず床に座り込んだ桃音は、そこで何故か自分の手のひらを見た。
「どうしたんですか、鞄なら横にありますけど……」
転んだ拍子に落とした鞄は、地面に叩きつけられている。
「いえ、鞄じゃないです。えっと……」
桃音は首を横に振りながら、自分の周囲を見渡していた。それから、目的のものを見つけたのか、慌てた様子で立ち上がり、何かを拾い上げていく。
「ありましたー」
赤い鼻先とおでこの顔に笑顔を浮かべて、桃音は優太の前に立つと、ずいっと握った右手を差し出した。
一体なんだろうと思いつつ、優太も手を差し出せば、その手の上に桃音は何かを載せる。
「昨日はごめんなさいでした」
二つ括りの髪を跳ねさせながら、ぺこりと頭を下げる桃音。
優太の手のひらに乗せられていたのは、五百円玉と百円玉だった。
優太はその六百円が、昨日のキャラメルラテ二つ分の代金なのだと気付く。
「いや、いいですよ。別に」
「ダメです! 奢るって言ったのはわたしなので!」
「じゃあせめて半分」
「それじゃ奢りになりませんー!」
桃音は口の中にものを詰め込んだリスのように、ピンク色の頬を膨らませた。
「わたしは部長なんです。初めての後輩に、いい格好させてください!」
頬を持ち上げて笑うと、桃音は優太に背を向けて、落とした鞄を拾った。
「じゃあ人も増えてきましたし、行きましょうか」
拾い上げた鞄の汚れを叩き落としながら桃音が言う。
桃音の言う通り、帰宅するための生徒達で、下駄箱は賑やかになってきていた。
「あの、行くってどこに……」
校舎に向かって歩き出す桃音を見て、ポケットに硬貨を突っ込むと、優太は桃音を追いかけながら質問する。
桃音は歩きながら優太に振り返ると、笑顔のまま答えた。
「まずは幽霊さんに慣れてもらおうと思います」
「え?」
「幽霊さんと仲良くなるためには、まず幽霊さんを見なければいけません。今日はまずそこから始めます」
「えっと、つまり……?」
いまいち桃音の言っている言葉の意味が分からず、優太は眉を寄せた。
桃音はにっこりと笑ったまま、親が子どもの手を引いて歩くように、優太の右手を、自身の右手で握った。
予想以上にふっくらと柔らかく、それでいて細い指に突如掴まれて、優太の心臓が反射的に高鳴る。
「あ、あの、むちゅ……六道せんぱ……」
「まずはこの学校の、七不思議のご紹介です! というわけで、レッツゴー!」
右手を持ち上げて、桃音が言う。右手を握られているせいで、優太の手も頭上に掲げられる形になった。
そんな奇妙な二人を、廊下を歩く生徒達が「何やってんだあいつ」というような目で見てくる。
「あ、あの、先輩、放してくださいよ」
その視線が恥ずかしくて、優太は思わず頬を赤くしながら言うのだけれど。
「今日はみんなに会っえるっかなー♪」
鼻歌交じりに呟く桃音にとって、優太の声も生徒からの視線も、気付かないものであるらしかった。
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