3、入部希望
放課後を告げる号令と同時に、優太は教室を飛び出していた。帰宅するため廊下に出てきた他クラスの生徒を驚かせながら、優太は廊下を駆け抜ける。突き当たりで曲がり、飛ぶように階段を下りていく。
向かう先は二年三組の教室だ。
飛び込むように二年生の教室がある廊下へ辿り着いた優太は、そこで一度足を止めた。
優太達一年生より、一足早く二年生は放課後を迎えたのだろう。部活に向かうためか早歩きの生徒や、友人と楽しそうに談笑している生徒達の姿が、廊下に多々あった。
なんとなく、二年生の廊下を歩くのは躊躇われる。基本的に二年生しかいない廊下に一年生が入るのは、無意識に疎外感を感じるからだろうか。ネクタイの色で一年生なのか二年生なのかはすぐに分かってしまうし。
「……」
現に、階段を下りようと歩く二年生達は、ちらちらと横目で優太を見て通り過ぎていく。
投げられる視線に気圧される。けれどここで回れ右をするわけにもいかない。
『幽霊さんと仲良くなろうの部』に入部しなければいけないのだ。
優太は自分を落ち着かせるため、一度大きく息を吐いた。同じくらい息を吸い込んで、よし、と呟く。
そして二年生にぶつからないようにしながら、二年三組の教室に向かって歩き出した。
「えっと……」
階段から廊下に出れば、二年一組、二年二組、二年三組と、数が大きくなるにつれて教室は奥に位置している。
二年三組の教室の前に立った優太は、そっと出入り口から、教室の中を覗き込んだ。
教室の間取りや机の並び方は、優太の教室と同じだった。前方に黒板と教卓があり、黒板と教卓に向かい合うような形で机が、縦六列、横七列で並んでいる。その机の後ろには、鍵付きの小さいロッカーが、ブロックのパズルが積み重なったような形で置かれていた。
だが間取りや配置は同じでも、教室の雰囲気は優太のクラスとはやはり違う。
優太のクラスは、まだみんなが入学して間もないこともあってか、真面目な雰囲気が漂っている。しかし二年三組の教室は、壁によく分からないポスターが貼られていたり、机の横にかけられた持ち物の色が派手だったりで、それが全体的に明るい雰囲気を醸し出していた。
教室に残って友達と楽しそうに喋っていたり、提出物でもしているのか机に向かっている生徒達の中から、優太は六道桃音の姿を探す。
人一倍小柄だった彼女だ。案外すぐに見つかるはず。
優太はそう思っていたのだけれど……。
「あれ……?」
見当たらない。もしかしてもう帰ってしまったのか?
優太は肩を落とす。意識しない内に手が、ブレザーのポケットに伸びていた。
ポケットから取り出したのは一枚の紙。名前と学年が記入済みの入部届だ。
せっかく休み時間の間に先生のところへもらいに行って、書いたのに。
こうなったら明日出直すしかないだろうか。
がっくりと優太は項垂れた。
そのときである。
「あ!」
背後から驚いたような声が聞こえ、さらにその声が自分の探していた人のもので、優太は振り返った。
優太の背後に立っていたのは、ハンカチで両手を拭きながら目を丸くしている小柄な女の子、六道桃音だった。
「むつみ……六道先輩!」
噛みそうになりながら、優太は体ごと桃音に向き直る。
「入部したくて来ました! これお願いします!」
優太は九十度に腰を曲げて頭を下げると、ポケットから取り出した入部届を、両手で桃音に差し出した。
「はわわっ、えっと、えっと……」
大声を出したせいで周囲の生徒に注目されて、桃音は恥ずかしそうにきょろきょろと周囲を見回した。
「あの、ありがとうございます。とりあえず場所を変えましょ」
桃音は優太の顔を上げさせると、急いで教室に入っていく。鞄を片手に、すぐ優太の元へ戻ってきた。
「それじゃあ行きましょう」
「はい!」
優太の前を歩き出した桃音に、優太は頷く。
きっと部室へ案内してくれるに違いない、と優太は唇を綻ばせる。幽霊部の部室だ。きっと厚いカーテンで薄暗くて、召還とか呪いとかに使われそうな、よく分からない道具が色々あるに違いない。
ぴょこぴょこと、小動物の尻尾のように二つ括りを揺らしながら歩く桃音の後ろに一歩遅れるような形で、優太はついて行くのだった。
* * *