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28、幽霊部へようこそ!

 黒いマントに身を包み、彼はイスに座っていた。

 カーテンは閉め切られており、電灯もついていないため、部屋の中は薄暗い。

 机とイスが乱雑に並ぶ中、彼はここ数日会っていない彼女が来るのを待っていた。

「おい」

 そんな彼に、突如声がかけられる。

 いつの間にそこに立っていたのか、まるで突然、空気が色と形を成して少女を象ったかのように、彼の後ろに少女の姿が現れた。

 長い黒髪を後ろで一つに束ねている彼女は、マントを羽織っている彼を、切れ長の目を細めて見つめていた。

「約束は守れよ」

「もちろん」

「もしあいつが悲しむ結果になるなら、私はお前を祟り殺す」

 無言で彼は、頷く。しかし祟り殺す、なんて物騒な単語が出ているにも関わらず、彼の口元には笑みが浮かんでいた。

 彼は分かっているのだ。少女が何よりも、すぐにやって来るであろう彼女のことを本当に大切に思っているから、ということを。

「でも分かってるでしょ? 多分俺の言うこと、間違ってないと思うんですよね」

「……ふん」

 否定も肯定もせず、少女は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 そのときである。

「あ、あのっ、柚莉香ちゃん!? 一体どこに……」

「いいから来てくださいってば!」

 そんな声と共に、走ってくる足音が聞こえてきた。

 同時に勢いよく、部屋の――教室の扉が開かれた。

「優太、先輩連れてきたよー!」

「ようこそ! むつみちゅ」

 噛んだ。

「へ?」

 頭にヘアピンを付けた少女――柚莉香に腕を引かれて教室の中に入ってきた、小柄な、肩辺りまでのパーマがかった髪を二つに結んでいる少女――桃音は、教室の真ん中のイスに座っている彼を見て、ぽかんと目を丸くしていた。

「優太くん?」

「あー、えー、コホン」

 せっかく格好よく決めたかったのに、と恥ずかしくなりつつも、誤魔化すように彼は咳払いした。

 そして改めて、マントをはためかせるように勢いよく立ち上がり、彼ないし優太は、口を開いた。

「ようこそ六道桃音先輩! わが『幽霊部』へ!」

 両手をバッ、と広げてマントをまたはためかせながら、優太は桃音に顔を向ける。

 決まった……!

 ふっ、と優太は口元に笑みを浮かべる。

 しかし。

「ダサ……」

 猫のように吊り上がった目を細めた、所謂ジト目で優太を見ながら、低い声で呟く柚莉香。

「わざわざマントを着たのはそんなことをするためか」

 呆れたような、優太の背後に立っている少女、雪。

「えっと、どういうこと?」

 状況が飲み込めずに、首を傾げる桃音。

「……あれ?」

 自分では格好よく決まった、と思っていた優太は、女の子達の反応にきょとんとする。

「こういう格好の方がオカルトちっくでよくないかって思ったんだけど」

「無理。ダサい。てかそんなマントどこで買ったのよ。ダサい」

「二回も言うことないだろ二回も!」

「全部で三回よ」

 制服の上にマントという優太の奇妙な格好を、頭の先から爪先まで眺めつつ、柚莉香は唇をへの字に曲げる。

 よほど優太の格好がお気に召さないらしい。

「あたしなら死んでもしたくないわ、その格好」

「私もだ」

「二人ともひどくない!?」

「あ、あの……」

 騒ぎ出す優太、柚莉香、雪に対して、目を瞬きながら桃音が唇を開く。

「一体……『幽霊部』って……?」

 幽霊部。それは桃音が勝手に部長を名乗り、勝手に部活動をしている『幽霊さんと仲良くなろうの部』の略称だ。

 それなのにどうして優太が「ようこそ幽霊部へ」なんて口にするのか。

 桃音の発言を聞いて、言い合っていた三人は一斉に口を閉じた。

「えっとですね」

 桃音の前まで歩み寄りながら、優太は口を開く。

「実は」

「おい、何してる!」

 説明しようとした途端、太い男性の声が教室の中に飛び込んできた。

 見れば教室の出入り口に、男性教師が立っている。

「何勝手に入ってるんだ! ここは使われてない教室のはずだぞ! 勝手に使うな!」

 教師は怒鳴りながら、優太と桃音、柚莉香を無理やり教室の外に追い出した。

「鍵はどうした。お前ら一年か? クラスと名前を……」

 廊下で長々とお説教を始めようとする教師を見て、優太と柚莉香が顔を見合わせる。

 悪いことをしていたのは自分達だが、面倒なことに巻き込まれたくはない。

 優太と柚莉香は頷き合うと、桃音の手を掴んだ。

「ふぇ?」

「GO!」

「あ、おい!」

 そして逃げるが勝ちだと、走ってその場から逃げ出す。

 ちなみに職員室から無断で拝借した鍵は、空き教室の中に置いてあるので、勝手に見つけてくれるだろう。

「あーもう! せっかく格好よく決めたかったのに全部台無しだ!」

 放課後の、人気のない廊下まで猛ダッシュした三人は大きく肩で息をする。その中で優太が一人ごちた。

「あ、あの、優太くん」

 ぜえはあと呼吸しながら、桃音が顔を上げる。

「説明、してください……。わたし何がなんだか……」

 途切れ途切れながら、桃音は疑問を口にする。

 桃音の質問に、優太は何度か深呼吸して呼吸を整えると、胸を張った。

「俺『幽霊部』を作ったんです」

「『幽霊部』?」

「はい! ……といっても、今のところは非公式なんですけど。あと部員が一人増えたら同好会になります」

「え……えっと、でも、もう優太くんは幽霊に興味は……」

 苦笑する優太に、桃音が眉尻を下げる。

「ありますよ?」

 そんな桃音に、優太はあっさりと答えた。

「そりゃ、姉貴に会うって目的は達成されました。でも俺、幽霊と怪奇現象とか、目的以前に興味はあるんですよ。で、『幽霊さんと仲良くなろうの部』はモモ先輩に退部されちゃったんで、自分で新しく作ったんです」

 言いながら優太は、柚莉香に顔を向ける。

「柚莉香も部員になってくれましたよ。だからあと一人なんです」

「柚莉香ちゃんも?」

「はい。幽霊はいるって知っちゃったし、そのおかげでちょっと興味も出てきて。こいつに付き合ってあげられるのなんてあたしくらいかなって」

「そんな言い方ないだろ」

「何よ、事実でしょ」

 不服そうな顔をした優太に、柚莉香はべっと舌を出した。

「まあそんなわけで……。『幽霊部』は幽霊全般ならなんでもOKな部です。一人で幽霊と仲良くなろうの部をするより、俺達と一緒に幽霊部に入った方が、モモ先輩も色々得だと思うけど。幽霊に関することなら何でもする部活。幽霊のこと調べるもよし、幽霊と仲良くなるもよし。俺達は部員も増えて同好会に昇格するし、そっちも幽霊関係の仲間増えるし」

「で、でも……優太くんはそれでいいんですか?」

「何が?」

「だって……」

 もう幽霊を探す必要はない。幽霊なんて関係ない普通の学校生活を送ればいいのに。多分桃音は、そんなことを考えているのだろう。

「言ったでしょ。幽霊全般に今でも興味あるんです」

 桃音の言いたいことを悟って、優太はそれを否定する。

「で、でも、でも……」

 しかし桃音は、納得ができていないらしい。わざわざ優太に退部宣言までしたのに、それがまさか、新しい部活を作って自分を誘う、なんて展開になっていることが信じられないのだろう。

「ちなみに、私も入ったぞ」

 躊躇うように視線を彷徨わせていた桃音に、そんな声がかけられる。

 優太と桃音、柚莉香が顔を上げれば、雪がこっちに向かって歩いてくるところだった。

 雪の姿は、雪が視せようと思わない限り、普通の人には視えない。そのため雪は、のんびりと教師の横を通り過ぎて、優太達を追いかけてきたらしい。

「ユッキー先輩、先生はどうでした?」

 桃音の横で立ち止まる雪に尋ねたのは、柚莉香だった。

 桃音が目を丸くする。

「ああ、お前らを見失って、仕方なく鍵をかけて教室を出て行ったぞ」

「そうですか」

「まあ学年はバレているからな。気を付けろ」

「え、ユ、ユッキー?」

 ぽかんと口を大きく開けて、桃音は雪を凝視する。

 桃音が何を言いたいのか雪は分かっているらしく、そんな桃音を見て小さく笑った。

「話をしてみると、案外気が合ってな」

「色々なお話聞きましたよ」

 顔を見合わせる柚莉香と雪。

「それに人が多いのも、それなりに楽しいかと思ったんだ」

「まあ幽霊部員なんで、先生には認めてもらえてないですけど」

「うるさい。入ってやっただけ有難く思え」

 笑う優太に、雪はふん、と鼻を鳴らす。

「大体ずっとお前が、『幽霊部』に入ってくれと私に付きまとってきたんだろうが」

 仕方なくだとでも言いたげな口調で、雪は言った。

「それに、モモが楽しく過ごせるために作った部らしいしな」

「え?」

「あっ、それは言わない約束……」

「優太くん、それ本当?」

 慌てて雪の言葉を遮ろうとしたが、もう遅い。桃音に驚きを隠せない視線を向けられ、優太は頭を掻いた。

「いや、まあ……その、ほらモモ先輩、言ったじゃないですか。幽霊とも仲良くなりたいし、友達もたくさん作りたいって。だったら全部それができちゃうような部活を作ったら、俺もモモ先輩もみんな、楽しいんじゃないかと思って……」

 優太や柚莉香としては、みんなで一緒に幽霊のことを調べることができて。

 桃音としては、幽霊の友達も、普通の人間の友達も部活を通してできて。

 雪としては、桃音が笑っているところを間近で見れて。

 全員の利害が一致するのではないか。

「だから、どうですかね? ユッキー先輩と二人で『幽霊さんと仲良くなろうの部』をするのもいいかもしれませんけど……よかったら新しく『幽霊部』に入りませんか?」

 優太の誘いを聞いて、桃音は俯いた。表情が見えなくなる。

「……いいんですか?」

 俯いたまま、ぽつりと桃音が口にする。

「普通の生活を送れるんですよ? それなのに、いいんですか? だからわたし、優太くんに退部だって言ったのに……」

「いいんですよ」

 間髪入れず、優太は答えた。顔には笑みが浮かんでいる。

「普通の生活なんていつでも送れます。それよりも俺は、モモ先輩達と一緒にワイワイしたいんです」

 ……不意に、桃音が鼻を啜る音がした。続いてしゃくり上げる声も聞こえてくる。

「も、モモ先輩!?」

「おいお前!」

 驚いて思わず桃音に手を伸ばしかけた優太の目の前に、雪が飛び出した。

「モモを泣かさない約束で、私は『幽霊部』に入ると言ったんだぞ!? こうすればモモが笑ってくれると言ったから! それなのに私を騙したのか!?」

「ち、違……!」

「違うよ、ユッキー」

 雪に詰め寄られて、その威圧感に後ずさりする優太を助けるように、桃音が口を挟んだ。

 見れば、顔を上げた桃音は、泣きながらも笑っていた。

「わたし、嬉しいの」

 頬を伝う涙を両の手の甲で擦り、桃音は、優太達三人を見回す。

「六道桃音、『幽霊部』に入部します。よろしくお願いします!」

 そう言って、頭を下げた。

 笑顔の桃音を見て、その場にいた三人も、笑顔になる。

 コホン、と優太は咳払いをすると「では改めて」と口にした。

「『幽霊部』へようこそ!」

 朗らかな声で、まるで宣言するように優太は、桃音に向かって叫んだのだった。


fin

 読了ありがとうございました、文里荒城です。

 このお話は、某レーベルへ投稿させていただいたものでした。


 私は、幽霊ものは好きなくせに怖い話は苦手という妙なやつでして、一章の廃墟で幽霊に遭遇する場面は、廃墟の写真を見て怖がりながら書いていた覚えがあります。


 ちなみに、個人的に好きなキャラは雪です。

 もちろんみんな好きなのですが、特に強気な女の子というのが好きなのでした。


 このお話を読んで、少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。


 それでは、ありがとうございました!

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