27、普通の学校生活を
何故桃音はあんなことを言ったのだろう。
優太の胸を締めるのは、そんな疑問だった。
返された入部届をポケットに押し込んだ優太は、きちんとした理由を聞こうと放課後、桃音の姿を探していた。
桃音の教室。最近活動のときによく使っていた空き教室。七不思議のスポット。だがそのどこにも、桃音の姿はなかった。
残すは、校舎裏の桜の木。七不思議の一つ、自殺した女の子――雪のいる、桜の木だ。
「モモ先輩?」
名前を呼びながら優太は、鞄片手に桜の木に歩み寄る。
相変わらず裏庭に人影はない。見上げれば、青空を背景に緑色の葉っぱが風に揺られていた。青と緑、雲の白は絶妙な色合いで、思わず優太はその色彩に見惚れた。
だがすぐに視線を前に戻すと、辺りを見回す。
「モモ先輩、いませんか?」
何度か桜の木の周りをぐるぐる回って、目当ての人の姿を探してみるが……桃音がいそうな気配はどこにもない。
「ここもハズレか……」
他に桃音が行きそうな場所を、優太は知らない。溜め息と共に肩を落とす。
だがそこで、ふと視線を感じた。ゆっくりと頭上を見上げる。
「モモならもう帰ったぞ」
淡々とした口調で、桜の木の枝に腰掛けて優太を見下ろしていたのは、雪だった。
お尻を木の枝に乗せている状態なので下着は見えない。しかしぶら下がった足は惜しげもなく、バランスよく肉のついた肌を晒していた。枝に腰掛ける太もものラインに目が釘付けになりそうで、優太は慌てて雪から視線を逸らす。
「いつからいたんですか?」
「ずっとだ」
さっき優太が桜の木と空を見上げたとき、雪の姿はなかった。ということは雪は、優太が何をしに来たのか、しばらく観察していたということか。
「モモならもう帰った。ここにはいない」
「そうですか……」
桃音の家の場所は知らない。そのため桃音の家へ行って会いに行くことはできない。
優太は再度溜め息を漏らした。
だがそこで、もしかして、と思うことがあって、口を開く。
「ユッキー先輩、俺モモ先輩に退部勧告出されたんです」
「その呼び方は止めろと何度も……」
「理由知ってますか? ユッキー先輩」
「おい、ユッキーは止め……」
「知ってたら教えてください! もうユッキー先輩しか、聞ける人いないんです!」
「だから……もういい」
ハア、と大きな溜め息を吐く音が聞こえた。
同時に雪が、優太の前に降り立つ。ふわりと音もなく地面に着地する姿は、例えば天使が地面に降り立つような、そんな不思議な感じだった。
「お前、幽霊に会いたいとまだ思っているのか?」
「え?」
「お前は姉の幽霊を見つけたくて、幽霊部に入ったんだろう? だがお前はもう姉に会ったと言ったじゃないか。だったらもう、幽霊を探す理由はなくなったんじゃないのか?」
「それは……」
優太は言葉に詰まる。
確かに雪の言う通り、優太にはもう、幽霊を探す理由はない。
黙り込んだ優太に、雪は肩を竦めてみせる。
「お前は普段、視えない。幽霊を視ようとする理由もなくなった。だから桃音はお前に普通の日常に戻れと言ってるんじゃないか? 私の姿だって、私がその気になれば視えなくなるしな」
「でも……」
「お前が幽霊と仲良くなりたいと言って、桃音は嬉しかっただろうな。けれど幽霊なんか関係ない、その日常も、あいつが恋焦がれているものだ。一生なれないからこそ、逆にお前に、普通の日常に戻ってもらいたいのかもしれない」
そう言って雪は目を細めた。
こうやって具体的に語ると言うことは、雪はきっと桃音から直接、そんな話をされていたのだろう。
「だったらモモ先輩、そう言えばよかったのに……」
「言ったら気を遣わせるとでも思ったんだろ。普通の日常を送ってほしいというのはあいつが勝手に思っている願いだ。それに普通の日常を送るには自分なんていない方がいいから、もうお前が話しかけてこないようにと思ったんだろうな。嫌われればいいと」
「そんな……」
「とにかくそういうことだ。私もお前に関わらないようにするから、お前も私のことはなかったものと思ってくれればいい」
そう言って雪は半回転した。ポニーテールが揺れて、雪の背中しか見えなくなる。
「せっかく柚莉香も幽霊のこと信じてくれたのに。助けようとしたユッキー先輩のこと紹介しようと思って……」
ふと、雪が顔だけ振り返った。優太を見て、小さく、本当に小さく、笑う。
「その気持ちは嬉しい。でも私は、モモが望む通りにしたいんだ。私はモモの笑顔が見れたらそれでいいからな」
雪が前を向いて、足を踏み出した。
「あっ、待っ……」
雪を引きとめようと、優太は手を伸す。
しかし雪の体に優太の手は触れることなく――瞬きをした瞬間、雪の姿は目の前から消えた。
「ユッキー先輩まで……」
伸ばした手を、優太はゆっくりと下ろす。
……確かに幽霊が存在すると知りたかったのは、幽霊になっても傍にいると言ってくれた姉を信じたかったからだ。そして姉はそれを守ってくれた。ただ姉はいなくなった。自分も納得した。だったらもう七不思議も、心霊スポットも、幽霊が存在するなんてこと、関係ない。
このまま幽霊とは無関係の生活を送って、姉という過去から、今に目を向けるいいチャンスだ。
桃音と雪と関わることなく、普通の、一般人の学生生活を……。
だが、それでいいのか?
突っ立ったまま、優太は自問自答を繰り返す。
入部すると言ったとき嬉しそうな顔をした桃音の姿が、脳裏に浮かんだ。優太が入部してくれて嬉しいと、彼女は笑った。
桃音は、幽霊が視える力のせいで、孤立していると聞いた。自分がいなくなったら、彼女はまた独りになるんじゃないだろうか。
優太に普通の学校生活を送ってほしいと願うほど優しい彼女が、また寂しい思いをするのを、無視していいのだろうか。
「っ、ユッキー先輩!」
桜の木に向かって、優太は叫ぶ。
「モモ先輩に笑ってほしいっていうなら、それって間違ってませんか!? 確かにモモ先輩はそう願ったかもしれない。俺がいなくてもユッキー先輩がいる。でも……、でもモモ先輩、本当にそれでいいんですかね!? 本当に心の底から笑ってくれますかね!?」
きっと雪はまだ近くにいる。何故か優太はそう確信していた。
だから返事がなくても、彼女の姿が視えなくても、叫ぶのをやめない。
「だったら俺に、いい方法があるんです!」
姉に会えたのは、吹っ切れたのは、桃音や雪に出会ったことが大きい。お世話になるだけなって、これでお仕舞いにはしたくない。
「モモ先輩のこと好きなんだったら、笑ってほしいって言うんだったら、俺の話聞いてください!」
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