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26、退部勧告

 あれから、数日が経った。

 柚莉香の首に残った痕は、だいぶ薄くなった。登校中に会えば一緒に教室へ行くし、お弁当を一緒に食べる。一度険悪な雰囲気になったとは思えないほど、今まで通りの幼馴染みの関係だった。

 優香に対しての感情は、前と少し変わった。もちろん会いたいという思いはあるけれど、会えないということは分かっているし、幽霊になってまで傍にいてほしいとは思わなくなった。吹っ切れたというか、一人前になったと優香が判断して傍にいなくなったのだとしたら、それはそれで嬉しい。

 そんな心境の変化はありつつも、優太の学校生活はいつも通りだった。

 ……ただ。

 柚莉香が幽霊に襲われた翌日以降、幽霊部の活動がなかった。

 桃音から幽霊部の活動についての連絡もない。放課後桃音の教室を訪ねても、優太が行ったときにはもう彼女の姿はなかった。

 すぐに桃音から連絡が来るだろうと、首を傾げつつも優太は放置していたのだが、さすがにそろそろおかしいと思い始めていた。

 そのため優太は、昼休みに桃音の教室を訪ねることにした。

 二年生の廊下を居心地悪く歩きながら――放課後に桃音を訪ねるため何度か歩いているが、昼休みの賑やかさはまた別の居心地悪さがある――優太は桃音の教室である、二年三組の教室へやって来た。

「あの、すみません」

 躊躇しながら優太は、教室の中を覗き込む。

「はい?」

 扉付近の席の生徒が、優太に気が付いて顔を上げる。

「えっと、む、むちゅ……六道桃音さんはいますか?」

「六道さん? 六道さんならあそこだけど……」

 そう言って生徒が指差すのは、窓際の一番後ろの席だった。

 そこには、桃音がいた。お弁当を探しているのか、机の上に置いた鞄の中をごそごそと漁っている。

「六道さん」

 気を利かせて、生徒が桃音を呼んでくれた。

「一年生が来てるけど」

 ネクタイの色から、優太を一年生だと判断したのだろう。

 クラスメイトに名前を呼ばれて、桃音がきょとんとしたように顔を上げた。そして出入り口に優太が立っているのを見て、驚いたように目を見開く。

 そのあと桃音は優太から顔を背けたけれど、すぐに顔を上げて、立ち上がった。無視しても意味がないと思ったのだろう。

「何かご用ですか? 優太くん」

 にこにこと、何事もなかったかのような笑顔で、桃音が歩み寄ってくる。

 教室の出入り口にいるのは邪魔だろうと、二人は廊下の端に寄った。

「お弁当がまだなので、できれば早めでお願いします。優太くんはもうお弁当食べましたか?」

「え? あ、いや……」

 昼休みになったと同時にここに来たのだ。お弁当どころかお茶も飲んでいない。今頃柚莉香が優太の席で、先にお弁当でも食べているだろう。

「だったら柚莉香ちゃんを待たせてもいけませんね」

 柚莉香が優太とお弁当を食べていることを知っている桃音は、微笑みながら言う。

 ここ数日幽霊部の活動をしておらず、桃音会うのも久しぶりだ。それなのに桃音の笑顔はいつもと全く変わらない。まるでつい昨日も会っていたかのような錯覚を起こす。

 両手を後ろで組んで、にこにこと笑ってる桃音に、どこか不審さを感じながらも、優太は本題を切り出した。

「次の活動いつですか? 最近連絡もないし、放課後来ても先輩いないし……」

「ああ、そのことなんですけど」

 微笑を浮かべたまま、桃音は頷いた。

「優太くんは退部です」

 ……さらっと言われた言葉の意味を、優太はすぐに理解することができなかった。

「ど、どういう意味ですか!?」

「そのままの意味ですよ? 部長権限で、優太くんは退部です」

 明るく桃音は言う。今からお菓子を食べませんか、とでも誘うような、明るい笑顔と声で。

「これもお返ししますね」

 いつポケットに入れていたのか、桃音がスカートのポケットから取り出したのは、一枚の紙だった。無理やり渡されたそれを広げて見れば、上部には『入部届』と書いてある。優太の名前と判が押されたそれは、幽霊部への入部を決めたときに書いたものだった。

「用はそれだけですか? ではわたしもう行きますね」

 教室に入るため、桃音が背を向ける。桃音が歩き出す前に優太は、勢いよく彼女の手首を掴んだ。

「待ってくださいモモ先輩! なんで突然そんなことになってるんですか!? ちゃんと理由教えてください!」

 退部させられるようなことをした覚えはない。桃音との仲はそこまで悪くなかったと思うし、雪とだってそうだ。生活態度にそこまで難があるとも自分では思っていない。

 だから優太は、突然の退部勧告に納得がいかなかった。

「放してください!」

 しかし桃音は理由も何も話す気配なく、優太の手を振り払った。

 その力は、桃音以外だったら、弱い力だと思っただろう。だが今までの桃音を知っているから優太は、一般人にしては弱い、けれど桃音にしたら強い力に、驚いた。桃音が本気で自分を拒否しているのだと分かって、胸が痛んだ。

 反射的に優太は、桃音の手首から手を離してしまった。

 桃音は優太に顔を向けることなく、逃げるように廊下を走り出した。

「モモ先輩!」

 優太は急いでそんな桃音を追いかけたのだけれど――小さな桃音の姿は、あっという間に生徒の波に紛れて消えた。

「……」

 賑やかな二年生の廊下に取り残された優太は、ただ呆然と、もう見えない桃音の背中を追いかけるように、生徒の波を眺めていた。


* * *



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